文字数 2,367文字

 マントで包みこむように抱きすくめた。

 ワレスは少年を寝具に押したおした。
 昨日の変な薬のせいで、精力は残りかすまでしぼりとられた。だが、それを気づかせないだけの手管を、ワレスは持っている。手と口で愛撫をあたえると、カナリーはそれだけで我を忘れた。

「ひどい。ひどい。ぼくだけ、こんなにして」

 たかぶって、わめきちらすカナリーの口をくちづけでふさぐ。

「いい子だな。殺された占い師の名前を知ってるか?」
「知らない。いじわる」

「ちゃんと答えないと、知らないぞ」
「いやだよ。イーディ……イーディスって」

「イーディスか。所属の小隊は?」
「ユビナス……」

 ワレスも顔くらいは知っている隊長だ。

「分隊は?」
「二か三……もういいでしょ? ね?」

「イーディスと親しかった者を知らないか?」
「……あいつら、変なんだ。かわりばんこに、やりたがるの」

「おまえの顧客だったのか。名は?」
「カムエル……ね、もういいでしょ。早く来て。早く」

「続きは今度、ゆっくりな」
「そんなの、ズルイよ!」

「おまえの言ったことが正しければ、次は必ず可愛がってやるさ」
「約束してくれる? ぼく、嘘ついてないよ?」
「約束する。ぬれぎぬが晴れるよう祈っててくれ」

 バラ色に染まる少年の体を離して、ワレスは立ちあがった。カナリーは裸のまま、ワレスの背中にしがみついてきた。

「あなた、ステキ。ほんとに好きになってしまいそう」
「またな」

 最後にもう一度、キスしてやった。あれだけのことを聞きだすのに、たいしたサービスだ。いたしかたない。今、たよりになるのは自分だけ。
 ほかの兵士に聞いてみたところで、正直に答えてくれるかどうかさえ怪しい。

 カナリーの部屋を出ると、ワレスは第三大隊の兵舎である南の内塔にむかった。

 本丸の四すみにある内塔は、それぞれ、第一から第四大隊の傭兵部隊の宿舎だ。

 つねに砦に常駐している大隊は第六まで。
 第五、第六は砦の外面である二の丸の守りにあたっている。危険に真っ向から立ちむかう役目なため、ふんいきがまた違う。

 だが、第一から第四までは、傭兵はどの隊でも鼻つまみ者だ。本丸を起居に使う正規兵から隔離(かくり)された形になっている。

 南の内塔に入ると、物珍しげにワレスをながめる兵士たちの声が、そこここで聞こえる。

「誰だよ。あれ。すっげえ美形だな」
「あんなのいたら、初日で気づくぜ?」

「あんな小隊長、見たことないな」
「うちの中隊じゃないんだろ? 正規兵かな」

「バカ。おまえら、知らないのか? あれがウワサのワレス小隊長だよ」
「へえ。あれがねえ。もう三、四つも若けりゃ、食堂にいたっていいようなヤツじゃねえかよ」

「どうかな。キレイだが、冷たいよ。怖いみたいだ」
「だから給仕じゃなく、兵隊なんだろ」
「それにしても、なんだってこんなとこ歩いてるんだ?」

 兵士が自分の所属する塔以外に入ってはいけないという決まりはない。決まりはないが、たしかに、めったにすることではない。
 ましてや、それが、今や砦じゅうの話題の人物なのだ。さわぎにならないわけがない。

(ユビナスは第三小隊だったか)

 塔の構造や部屋のわりあては、第四大隊と同じらしかった。
 四階まであがるが、ここでも、ワレスを見ながら、みんなが笑っている。ワレスはそのなかの一人に近づいた。

「おい」
「うわっ」

 どうせ、ろくでもないことを話していたのだろう。おどろいて逃げだそうとする男の腕をわしづかみにする。

「逃げるな」
「痛えよ。離してくれ」

「おまえが逃げるからだ。カムエルという男を探している。ユビナス小隊の第二か第三分隊らしい」
「カムなら、さっき、メシ食いに行った!」

 まわりの兵士たちはクモの子を散らすように逃げだした。どうしても、この男から聞きださなければならない。

「嘘じゃないな?」
「嘘じゃない。おれはカムと同じ部屋なんだ。疑うなら、のぞいてみろよ」

「では、案内しろ」
「七号室だ」

「七号か。縁があるな」
「どうでもいいけど、手、離してくれ」

「逃げる気だろう?」
「逃げねえよ」

「名前を聞いておこう」
「アダムだ」

 六海州人だと思ったが、名前はユイラか、北の十二公国のものだ。

「六海州人ではないのか?」
「半分だよ」

 アダムは顔をしかめた。
 そう言われれば、目鼻立ちはユイラ風だ。

「悪いことを言ったらしいな。あやまる」
「べつに……あやまることはねえ」

 ワレスは手を離した。
 しかめっつらのまま、アダムはつかまれていた手をさする。

「優男のくせに、すごい力だな。かげんってもんを知らないのか?」
「名誉がかかっているのでな。それに、おれを見て笑った」
「へえ。そんなこと気にするとは、意外と人間くさいな。来いよ」

 さきに立って、アダムが七号室のドアをあける。
 アダムを見すてて逃げた連中が、わッと叫んで奥へとびのく。

「バカやろう。何やってんだ。タム」
「つれてくんなよ」

 不平を無視して、ワレスは室内を見まわす。

「このなかに、カムエルはいないのか?」

 男たちは首をふる。
 ウワサはともかく、まがりなりにも、ワレスは小隊長だ。ムチをふるう権限はある。男たちもそれは承知だ。

「ほんとにいないのか? では聞くが、ほかに殺された占い師と親しかった者はいないのか?」

 男たちは顔を見あわせる。

「なんだ。あんた、イーディスのこと調べにきたのか」

 なんとなく、ホッとしたようすなのがひっかかる。

「調べられては困ることが、ほかにあるのか?」
「そうじゃないが、このごろ、変な連中がよく来るんだ」
「どんな連中だ?」

 ワレスがたずねたときだ。
 ぐいっと、アダムがワレスの手をひいて、室内からつれだした。

「おい。おれはまだ話があったんだぞ」
「いいから、ちょっと。屋上なら人が来ない」

 昼間の塔のなかは、ヒマをもてあました兵士たちでいっぱいだ。ナイショ話にはむかない。
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