5.'sでは広すぎる:前編
文字数 3,079文字
翌日部室を訪れると、レン子先輩はなぜか裁縫をしていた。
僕はまた、ここが何のサークルであるのかを忘れそうになる。
そこはかとなく訊かなければならない雰囲気を醸し出されていたから、思いきって訊いてみた。
するとレン子先輩は一度顔をあげ、その視線を傍に座っていたギャル子に移す。
さすが、ファンと言うだけあって敏感に察したギャル子が、代わりに答えてくれた。
しかし、レン子先輩の手もとを見やると確かに花柄で、とても雑巾には見えない。
しかも、縫っている位置が絶妙に変だった。わざわざハンカチの中心を真四角にくり抜いて、そこに別の布を当てているようなのだ。
当のギャル子は頷いたのに、レン子先輩は手をとめて否定した。
それは、ほとんど違わないように思える言葉だ。
だが、レン子先輩はその違いにとことんこだわる人なのだということを、この数日ですでに学んでいた。
僕は考える。
実におかしな状況だが、そうとしか思えなかった。
案の定レン子先輩は、頷きながら針と糸を置く。
そして僕の目の前で、そのハンカチを広げて見せた。
いかにも女の子らしい花柄のハンカチのまんなかで、こともあろうに怪しい宇宙人のキャラクターが手を振っている。
なにがどうわかりやすいのかは、特に訊かないことにした。
僕の回答にどうやら満足したらしいレン子先輩は、また裁縫に戻ってしまう。
今度はハンカチの右上をハサミで真四角に切り、さっきと同じ布を縫いつけはじめた。
黙々と、作業に没頭している。
ふとその存在を思い出して、キョロリとあたりを見まわしてみるが、姿が見えない。
いや、本当は最初からいないことはわかっていたのだ。
長机二本でいっぱいになるような狭い部室なのだから、入室した瞬間にわかる。
――どこかに隠れていない限りは。
控えめに訊ねると、レン子先輩は「飼い主?」と顔をあげ――
なぜか、部屋の片隅に置かれたロッカーに目をやった。
ちょっと意味がわからない。
僕は慌てて立ちあがると、手前のロッカーを勢いよく開けた。
すると本当に、ゴロンと人が転がり出てくる。
僕の思考がそこでとまってしまったのは、仕方のないことだった。
手脚をロープで縛られ、口にガムテープを貼られたその人物は、
そう、石橋先輩ではなかったのだ。
涙目でこちらに助けを求めている、まったく知らない男性だった。
僕は急いでその人を助け起こすと、何度も謝りながらガムテープとロープを外してやる。
言われたとおり隣のロッカーを開けると、こちらも申しわけなさいっぱいな顔をした石橋先輩が、トランクス一丁で佇んでいた。
そんな場違いなあいさつを交わしているうちに、石橋先輩の服を脱ぎ捨てた男性が、悲鳴をあげながら部室から飛び出していく。
しみじみと呟いたギャル子の横で、レン子先輩は相変わらずマイペースだ。
僕に再びハンカチを見せてくる。
さっきは中央だけが宇宙人だったが、今度は右上も侵蝕されていた。
ただ戸惑うだけの僕に、やはりもう一度、投げかけられる質問。
僕が叫ぶように答えると、レン子先輩とギャル子は目を見あわせた。
僕が恐怖に震えていると、すでに恐怖を通りこしてきたのだろう石橋先輩が、声をかけてくる。
さっき見知らぬ男性が脱ぎ散らかしていった服を集めて、まだロッカーのなかにいる石橋先輩に持っていった。
渡しながら小声で訊いてみると、石橋先輩は沈痛な面持ちで答える。
よっぽど嫌なことがあったらしい。
その後、着替えおわった石橋先輩がいつもの席に着くと、ようやく昨日までと同じ部室に戻った。
もっとも、レン子先輩とギャル子はまだ裁縫に夢中だったが。
やがて、作業を終えたレン子先輩は、またも僕の名を呼ぶ。
目の前に広げられた、さっきまでギャル子のものだった花柄のハンカチ。
だが今そこにいるのは、宇宙人だけだった。
どうやら、真四角に切り抜いたそれぞれのパーツを、ひとつずつ入れ替えていった結果、全部入れ替わってしまった――そういうことらしい。
すべて入れ替わってしまう可能性を、まったく考えていなかったのだ。
そして追い打ちをかけるように、ギャル子が横でもう一枚のハンカチを広げた。
縫い目はあるが、花柄のハンカチだ。
もとのハンカチから取り出した布を、ギャル子が改めて縫いなおしたのだろう。
(続く)
Q.どちらがギャル子のハンカチか?
ぜひ考えてみてください。