第二話 痛い質問

文字数 3,133文字

「今の話。かなり厳しい情報操作をしてるってことだよな。敵を欺くには味方からとはいえ、やってくれるな。お前でも気づけなかったのか?」
「疑問を持ったことがなかったんです。疑問を持ってようやく探ったんですよ。カツミの実験は必ず成功させると思います。C級を二千人規模にするためには、成功例を他の隊員に見せる必要がありますからね。で、隊長」
「うん?」
「隊長はレイモンド医師のこと、不思議に思いませんでしたか?」

 急に話を変えたルシファーに、面食らったユーリーが真意を確かめた。
「不思議って、なんだよ。藪から棒に」
「十年前。ドクターは狂気に囚われてカツミに自殺ほう助を強要したんです。ジェイを奪った代償に自分を殺せって。でもカツミは彼を欺いて意識を操作したんです」
「意識操作?」
「カツミはドクターの記憶を奪って時間を止めたんです。その時、ドクターを知る人達の記憶も全て奪いました。隊長もずっと忘れていたでしょう? あれはカツミが意識を操作したからなんですよ」

 ユーリーは絶句していた。多くの人物の意識を操作して記憶を奪う。それを十年もの間、カツミが一人でやっていたというのか。それが不確定要素というやつなのか。
 ユーリーが驚愕から抜け出せないうちに、ルシファーが更に畳みかけた。
「隊長。カツミはシスを使うことで、意識操作の範囲を広げようとしてるのかもしれません。シャルーだけじゃなくメーニェに対しても」

 それが、ルシファーの解釈した『予言』のからくりだった。
 ルシファーが脳裏でもう一度推論を整理する。
 導く者の持つ透明な鏡。それによって束ねるものに浮かぶこの星の意識を照らす。予言を実行できる能力のある者は、明らかに人類の枠を外れる。超常現象どころか、もはや妄想や伝説の域に近い。

 カツミを生み出すまでに四世代もの犠牲を費やしたという話も、にわかには信じがたい。確かにカツミの血族は誰もいない。しかしそれが偶然なのか『予言』による定めなのかは分からない。

 そもそも束ねるものとは何者だ。予知能力を持った、特殊能力者ではないのか?
 それが百年後の未来を王女に見せた。カツミが生まれることも、カツミが意識の操作をできることも予知していた。そう考えるのが理論的ではないのか。
 意識の底を洗うというのは、広い範囲の意識操作のことではないのか。それによって、二つの星にいる全ての人が、現在の洗脳から解き放たれる。

 シドの場合はカツミが意識を失ったことで元に戻ってしまった。しかし今回は意識操作で止めるのではない。解放するのだ。いったん解放してしまえば、疑問を持った者たちが自ら行動を始める。火種がつきさえすればいい。

「お前、カツミの本音をどれだけ知ってるんだ?」
 ユーリーから痛い質問がぶつけられた。ルシファーの説明が推測の域を出なかったからだ。

「今年の冬。カツミが一日だけ入院したの、覚えてます? その時ドクターの記憶が戻ったんですけど、カツミも変わったような気がしてるんです」
「帰投後のオーバーランだったかな。掠ってもいないのに意識不明になったと聞いてるよ。過労だと思ってた」
「ずっと意識の操作をして、精神が疲弊してたんです。あれ以来、何かに気を取られてるような……俺には聞こえない声に聞き入るような素振りをするんです。先日は予知みたいなことも口にしてました。カツミは能力を完全に解放しようとしてるのかも。それを一気に加速させるのがシスじゃないかと思うんです」
「メーニェの姿勢が強硬になってるから、アーロンが事を急いでるってのか? それでカツミも、危ない橋を渡ろうとしてるとでも?」
「分かりません。何かを予知して、それに向かって動いているのかもしれないです」
「その内容をお前は聞けなかった。そういうことだな」
「だから指輪なんて渡せないんです」
 やれやれといった様子でユーリーが溜息をもらした。
 聞く者であることと、訊けることは違うらしい。シールドの硬いカツミの思考はルシファーでも聞き取れない。カツミの真意を知りたいのなら、しっかり話をするしかないってことか。

 皮肉混じりの口調でユーリーが探りを入れた。
「私のことは読もうともしてないようだがな」
「隊長は分かりやすいですから」
「なんか言ったか?」
「いえ、何も」
 この際だ。ルシファーの軽口を放り捨てたユーリーが、ずばっと核心に切り込んだ。
「お前がカツミと距離を取る理由はなんだ? ジェイか? アーロンか? フィーアなのか?」
「……全部でしょうね。俺はずっと自惚れてました。カツミのフライトペアは自分だけだし、一番近くにいるからって。でも逃げてたんです。カツミの心の支えはずっとジェイだし、大きなパトロンまでいますからね。フィーアのことも、俺がカツミを追い込まなければ避けられたかもしれないって」
「カツミの気持ちを聞かずにお前が思ってるだけだろ? お前が逃げ続けてれば、言いたくても言えなくなるんじゃないのか?」
「俺はずっと、話すよりも『聞いて』きたんです。それが当たり前だった。分からないのはカツミだけなんです。一番知りたい相手なのに」

 特区双璧のひとり。この十年、見る間に昇進を重ねてきた人物の意外な一面だった。呆れ返ったユーリーが、容赦なく突っ込んだ。
「馬鹿かよ。おまえ……」
「どうせ馬鹿ですよ。これでも落ち込んでるんです。この二か月は、覚悟を決めるための時間だと思ってます」
「へえ、覚悟ね。結婚式には呼んでくれよ」
「そっちじゃありませんっ!」

 茶化されて慌てて否定したルシファーだったが、すぐ真顔になった。ルシファーは常に物事を俯瞰する。今回のシス実験の穴がもう見えていたのだ。
「隊長、相談があるんです」
「なんだ?」
「今度導入された新型機。使わせてもらいたいんです。飛行範囲を広げてオッジの近くまで行ければ、色々と拾える意識がある」
「意識を拾う? オッジに探りを入れたいのか?」
「例の二千人の胎児クローン。たった十年で出すなんて、おかしいと思いませんか? まだ十歳ですよ」
「……そうだな」
 十年前、メーニェは二千人どころではないクローンを使用してシャルー軍を圧倒した。カツミがオッジの基地を無力化しなければ、大量投入されたクローンの攻撃によって敗退するところだったのだ。
 しかし部隊を統括していた基地の通信が機能しなくなったことで、クローンの数だけで押す作戦には何の意味もないことが判明した。
 その時、メーニェ政府は覚ったのだ。価値があるのは使い捨てのクローンそのものではなく、クローンやシスの研究情報の方だと。シャルー側に売ることのできる研究成果にこそ、価値があると。

「出来ればクローンそのものに遭遇したいんです。意識を読み取れますし。急いで出すには、それなりの理由があると思ってます。向こうがすでに改良型開発に成功してるなら、それに対処しなければならないです。でも、そうじゃないのなら、こちらのシス実験の方向性が変わると思うんです」
「なるほどな」
 今回のC級クラスのレベル上げは、メーニェの胎児クローンに対抗するためのものである。同じだけの数を揃えなければならないのだ。
 急いで出す理由。十歳であっても十分に使えるという判断なのか、それとも失敗したことで過去のシャルーのように処分に踏み切ったか。もし後者であれば、こちらの計画も方向性を変える必要が出てくる。
 しばらく考え込んでいたユーリーは、ルシファーに予想外のセリフを吐くなり、にやりと笑みを浮かべた。
「俺の仮組織が役に立つかもしれん。暗号通信を送ってみる」
 ユーリー・ファント。百年前、同じ部隊の初代隊長を務めた人物の子孫。彼の本領が発揮される日が間近となっていた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み