第五話 黎明期

文字数 2,553文字

 私は束ねるものの言葉を聞いた後、予言を受けにくる者を待ちました。そして現れたのがラヴィ・シルバーです。
 ラヴィは私の告げた言葉を聞いて、こう思ったのです。自分は瞬く間に消える泡。自分の子孫もまた儚い泡だと。そしてこの星も宇宙の営みからみれば儚い泡なのだと。
 しかしそれでも、彼は自分の生きた証が欲しかったのです。それもまた、時が経てば無に帰すことを知りながらも。
 かつてのメーニェには、ハイトとピオニーという二大国家がありました。ハイトは特殊能力者を危険な害獣として秘密裏に葬る国。ピオニーは道具として利用していました。
 ラヴィは三歳の時にハイトの砂漠に捨てられた子供です。偶然助けられましたが、特殊能力者と知られたことで殺されかけました。ルシファーの祖先であるルディに助けられてピオニーに亡命を果たし、ピオニー国民としてシャルー星に移民できたのです。
 先の見えない生を人は生きるのです。希望があるのなら一瞬である生にも意味を見出だせる。彼はそう思ったのです。
 英雄という虚像に祀り上げられても、それを政治の道具とされても、彼は自分は一度死んだ人間なのだからと受け入れました。

 ◇

 任務後。寮のエレベーターを下りたところで、カツミとルシファーはユーリー・ファント大佐から声をかけられた。同じ部隊の同僚で、フィーアの麻薬の件に関わっていた人物。彼もまたA級能力者だった。
「訊きたいことがあるんだ。時間もらえるかな」
 片手を上げ二人に微笑んでいたユーリーだったが、急に真顔に変わった。頷いたカツミを目にして、ルシファーが自分の部屋でと申し出る。

 ルシファーの部屋に入るなり、ユーリーはすぐに話を切り出した。
「クレイル・リミター中佐。聞いてるよな?」
 黙って頷いた二人にユーリーは自分の得た情報を話し始めた。そこにはカツミがアーロンから聞いた内容に含まれていない新情報もあった。
「シス。実物を見たことあるか?」
 カツミが首を横に振ると、ユーリーが指を向けた。
「爪くらいの大きさなんだ。軟体生物って感じだ。特殊能力を増幅する成分を含んでて、百年前から生物兵器に使えないかと研究を進めていたらしい」
「すぐに増やすことができるんですか?」
 カツミの質問にユーリーが大仰に肩をすくめた。
「既に持ち込んだ数の一万倍にはなってるらしい。並みの生物じゃないってことだ。上は次の段階を考えてるだろうよ」
 ──シスの臨床実験を。
「大佐も志願するんですか?」
「ってことは、お前もするってことだな?」
「はい」
 カツミの返答を聞いたルシファーが驚いたように凝視した。ルシファーはまだカツミが志願することを聞いていなかったのだ。
 微妙な空気を察してユーリーが口をつぐむ。しかしカツミが黙ったまま簡易キッチンに向かうと、情報伝達の相手をルシファーに変えた。

「C級を中心に募集してるから私は選考で落とされるかもな。志願者は今のところ十一人だ」
「そんなにいるんですか?」
「シスでのレベル上げは薬効のある間だけだ。一過性だがC級隊員にとっては試みる価値があるだろうな。もちろんリスクがあるから、最初に温存していたリーンで臨床実験をやるそうだ」
「リーンで?」

 アーロンがなぜ、ずっとリーンを手元に置いていたのか。ルシファーは彼の深謀に驚かされたが、実験体をあえて引き受けるリーンの心情を思って眉をひそめた。
 大義のために駒扱いされる……か。リーンはアーロンの命(めい)だからとあえて引き受けたのだろうか。それとも他に理由があるのか?

「十一人というのは、あくまで私の把握した人数だ。今後、もっと増えるかもしれないな」
「リーンの結果を見てから志願者を募るんじゃないんですか? なんで急ぐんです?」

 ルシファーの疑問に、ユーリーがさらりと答えた。
「メーニェの政権代表が変わっただろ? 戦況の変化が予測されてる。向こうの胎児クローンが仕上がれば、能力者部隊は完全に数で負ける」
「特区がそれを見越して、リミター中佐を呼び寄せたんですか?」
「いや。リミター中佐の方から打診があったそうだ。シス本体を持ち込むことを条件に、亡命と特区への入隊をね。彼は最初から自国を裏切るつもりでシス開発に携わっていたらしい。特区はそれに乗った形だ」

 ユーリーとルシファーが会話を続ける間、カツミは一切口を挟まずに簡易キッチンで酒を用意していた。
「まさか。これを機に一気にカタをつけるとか?」
 ルシファーの投げかけた強い疑念にユーリーは答えられなかった。彼は別の角度から自分の意見を述べた。
「いずれにせよ先行させるのは政府交渉だよ。最近の政府は十年前とは違うからな。だろ?」
 ユーリーは助け舟を求めるようにカツミに話を振った。即答を避けたカツミは立ちっぱなしだったユーリーに座るよう促し、テーブルに酒のグラスを三つ並べた。

「国王が錯乱した件はともかく、この国が最初に仕掛けてしまったのは事実です」
 カツミが切り出した話は、任務中にはとても話せない内容だった。
「メーニェにしてみれば、共同で培ってきた技術を外に持ち出され、王女誘拐の疑いをかけられ、挙句の果てに宣戦布告ですよ。互いを殲滅するんじゃなく利用し合ったことに称賛を送りたいくらいです」
 満足したユーリーの顔を目にしたルシファーは、特区にはこんな人物がもっといるのだろうと感じていた。

「王政が廃止されて十年経ちましたからね。いい加減に潮時でしょう」
 カツミの意見を聞いたユーリーが探りを入れた。
「アーロンか? 政府の改革に手を伸ばしてるのは」
 カツミは問いに答えず、眼光だけを強めた。

 ユーリーが部屋から退出した後、カツミの隣に座ったルシファーが静かに問うた。
「リミター中佐には、もう?」
「会ったよ。何も言わないから不思議に思ってたけど、探らなかったの?」
「やめました。今までずっと『読め』って言ってたんで、矛盾してますけど」
「やめた?」
「やめました。疑うより信じるほうがいい。こうして」
 言いながら、ルシファーはカツミを抱きしめる。
「こうして、貴方の体温を感じてるほうがいいんです」
 ──自分のことを戻る場所だと言った貴方を信じたいんです。

 時代の転換点、その黎明期。あの百年前同様に、まさにこの国は変わろうとしていた。


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