-7-月白 (2)
文字数 1,136文字
冷めた珈琲の嫌な臭いに、僕ははっと我に返った。
視線を上げれば、淹れたまままったく減ることのなかったその珈琲の表面に見事な満月が映り込んでいる。
壁掛けの時計はもう既に夜中の12時を過ぎていた。
ランプに火を灯したのが丁度6時くらいだったから、6時間はぶっ続けで勉強していたことになる。
今日こそは9時には終わらせようと思っていたのに、結局この時間だ。
「………いい加減にしろよ」
いつか十影に言われた言葉を自分で繰り返した。
好きなことに没頭しすぎるのは僕の昔からの悪い癖だ。
食事と睡眠をすっ飛ばしてしまうこの癖のせいで、今まで何度十影に怒られたか分からない。
「………寝よ」
明日こそは本当に気を付けよう、とここ最近毎日のように思っていることを今日も繰り返して、僕は立ち上がった。
ランプの灯が完全に消えたことを確認して書斎を出る。
途中で台所によってカップを片付けてから、自分の部屋に戻った。
「わ………」
カーテンを開けたままにしていた窓から、大きな満月とそれに照らされた庭が見えていた。
バラ、ユリ、ゼラニウムやクレマチス、ジャスミン、カンパネラ……
今夜が咲き盛りだとでも言うように美しく咲き誇った花々に反射した満月の白い光が、暗いはずの部屋をほんのりと照らしていた。
ベッドやソファの葡萄色を含んで、どこか妖しく夜の部屋に充満している。
妖しくて、少し怖い。
カーテンを締めようと窓に寄った僕の視線がふと、勝手に動いた。
毒々しいまでの花たちの輝きが、一瞬、何かに劣ったのだ。
庭の中で一際白く光る『それ』
月白色に輝く髪と、月光色を反射するその肌。
僕は『それ』に―――気付いてしまった。
(マ……ホロ……)
昼間と変わらない美しさを纏ったマホロが、庭の真ん中に立っていた。
紺碧の空に浮かぶ満月には目もくれず、ただ何かをじっと凝視しているように見えた。
す、とその白く靭やかな右腕が真っすぐに伸びる。
指先が、見事なまでに咲き誇ったバラの花に触れた。
それを、そのバラの花を。
マホロは躊躇なく、鷲掴みにして毟り取った。
「………ッ!」
ぞわり、と背中が粟立つ。
叫びそうになって僕は咄嗟に自分の口を押えた。
そんな僕に気付く様子もなく、まるで肉でも食うかのようにマホロはその花に貪りついた。
はらり、と指先から花びらが零れる。深紅のバラの花びらが、血のように地面に落ちた。
どこか虚ろな、何かに取り憑かれたような目をしたその横顔が、一心不乱にバラを貪っている。
マホロの手のひらの、そのバラの花が、どくり、と脈打って見えた。
まるで自分の心臓を鷲掴みにされているような、そんな錯覚を僕は覚えた。
視線を上げれば、淹れたまままったく減ることのなかったその珈琲の表面に見事な満月が映り込んでいる。
壁掛けの時計はもう既に夜中の12時を過ぎていた。
ランプに火を灯したのが丁度6時くらいだったから、6時間はぶっ続けで勉強していたことになる。
今日こそは9時には終わらせようと思っていたのに、結局この時間だ。
「………いい加減にしろよ」
いつか十影に言われた言葉を自分で繰り返した。
好きなことに没頭しすぎるのは僕の昔からの悪い癖だ。
食事と睡眠をすっ飛ばしてしまうこの癖のせいで、今まで何度十影に怒られたか分からない。
「………寝よ」
明日こそは本当に気を付けよう、とここ最近毎日のように思っていることを今日も繰り返して、僕は立ち上がった。
ランプの灯が完全に消えたことを確認して書斎を出る。
途中で台所によってカップを片付けてから、自分の部屋に戻った。
「わ………」
カーテンを開けたままにしていた窓から、大きな満月とそれに照らされた庭が見えていた。
バラ、ユリ、ゼラニウムやクレマチス、ジャスミン、カンパネラ……
今夜が咲き盛りだとでも言うように美しく咲き誇った花々に反射した満月の白い光が、暗いはずの部屋をほんのりと照らしていた。
ベッドやソファの葡萄色を含んで、どこか妖しく夜の部屋に充満している。
妖しくて、少し怖い。
カーテンを締めようと窓に寄った僕の視線がふと、勝手に動いた。
毒々しいまでの花たちの輝きが、一瞬、何かに劣ったのだ。
庭の中で一際白く光る『それ』
月白色に輝く髪と、月光色を反射するその肌。
僕は『それ』に―――気付いてしまった。
(マ……ホロ……)
昼間と変わらない美しさを纏ったマホロが、庭の真ん中に立っていた。
紺碧の空に浮かぶ満月には目もくれず、ただ何かをじっと凝視しているように見えた。
す、とその白く靭やかな右腕が真っすぐに伸びる。
指先が、見事なまでに咲き誇ったバラの花に触れた。
それを、そのバラの花を。
マホロは躊躇なく、鷲掴みにして毟り取った。
「………ッ!」
ぞわり、と背中が粟立つ。
叫びそうになって僕は咄嗟に自分の口を押えた。
そんな僕に気付く様子もなく、まるで肉でも食うかのようにマホロはその花に貪りついた。
はらり、と指先から花びらが零れる。深紅のバラの花びらが、血のように地面に落ちた。
どこか虚ろな、何かに取り憑かれたような目をしたその横顔が、一心不乱にバラを貪っている。
マホロの手のひらの、そのバラの花が、どくり、と脈打って見えた。
まるで自分の心臓を鷲掴みにされているような、そんな錯覚を僕は覚えた。