第四話 廃船の記録と密約

文字数 3,745文字

 休日の午前中。ルシファーは実家の書庫に潜り込み『廃船の記録』という本を探していた。

 ほぼ百年前。この星の近くの宇宙空間で一隻の廃船が発見された。メーニェのものではない。どう見ても他の文明を持った星のものだった。船からは記録ディスクが回収された。見知らぬ遠い星の記録ディスクである。
 とある情報企業がディスクの解析を行うと発表した時、シャルー国民の大半は「そんなことは無理だ」と一笑に付した。
 しかし。十年以上の歳月を要したものの、データは完璧に解読された。
 見知らぬ星の文明はシャルー星とその母星であるメーニェ星の文明に似ていた。うがった見方をするなら、廃船の乗員たちの末裔がメーニェで繁栄したのではと思えるほどに。
 この宇宙のどこかに自分たちと似た文明を持つ星がある。ディスクの解析がもたらした異文明の芳香は浪漫に満ちていた。しかし百年戦争を始めたばかりのこの国には、浪漫の欠片(かけら)も存在しなかった。どこにあるか分からない星や文明を探ろうなどとは誰も考えなかったのだ。
 解析されたディスクの内容は『廃船の記録』というタイトルで出版された。解析を行った情報企業が独占出版し、ベストセラーとなったのだ。それは数多くの流行語が生まれる大ブームを巻き起こした。

 ルシファーは読書家で、なかでも歴史書や美術書が好きだった。歴史や美術には人のこころの根幹に触れるものがたくさん含まれていると感じたからだ。寮の彼の部屋にも本は溢れている。ただ、彼が探しているものはまだ見つかっていない。
 ルシファーの家は、ルディの代まで遡ってもずっと特殊能力者の家系である。そのなかで最も能力レベルの高いのが、ルディとルシファーだった。

 ルシファーの父は自分の能力を武器として事業の成功をおさめ、兄はその跡継ぎとして今は他企業で実務経験を積んでいる。
 頼りになる兄と優しい姉。そして自分のことを支えてくれる両親。ルシファーはずっと家族に守られて育ち、自分の能力は父と同じように武器と捉えていた。

 子供の頃からルシファーは他人の心の裏が『聞けた』。そして家族は自分のことを心配しながらも大切に思っていることを知った。
 ただ幼年学校に通うようになってから、他人の全てが能力者を受け入れているわけではないと覚ったのだ。

 能力者は百人に一人の少数派だった。そして忌避され差別される側だった。
 いつも当たり前に能力を受け入れてくれた家族。そこで培われた価値観が一気に叩き潰された。世間知らずの愚か者と言われた気分だった。
 ルシファーが闇雲に他者を攻撃し始めたのは、その頃からである。
 能力は自ら望んで得たものではない。生まれた時から持っていたものだ。ルシファーにとっての特殊能力は個性の一部に過ぎなかった。なのに能力者に対して一方的に悪感情を持ち、攻撃してくる者すらいたのだ。
 危険人物だと思われることは心外だった。疎外感がつのり、他者が残らず敵に感じられた。
 ルシファーがライアンに出会ったのは、ちょうどその頃だった。

 ライアンの高祖父ハーブは、ラヴィ・シルバーがハイトの軍事基地にいた頃の同僚だった。
 その頃のラヴィは、自分が特殊能力者だということを知らなかった。しかし彼の上司は気づいていた。理不尽な差別を受けるラヴィをハーブは陰ながら支えていたが、それにも限界があった。
 迫害が高じて殺されかけたラヴィを救ったのが、隣国ピオニーの軍人ルディである。
 行き場のないラヴィに、ルディはピオニーへの亡命を勧めた。それが切っ掛けでラヴィはピオニー国民となり、そしてこのシャルー星に移民を果たしていた。
 ハーブはその事実を後で知り、国が行っている能力者への迫害に疑問を持ったという。厳しい言論統制が敷かれ、能力者は忌むべきものと徹底して洗脳しているのがハイトである。だがハーブは、統制そのものに疑念を抱いた。能力者を迫害する意味がいったいどこにあるのかと思った。
 ラヴィ・シルバーが特殊能力者であろうとなかろうと、彼は自分の大切な友人だった。なのに自分は彼を守ってあげられなかった。ハーブの疑念を駆り立てていたのは、強い後悔だった。

 ハーブの血筋ゆえか、ライアンは正義感が強かった。そして特殊能力者に対する差別には徹底して反発した。ライアンは能力者でないにもかかわらず、いつもルシファーの盾となったのだ。
 ライアンの助力が功を奏し、ルシファーは幼年学校を卒業する頃にようやく周囲との折り合いをつけられるようになった。

 ラヴィを支えたハーブの子孫が、今度はラヴィを救ったルディの子孫を助ける。不思議な巡り合わせだった。

 そのラヴィの末裔であるカツミだが、ルシファーとは対照的に読むのは仕事の資料ばかりである。空いた時間のほとんどを戦況分析に充てているのだ。そういう乾いた面は父親の生き写しだった。
 そのカツミが珍しく『廃船の記録』に興味を示した。買うのは容易いが、実家の書庫になら何冊もあるだろうとルシファーは踏んでいた。
 だが、すぐに見つかるだろうと書庫に潜り込んだものの、その見通しはあまりにも甘かったようだ。

「こりゃあ、行方不明者の捜索並みだなあ」
 ルシファーの父親も祖父も読書好きではあったが、いわゆる積読派である。いつ読むとも知れぬ本が広い書庫の床にまでうずたかく積まれている。
 ルシファーからみれば一種の病気に見えなくもない。いつか床が抜けるのではと思えるほどに、部屋は本の密林と化していた。

 1ミリアほど探してみたが目当ての本は見つからない。いつか丸一日かけて探してみるか。そう思い、ルシファーがドアの方に踵を返した時だった。積まれていた分厚い美術書に足先を引っかけてしまったのは。
 床に転がされる形となった彼の視界に、一番下の段に並べられた本と書棚との隙間が入りこむ。目に留まったのは古い手帳。ルディ・セルディスの記名があった。

 ◇

 それは百年前の特区で支給された軍隊手帳だった。
 ひびの入った革表紙と、すっかり黄ばんだページ。
 ルシファーはその手帳の様式や内容を自分の使用しているものと比べてみた。様式が簡略化された現行のものに比べて軍用の堅苦しさが際立っていたものの、手帳の仕様も内容も緊迫感に満ち満ちている。かつてのシャルー軍が高い士気を保ち、それが開拓者の誇りに基づいていることが紙面から窺い知れた。
 手帳の文面を読みふけっていたルシファーは、末尾のメモ欄にあった手書きの文字を見るとページを繰る手を止めた。
 そこには『レーゲル。密約。情報操作。道化師。仮説』と書かれていた。
 レーゲル王家は元々軍事企業。そこから様々な分野に発展した大企業だった。この国の金融を牛耳り、多くの政治家も輩出している一族である。
 メーニェとの密約。長い間、やめようと思えばやめられる戦争がずっと続いているのは、国王と向こうの人物との密約が理由とでも? だとしたらこの国の国民は、いやメーニェ国民ですら道化師以外の何ものでもない。
 アーロンは昔から知っていたのか? ルシファーは今や国内トップとなった情報企業責任者の顔を思い浮かべた。だから彼は、あの避難船事故を画策したのか?

 百年以上続く戦争。王政が廃止されてもう十年。それでもまだ密約は機能しているのか? なぜこの情報が表に出てこない? どれくらいの人物が知っているのか。
 ルシファーの脳裏に最近の特区の動向が浮かんだ。
 密約が事実だとすれば、最も利用され踊らされているのは自分達。最前線にいる兵士だ。

「もしかして、シスの臨床実験も……」
 ルシファーは思わず独り言を漏らした。
 彼は今回のシス実験に志願しなかった。幼年学校時代の能力テストを彷彿とさせたからだ。
 恐ろしい体験だった。二度と経験したくないと思っていた。シスを使用すれば、あの体験を上回ってしまうだろう。
 カツミが志願した理由をルシファーはまだ問いただしていない。カツミは超A級レベルだ。間違ってもリーンのようなことにはならないだろう。しかし不安や恐怖はあるだろうに。なぜ何も言ってくれないのだろう。
 カツミは自身のことを特区の道具にすぎないと思っているのだろうか。まさか、昔の自虐性をまだ引きずってるんじゃないだろうな。ルシファーが懸念で顔を歪ませた。

 カツミは能力の限界を知らない。計測が不可能だったのだから。シドの意識操作を行ったことだけでも、底なしの潜在能力が窺える。ただそれは大量の爆薬を抱えているようなものなのだ。無闇にシスを使えば自己制御の臨界点を超えてしまう。

 ルシファーは実験志願者ではなかったが、リーンの映像はしっかり探っていた。彼には疑問ばかりが残っていたのだ。
 志願を募っておきながら、志願者にあの映像を見せる意味は何なのか。誰に向けてのものなのか。特区は何をしようとしているのか。

 ほんのひと匙、遠い過去に投げ入れられた毒薬が、見る間に全てを狂わせてしまった世界。この世界の何かが変わろうとしている。しかし自分は、そのただ中にいて何も知らない。

 真相は探れずにいた。何かを知る人物がいるとしたら……。先ほど思い浮かんだばかりの人物。聞けるとしたら彼しかいないとルシファーは思った。

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