文字数 2,277文字



「へえ。じゃあ、あの隊長が?」
「そうとも。それで昨日、うちの隊長とケンカになって——」
「すました顔して、盗人とはねえ」
「どおりで、おかしいと思ってたぜ。毎日ちがう派手な服きてよ。いくら小隊長がもうかるか知らないが」
「しッ。こっちを見たぜ」
「かまうもんか」

 ざわめきが耳につく。

 一夜あけて、食堂はそのウワサで持ちきりだ。
 なにしろ、近ごろ砦をにぎわせていた二つのウワサがクロスしたのだ。ワレスの名前は、いやでも、あちこちで呼びかわされていた。

 ほかの隊の兵士に陰口をたたかれるのは、まだいい。
 なかには、ワレスの部下もいて、

「なんだよ。尊敬してたのに。あれが自分の隊長だと思うと、なさけない!」

 聞こえよがしに言ってくる。

(なさけないのはこっちだ。自分の部下にも信用されてないとはな)

 ワレスは食べかけの皿をもって立ちあがった。
 厨房との仕切りに運ぶと、エミールが仏頂面でよってくる。

「だから言ったのに。食堂なんか来なくていいって」

 ぷいっと食器をとって行ってしまった。

(なんとでも言え。おれは誰に何を言われても、平気だ……)

 食堂を出ても、ささやきがついてくる。

(第三大隊を調べなければな)

 どうも、気になる。
 ワレスの部屋から、第四大隊以外の換金券が出てきたこと。この二つの事件は、どこかでつながっているのかもしれない。

 ワレスが考えていると、厨房の奥の小部屋のドアがあいた。なかから人が出てくる。兵士と少年だ。

「じゃあ、またな」
「うん。約束ね」

「わかってる。毛糸の肩かけだろ?」
「赤い色がいいよ。かるくて、あったかいの」

「おまえには淡い色のほうが似合うと思うぜ。白とか、水色とか」
「ダメ。汚れか目立つんだもん。それじゃ、ピンクにして。濃いめのね」
「わかった。わかった。じゃあ、礼の前払いだ」

 食堂まわりは、真夜中以外、いつも人目がある。しかし、兵士と少年には関係ないらしい。おおっぴらに抱きあってキスをしている。

 兵士のほうは知らないが、少年は見おぼえている。食堂で給仕をしている少年だ。カナリーという名前だったはず。

 たしか、以前、この少年のことで、エミールが言っていた。

(おれに気があるとか……)

 食堂の給仕の少年たちは、裏を返せば、みんな男娼だ。
 食事を食べさせるかわりに、小部屋で自分の体を使う特別な料理を食べさせていたのだろう。
 よほど毛糸のショールが欲しいのか、熱心にキスしている。

 やっとのこと、男が去っていった。
 ワレスは少年に近づいた。

「今、いいか?」

 少年の背中に声をかける。
 男を見送っていた少年は、ふりかえってビックリしている。

 綿毛のような、やわらかな金色の巻毛。
 小鳥のように可憐な顔立ち。
 カナリーというのは、その見ためからつけられた愛称だろう。

 ワレスは親しく話したことはない。が、ひとめ見ただけで、少年のこれまでの人生の想像がついた。

 少年はとても貧しい家の生まれで、借金のかたに色子宿にでも売られた。
 が、声変わり後の少年をやとってはならないという、ユイラの昔からの慣習のせいで、宿で働けなくなった。
 それで、こんな僻地(へきち)の砦にまで流れてきた。

 見たところ、十五、六だが、じっさいはもう少し上だろう。ワレスを見て首をかしげる、あどけない仕草には、商売っけが感じられる。
 とはいえ、砦で男娼をする少年のなかでは、とびきり愛らしい。

「あなたは、エミールのいい人でしょ?」
「いや。いい人は遠いところにいる」
「わかってるよ。ここにいる人はみんな、そう。故郷で恋人が待ってるんでしょ? でも、それを言っちゃダメ。ぼくに何? お話があるの?」
「まあな。すぐ、すむ」
「いいよ。ゆっくりでも。昼間は忙しくないから。ね、こっち来て」

 カナリーはさっき出てきた部屋を示した。
 ワレスにその気はない。が、少年をむくれさせることもないだろう。素直にしたがう。

 室内はベッドやタンスがゴチャゴチャ置かれ、せまくるしい。給仕の少年にあてがわれた部屋だろうか。
 ワレスを場末の女郎屋に来たような気分にさせた。

「ここ、暗いでしょ? 窓もないし。すわって。ね? お茶だけは、いつでも、あったかいのが飲めるよ。いる?」
「いらない。今、食事をすませてきた」

 すわれと言われても、ベッドのほかに場所がない。
 カナリーがさきにすわり、ぽんぽんととなりをたたく。
 ワレスはそこにすわる。

「聞きたいことがある。死んだ占い師のことだ」

 言いかけるワレスの口を、カナリーが指さきで押さえる。

「待って。ぼく、もう少し、あなたとこうしていたい」

 まあ、それもいいだろう。

「知らないのか? おれのウワサを。おれとかかわらないほうがいいぞ」
「あんなの、ぼく、信じてないよ。それとも、ほんとのこと?」

 カナリーの目がずるく光るのを、ワレスは見逃さなかった。もしほんとなら、ゆすって金をまきあげようというのだろう。
 さすがに、砦に来るようなのは、ただの男娼じゃない。可愛い顔をしてるが、とんだ小鳥だ。するどいツメを隠している。

「ぬれぎぬだ。汚名を晴らすために四苦八苦してる。教えてくれたら、毛糸と言わず、絹のショールを買ってやろう」

「ほんと?」と言ったあと、くすくすとカナリーは笑った。
「でも、ダメ。やぼったいけど、毛糸のほうがあったかい」
「では、何が欲しい?」

 ワレスには、その答えがもうわかっている。
 ワレスが答えを知っていることを、カナリーも理解している。
 見つめあう瞳のなかに、答えはある。

 カナリーはもったいぶって、ワレスの耳に唇をよせてきた。

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