15.あなたが決めればいい:前編

文字数 2,220文字

――ところで、大学祭って、うちのサークルはなにかやらないんですか?

 僕がそう訊ねたのは、単純に、もしなにかやるならば手伝いたいと思ったからだ。

あら幹太、なにかやりたいの?
い、いえ、そういうわけでは……

 普段からやっていないのなら、無理してやる必要もない。


 僕はそう思ったのだが、レン子先輩は違ったようだ。

そうね……今年は人数もいるし、会誌でも出しましょうか。
『人数もいる』って言っても、去年からひとり増えただけだろ?

 石橋先輩はそう毒づいたが、ギャル子の反応は少し違っていた。

そんなことないっスよ、バシ先輩! レンちゃんとまともに議論できる存在は貴重っス。つまり幹太くんには、あたしたちの五人分くらいの価値があるっス!
マジか……

 なんだかんだで、ギャル子は僕のことを認めてくれているらしい。


 謎のライバル認定もあったし、必要とされている事実は僕の心を少し上向きにさせていた。

実は私、以前から気になっていたことがあるのよね。

 誘うように発したレン子先輩に、乗っかってみる。

なんでしょうか?
砂山はどこから――あるいは、どこまでが砂山なのか。
へ?

 どんな難問が飛び出すかと思いきや、それは斜め上の問いだった。

砂山……ですか?
そうよ。これは『ソリテスのパラドックス』と呼ばれるもののひとつでね。たとえばここに、これくらいの砂山があるとする。

 言いながらレン子先輩が両手で描いた砂山は、相当に大きい。

この砂山から、ひと粒取り除いたとしたら、どうなるかしら?
は? どういう意味だ?
砂山は砂山っスよね。ひと粒取り除いたくらいじゃ、なんにも変わらないっス。
僕も……同意見です。

 頭のなかで想像してみても、それ以外の答えは見つからない。


 砂山と言われて思い浮かぶのは、子どもの頃に砂場でやった棒倒しだ。


 あれくらい大胆に砂を取り去らなければ、砂山は砂山。


 もちろん棒も倒れない。


 ――もっとも、僕の棒倒しはひとり遊びだったのだが。


 僕ら三人の意見を聞いて、レン子先輩はまとめる。

全員、『砂山からひと粒の砂を取り除いても、砂山は砂山』という意見でいいわね?

 揃って頷いた。

じゃあ、ひと粒の砂を取り除くという行為を何度も何度もくり返して、砂山のサイズがこれくらいになってしまったら、どう?

 続いてレン子先輩がとったジェスチャーは、最初のものよりもかなり小さかった。


 小さいが、まだなんとか山の形をしているようだ。

ギリギリ、砂山だろうな。
だいぶ減ったっスね。
でもこれ……そのままひと粒取りつづけたら、最終的になくなってしまうんじゃ……

 不安を口にした僕に、レン子先輩はしれっと続ける。

そうね。でもあなたたちの意見では、たとえ最後のひと粒になったとしても砂山は砂山なんでしょう?
いや待て、限度があるだろ!?
ひと粒じゃ、さすがに山とは呼べないっスよ~。
な、なるほど、これがパラドックスなのか……

 『砂山からひと粒の砂を取り除いても、砂山は砂山』という前提のもとで最後まで進むと、おかしなことになってしまうのだ。

こんな例もあるわ。髪の毛が一本もないハゲの人がいたとして、その人に髪が一本生えても、ハゲはハゲよね。だけどそれを認めてしまうと、何本生えてもハゲという結論になり、つまりこの地球上にはハゲしかいないことになってしまう。
極論すぎるだろっ
あ、でもハゲの人が自虐で言うにはいいネタじゃないっスか? ハゲハゲ言っても、おまえらだって実はハゲなんだぞ! って。
よけいに虚しくなりそうですけど……

 しかし確かに、レン子先輩の言うとおりなのだ。


 前提は間違っていないはずなのに、何度もくり返すことによっておかしいことになってしまう。


 実に不思議な現象だ。

どうしてこういうことが起こるのか、わかる?

 試すように問いかけてきたレン子先輩に、僕らはそれぞれに頭を抱える。


 ――と言っても、他のふたりは悩んでいる振りをしているだけのようだったが。

(落ちついて考えよう。前提が途中からおかしくなるということは、前提自体が実は最初から間違っている可能性も、考慮しなければならないんじゃないか? 『砂山からひと粒の砂を取り除いても、砂山は砂山』――本当にそうだろうか? そもそも、砂山ってなんだ? 山の形をした砂は、すべて砂山なのか? 大きくても小さくても? 砂山からひと粒とったとき、砂山でなくなる瞬間というものが、あるのだろうか?)

 そんなふうに考えていた僕は、ハッと気づいた。

そうか……もしかして、『砂山』という言葉の定義が曖昧だからダメなのか……?
正解。
おお。
さすが幹太くんっス!
い、いやぁ~……

 このくだりも、なんだか様式美になってしまった。


 レン子先輩は相変わらずの真面目顔で、解説を始める。

砂が何粒集まれば砂山なのか? それさえ定義できていれば、条件をひとつ追加することができるのよ。『砂山からひと粒の砂を取り除いても、○粒になるまでは砂山』みたいにね。
おっ、それだと途中で終わりが来るから、矛盾しないな。
でも、実際には決まってないんスよね?
そう、だから――決めてほしいの。

 突然の要望に、部室の時間が一瞬とまった。

え……き、決めるって、どうやって?

 なんとか言葉を絞り出した僕に、レン子先輩は容赦なく告げる。

学生たちから訊いてきて。何粒以上から砂山だと思うか。それをまとめて会誌にするから。

(続く)




Q.あなたにとって『砂山』は何粒以上ですか?

  ぜひ考えてみてください。

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登場人物紹介

乾 幹太(いぬい・かんた) 大学1年生


とにかく根暗。

犬飼 レン子(いぬかい・れんこ) 大学?年生


パラ研の魔女。

石橋 仁(いしばし・じん) 大学3年生


明るい好青年。レン子の飼い主。

ギャル子(本名不詳) 大学2年生


見たまんま。

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