11.確率に過去を変える力はない:前編

文字数 2,331文字

さて……ついでだから、もうひとつ囚人に関するジレンマの問題を出そうか。

 レン子先輩はそう告げると、今度は僕を指差した。

はい、幹太。次はあなたも囚人ね。
えっ?
『三囚人のジレンマ』よ。知っている?
し、知りません。

 どうやら三人のパターンもあるらしい。


 これ以上複雑になったら、果たして理解しきれるのだろうか?


 不安になる僕をよそに、石橋先輩とギャル子は相変わらずだ。

今度はどんな罪をかぶせられるんだ? 俺たち。
大食いの罪とかなら、喜んでかぶるっス!

(や、やっぱり心臓強い! 僕もそのうちこれくらいになれるだろうか……)


 レン子先輩は僕らをいつもの席に座らせると、説明を始めた。

あなたたち三人は、珍しいものを狙う強盗犯よ。ある日、先代のパラ研部長が残した『究極のパラドックス』の資料の在処を突きとめ、それを奪いに行く途中で全員逮捕された。
壮大なんだか矮小なんだか、よくわからん設定だな。
ってゆーか、それを欲しがるのって、レンちゃんくらいじゃないっスか?

 誰もが思ったことをズバリ指摘したギャル子に、レン子先輩も頷く。

そうね。だから私は、その在処を知りたかった。でも、それを知っているのは捕まった三人だけ。あなたたちはこれまでも様々な罪を犯してきたから、これから処刑されることになる。――ただし、ひとりを除いて。
あ……ひとり残して、その人から在処を訊き出すんですね?
そういうこと。

 なんとなく、目を見あわせる僕ら三人。


 別に実際処刑されるわけではないのに、どうにも居心地が悪かった。

ち、ちなみに、誰を残すかは、どうやって決めるんですか?

 パラドックス問題なら勝ち目があるかも――なんて思って訊ねた僕は、その時点で負けていたのかもしれない。


 レン子先輩は真顔で答える。

もう決めてあるわ。
えっ?
クジ引きで。
(運頼みだった!)

 最も自信のないステータスである。


 思えば、僕は昔からすこぶる運が悪かった。


 こんな根暗な性格になったのだって、そもそもそれが原因なのだ。


 頑張っても結果は出ず、やることはすべて裏目に出て、小中高と楽しい時間なんてなかった。


 ――むしろ今、やっと少しだけ、楽しさを感じているくらいだ。

幹太、ずいぶんと怯えているわね。
……っ

 顔に出していないつもりだったのに言い当てられて、僕はビクリと震えてしまった。


 すぐにバレるのは、やはり同類だからか。

臆病な幹太は、処刑されるのが三人のうち誰なのか、気になって気になって仕方がない。
い、いえ、そこまででは……
だから看守に訊いてみるの。自分は処刑されるのかと。
あ。

 どうやら、話はまだ続いているらしい。

でも看守は答えない。あたりまえよね。守秘義務ってものがあるから。
別に教えてもいい気はするけどなぁ。
知ったからって、なにができるわけでもないっスもんね。
じゃあ話はここで終わりになるわ。

 それは困る。

ぼ、僕はそれで諦めるんですか……?

 なんとか続けようと問いかけると、レン子先輩は首で否定した。

諦めの悪い幹太は、もう一度訊ねるの。三人のなかのふたりが処刑されるということは、自分が処刑されるされないにかかわらず、残りふたりのうちどちらかは確実に処刑されるはず。だから、それが誰なのかを教えてほしい――と。
え? ちょっと待てよ、どうしてそうなるんだ?
混乱してきたっス……

 僕も落ちついて考えてみる。


 三人のうちふたりが処刑される、すべてのパターンはこうだ。


  A 僕と石橋先輩が処刑

  B 僕とギャル子が処刑

  C 石橋先輩とギャル子が処刑

(なるほど、すべてのパターンに、石橋先輩かギャル子が入っている……!)
確かに、僕以外のどちらかひとり、あるいは両方が必ず処刑される……しかも、それが誰なのか、ひとりだけ知ったところで、僕自身が処刑されるかどうかを判断することはできないですね。

 処刑されるひとりが石橋先輩の場合AとCの可能性があり、ギャル子の場合BとCの可能性がある。ひとつには絞れないのだ。

そう。だから教えてほしいと、幹太は縋った。そこで看守は、しぶしぶ教えることにする。処刑される囚人のうち、ひとりは――ギャル子だと。
がびーんっス……

 ムンクの叫びのようなポーズをとったギャル子は、それでも諦めない。

ど、どうにか免れる方法はないっスか!?
ないわね。
諦めろ。どうせ俺か幹太も、そっちに行くんだからな。

 そう、あと処刑されるのは、残ったうちのどちらかひとり。


 逆に言えば、生き残るのもどちらかひとりということになる。


 そこで僕は、ふと気づいた。

あれ……?
どうしたの? 幹太。
いえ、なんか違和感があって……
違和感?

 自分でもまだ整理しきれていない感情を、口に出しながらまとめていく。

さっきまでは、処刑される側から確率を考えていましたけど、今残りふたりになって改めて、助かる側から確率を考えてみたんです。
あー、なんか幹太くんも難しいこと言い出したっス……

 身悶えし出すギャル子を横目に、僕は続けた。

最初の段階では、三人のうちひとりが助かるんだから、確率は三分の一ですよね。でも、ギャル子の処刑が確定した時点で、助かる確率は二分の一に変わった。だから一瞬喜んでしまったけど、これってちょっとおかしいですよね?
ん? どこがだ?

 石橋先輩は首を傾げる。


 ――僕も。

えっと……うまく説明できないんですけど、レン子先輩は最初にこう言っていました。『誰を助けるかは、クジ引きでもう決めてある』って。
確かに言ったわね。

 本人が認めてくれたから、安心して続ける。

つまり、結果はすでに決まってるんです。それなのに、あとから確率が変動するって、なんか変じゃないですか?

(続く)




Q.幹太が抱いた違和感の理由は?

  ぜひ考えてみてください。

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登場人物紹介

乾 幹太(いぬい・かんた) 大学1年生


とにかく根暗。

犬飼 レン子(いぬかい・れんこ) 大学?年生


パラ研の魔女。

石橋 仁(いしばし・じん) 大学3年生


明るい好青年。レン子の飼い主。

ギャル子(本名不詳) 大学2年生


見たまんま。

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