-5-体液 (3)
文字数 1,121文字
『だからお前は、何も聞かなくていい。何も、見なくていい―――』
十影が最後に言ったその言葉を、もう何度も繰り返し思い出していた。
それが一体何に対しての言葉だったのか、結局僕は分からないままでいる。
「………同情、なのかな」
悲しいと思うのも、苦しいと感じるのも、あんなふうに怒れたのも、泣いたのも、僕には初めてのことだった。
ただその根本にあるものが十影の言うところの同情なのか『絆された』からなのかは僕には分からない。
そうなって欲しくはないと、十影は僕に言った。
それは恐らく自分のようになって欲しくないという、十影なりのやさしさと、忠告なのかもしれなかった。
「ん………?」
お風呂に入ろうと脱衣所で服を脱いでいると、ふと胸ポケットに感触を感じてそれを取り出す。
出てきたのは、桃色の縮緬袋だった。
僕に渡したまま、十影が忘れていったものだ。
紫色の紐を解いて袋を広げると正方形のプラスチックケースが入っている。それをほんの少しだけ袋から出した。
中に収まれている薄紅色の花弁は昼間と変わらず、まるで僕を誘うように角度を変えながら煌めきを放っている。
無毒化された、花酔いの体液。
「………これ、誰の花びらなんだろう」
ふ、とマホロの顔が浮かんだ途端、何故かぶわりと顔が熱くなった。
なんだか急に居た堪れなくなって頭を強く横に振る。
(目に、毒だ……)
小さく息を吐いて、ケースを巾着袋に仕舞った。
途端に魔法から溶けたように力が抜ける。
「今度、十影に返そう……」
僕が持っているには、この花弁は、あまりに綺麗で、あまりに切なすぎる。
脱いだ服の上に大切に置いて、僕は風呂場の扉を開けた。
「う、わ……」
浴室に一歩足を踏み入れると、思わずそんな声が漏れた。
広い浴室の丸い窓からは、三日月が覘いている。その光が、浴槽にはられた水面に反射して微かに揺れていた。
浴室中に充満している花のような匂いや、濡れた床がやけに生々しい。
さっきまでここを、マホロが使っていたのだ。
「っ!なにを!考えてるんだ!僕は!!」
もう一度強く首を振って、僕はぱしりと自分の頬を叩いた。
絆される前に惑わされていては話にならない。
煩悩なんて早々に洗い流してしまおうと、つるりとした曲線を描く浴槽に手をかけそのまま勢いよく中に這入った。
瞬間―――
「つぅ……めったぁあああああああっ!」
沸かし直すか淹れ直すかしてね、というマホロの言葉と
掛け湯はちゃんとしろよ、という十影の教え。それから―――
人間の体温ですら火傷する花酔いの特性を、今更ながらに僕は思い出していた。
十影が最後に言ったその言葉を、もう何度も繰り返し思い出していた。
それが一体何に対しての言葉だったのか、結局僕は分からないままでいる。
「………同情、なのかな」
悲しいと思うのも、苦しいと感じるのも、あんなふうに怒れたのも、泣いたのも、僕には初めてのことだった。
ただその根本にあるものが十影の言うところの同情なのか『絆された』からなのかは僕には分からない。
そうなって欲しくはないと、十影は僕に言った。
それは恐らく自分のようになって欲しくないという、十影なりのやさしさと、忠告なのかもしれなかった。
「ん………?」
お風呂に入ろうと脱衣所で服を脱いでいると、ふと胸ポケットに感触を感じてそれを取り出す。
出てきたのは、桃色の縮緬袋だった。
僕に渡したまま、十影が忘れていったものだ。
紫色の紐を解いて袋を広げると正方形のプラスチックケースが入っている。それをほんの少しだけ袋から出した。
中に収まれている薄紅色の花弁は昼間と変わらず、まるで僕を誘うように角度を変えながら煌めきを放っている。
無毒化された、花酔いの体液。
「………これ、誰の花びらなんだろう」
ふ、とマホロの顔が浮かんだ途端、何故かぶわりと顔が熱くなった。
なんだか急に居た堪れなくなって頭を強く横に振る。
(目に、毒だ……)
小さく息を吐いて、ケースを巾着袋に仕舞った。
途端に魔法から溶けたように力が抜ける。
「今度、十影に返そう……」
僕が持っているには、この花弁は、あまりに綺麗で、あまりに切なすぎる。
脱いだ服の上に大切に置いて、僕は風呂場の扉を開けた。
「う、わ……」
浴室に一歩足を踏み入れると、思わずそんな声が漏れた。
広い浴室の丸い窓からは、三日月が覘いている。その光が、浴槽にはられた水面に反射して微かに揺れていた。
浴室中に充満している花のような匂いや、濡れた床がやけに生々しい。
さっきまでここを、マホロが使っていたのだ。
「っ!なにを!考えてるんだ!僕は!!」
もう一度強く首を振って、僕はぱしりと自分の頬を叩いた。
絆される前に惑わされていては話にならない。
煩悩なんて早々に洗い流してしまおうと、つるりとした曲線を描く浴槽に手をかけそのまま勢いよく中に這入った。
瞬間―――
「つぅ……めったぁあああああああっ!」
沸かし直すか淹れ直すかしてね、というマホロの言葉と
掛け湯はちゃんとしろよ、という十影の教え。それから―――
人間の体温ですら火傷する花酔いの特性を、今更ながらに僕は思い出していた。