第一話 罪つくりな人物

文字数 2,774文字

 ロイは貴方に特殊能力は呪いだと思い込ませました。それによって貴方の能力を封印したのです。しかし時間はかかりましたが、貴方は能力の制御を手に入れ、武器として使えるようになりました。
 ですがそれによって、特殊能力は呪いから祝福になったでしょうか。
 貴方はもう知っていると思います。
 貴方はシドの意識を操作して時間を止め、それを十年もの間維持しました。その間、貴方は幸せだったでしょうか。自分の能力を武器として他者を操ることに、幸せを感じられたでしょうか。
 シドは貴方のための道具となってしまいました。貴方が生きていくための、よすがとしての道具に。

 特殊能力などこの世にない方がいいのです。しかし持たされてしまったものは手放せません。あるものをなくすことは出来ないのです。人々は違った容姿や才能を持っていますが、それと同じことなのです。
 この世界で恐ろしいと思われている特殊能力も、美しいとされている貴方の容姿も、偶然貴方に与えられたもの。ありのまま、そのまま受け入れていいのです。
 人は集団のなかにいる生き物です。まわりの者が勝手な基準によって、称賛したり忌み嫌ったりするのです。それを受けて、貴方は自分の価値を決めている。しかし集団の価値基準は常に流動するものです。
 人は他者に振り回される生き物。たまたま貴方のいる世界では、貴方の容姿は美しいとされ、貴方の能力は恐ろしいとされている。ただそれだけのことでしょう。
 短い生涯を他人の評価に振り回されて使い果たすのは、寂しいことだと思いませんか。

 少数派ゆえに特別視され、毛嫌いされるのです。全ての人間が特殊能力者であれば、こんな苦悩は知らずに済んだかもしれません。しかし、もしもを論じても現実は変わりません。制御できるということは、主体性が自分の側にあるということなのです。貴方は自分の意思で、能力を使うか使わないかを選べるのです。
 必要であり、行動の結果を受け入れる覚悟があるのなら能力を行使できる。それが、ジェイの求めた能力を受け入れるということなのです。
 ◇

 三日置きにシスの増量が行われ、カツミの感覚は次第に鋭敏となった。しかし彼が子供の頃のような恐怖を覚えることはなかった。
 他人の嫉みや疑心暗鬼はカツミにとって想定内であり、子供の頃とは捉え方が変わっていたからだ。それらの感情を受け取った場合でも、相手は父親のような絶対的な人物ではなく、力関係で言えばカツミの方が上である場合が多い。
 他人の本心は確かに棘を持っていることがある。しかし周り全てが敵に見えていた頃と違い、今のカツミには人のグレーゾーンを受け入れる余白が出来ていた。
 たった十年とはいえ、カツミの周りにはありのままの彼を受け入れる人々が集まっている。彼を見守り、彼そのものを大切に思う者たちが。

「明日、私が付き添ってゲートの外に出てみます。貴方がどれくらい能力を制御できるかテストします」
 シス投与が開始されてから2サイクルが経過した日。クレイルの提案に、カツミが驚いて聞き返した。
「明日? いきなり?」
「貴方の感情が暴走するようなことがあれば、瞬時に貴方の意識を隔離しますので、安心して下さい」
「クレイルにはそれができるんだね」
「なるべく近くにいて下さい。出来れば」
「出来れば?」
「ずっと手を握っていたいのですけど」
「えっ?」
「職権乱用です」
 くくっと声を出してカツミが笑った。つられてクレイルも、くすくすと笑いだす。
「それは、ずいぶんな乱用だよ」
「まあ、認めますよ」
 ツボに入ったらしく、カツミはまだ笑っている。クレイルは苦笑いに変わった。
「カツミ。ベッドに横になって下さい。前回より増量してますから。境界がクリアになったら教えて下さい」
「分かった」
 答えるなり躊躇なく部屋着を脱ぎ捨てたカツミは、素っ裸のまま着衣をランドリーマシンに放り込んでから、悠然と白い寝衣に袖を通した。
 カツミの大胆な行動を見て、クレイルが呆気にとられる。
 男同士とはいえ人前で裸体を晒すことにまるっきり気後れがないんだなと。だが同時に思う。美しいなと。
 プールで彼を見た時にも見惚れたが、一糸纏わぬ裸体は陶酔を禁じ得ないほどに美しい。
 自分はカツミのなかでどう位置づけられているのだろう。カツミは言っていたな。失いたくないものには触れるのが怖いと。自分はカツミにとって失いたくない存在だと自惚れていいのだろうか。それにしても罪つくりな人物だ。

「珈琲は飲んでもいい?」
 突然そう訊かれて、クレイルが我に返った。カツミはいつの間にか簡易キッチンに立っていた。
「どうぞ。カツミは珈琲党ですか?」
 歩み寄るクレイルを見ながらカツミが頷いた。
「ずっとこればっかり飲んでる。特区の中にある店のなんだけど、入隊した時からずっと」
「たまには違うのにしたいとか思わないんですか?」
「別に。面倒だし。違いなんて分からないし。酒も同じのばっかりだよ。髪を切るのもいつも同じところ。服を買う店もだ。全部特区の中だな」
「やれやれですね。カツミには物欲がないんですか?」
「車にはちょっとだけこだわったな。ほとんど乗ってないけどね。小さい車だけどスピードは出るよ」
「貴方の車には乗りたくないですね」
「ひどいなぁ。200D以上は出さないよ」
「それって、すでにハイウェイ制限速度の倍じゃないですか」
「ははっ」

 キッチンの棚にずらりと並んでいる酒瓶がクレイルの目に入った。カツミが酒なしでは眠れないと言っていたのを思い出す。
「毎日飲んでるんですか?」
 クレイルの視線が酒瓶に向けられているのを見たカツミは、バツが悪そうに天井を見上げた。
「二杯だけ。昔は結構飲んでたけど、ルシファーが心配するからやめた。食事は特区の食堂で食べられるし、日用品や軍服の支給もあるし、あんまり金を使う必要がない。ほんとは寮併設のとこで髪を切りたいけど、理髪師に断られたんだよね」
 クレイルは察した。カツミはこれまで、ルシファーに小言を言われ続けてきたのだろう。逸らされた話題を蒸し返すのは悪趣味だと、さらっと流す。
「貴方をネイビーカットになんてしたら、その理髪師、再起不能にさせられるでしょうね」
「そういうもん? 似合わない?」
「絶対に似合いません」
「ふーん」
 クレイルは、思案顔のカツミを見て戸惑った。
 人の中に必ずあるはずの欲が削ぎ落とされていて、印象が浮世離れしている。自分もさして物にこだわりはないが、彼ほど極端ではない。
 珈琲を飲みほしてカツミがベッドに入る。椅子を引き寄せたクレイルが、横になったカツミの傍に座った。
「境界がクリアになった感触はありますか」
「クレイルが呆れてるような気がする」
 クレイルは今さらながら思い知らされた。もっとも近くにいる自分が最も思考を読み取られるのだと。

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