18.存在しない言葉:後編
文字数 2,257文字
僕の質問に、レン子先輩は少し目を細めた。
でも、レン子先輩が言いたいことは、なんとなくわかった。
レン子先輩の抜き打ちテストの定義は、おそらく『抜き打ちテストがあることを事前に知らされないこと』なのだろう。
たとえそれが、直前であってもだ。
じゃあ終わってからなら自称してもいいのかと言えば、それもちょっとおかしい。
なぜなら、自称するまでもなく、抜き打ちテストであったことは誰の目から見ても明白なのだから。
だが、そう考えていくと、不思議なことに気づく。
少し照れた僕を華麗に無視して、レン子先輩は解説を始める。
口にするだけなら簡単なことなのに、実体が伴わない。
世のなかにはそんなものもあるのだ。
さらにレン子先輩は続ける。
機嫌がいいのだろうか、いつも以上に饒舌な気がした。
僕らの答えに頷くと、ひとつの問題を出してくる。
簡単に言ってくれるが、咄嗟には思い浮かばなかった。
――おそらく僕は深く考えすぎだったのだろう。
その証拠に、
ふたりの回答は、それほどに単純なものだった。
遅れて僕も、一言つけ足す。
間髪を入れずにレン子先輩が続けた。
その内容を、噛み砕いてみる。
逆に言うと、記述――説明するには十九文字より多くなってしまう、ということだ。
かなり捻った考えかたをしなければ、それほどの長さにはならないだろう。
しかも『最小の』という条件がついているのだから、よけいに難しい。
なにしろ、自然数で最小なのは一なのだ。
自然数に〇を含む考えかたもあるが、今それを持ち出すと話がややこしくなるだけなので、割愛する。
石橋先輩とギャル子は、ウンウンと唸るだけで答えを出せなかった。
そんな状況のなか、レン子先輩は――やれやれと首を振った。
もちろん横にだ。
そう、これは最初からパラドックスの問題なのだ。
僕は改めて考えてみる。
『十九文字以内で記述できない最小の自然数』
やけに長い説明文だ。
これだけでも十九文字ありそうな――と、そこまで考えて、やっと気づいた。
今度こそ、はっきりとレン子先輩が頷いた。
そこで首を傾げたのは、ギャル子だ。
なんだかんだ言って、一年先輩の石橋先輩のほうが、理解力は上らしい。
レン子先輩はそんなふたりの様子を微笑ましく見ながら(実際に微笑んでいるわけではないが)、まとめに入る。
レン子先輩は、まっすぐに僕を見ていた。
存在しない言葉。
存在しない、笑顔。
――違いない、と僕も思った。
(続く)