文字数 2,538文字


 おかげで、ワレスは近ごろ、人に見えないものが見える男としてウワサされつつある。以前、亡霊を退治したこともあるせいだ。

 へたにそんなウワサがたつと、管轄外の仕事をまわされるかもしれない。それだけ危険も増す。
 ワレス自身は、このウワサを歓迎していなかった。

「その話はやめてくれ。ほかにもっと、おもしろい話はないのか?」
「評判の占い師とか?」
「占い師?」
「おれは会ったことないけどさ。失せ物とか、絶対、見つかるって話だよ。それがさ。その男、前はまったくふつうの兵隊だったのに、急に最近、そんな力がついたんだって」

 初耳だ。同じ中隊の兵士ではないのだろう。

「正規兵なのか?」
「傭兵らしいけど。興味あるの? だったら、もっと聞いとくけど」
「ウワサ話は食堂に集まるからな。しかし、興味はない。そろそろ、ハシェドたちを入れてやれ」

 ワレスが服を身につけるのを、エミールはワレスのベッドにころがってながめている。

「どうせなら、もう一仕事してあげようか?」
「必要ない」

 ぽかりと、ワレスはエミールの頭をこづく。

「早く外のやつらを呼んでやれ」
「いたぁーい。もう。ハシェド、ハシェドって、趣味悪いんだから、あんた。知ってるんだぞ。班長が体ふくとこ、のぞき見するつもりなんだ」

 かあッと、体じゅうの血が頭にのぼっていく。
 壁の姿見のなかの自分が、耳たぶまで赤くなるのを見て、ワレスは頭をかかえる。

「やだ、もう。可愛いなぁ。あんたって。なんなの? おれを抱くときは、あんなに手慣れてるくせにさ。まともな恋愛したことないの?」

 エミールの言う

が、どんなものだか知らない。が、相思相愛の相手と愛をわけあうという経験は、たしかにない。

 子どものころのことは、たぶん、恋ではなかったんだろう。あのころ出会った男たちに、ワレスは父性を求めていたんだと思う。最低の父親を亡くして、さまよっていたから。

 何人か好きだと思った少女は、あっというまに死んでしまった。

 そして、十六のとき、ルーシサスが死んで、あとはもうグダグダだ。
 人を愛することが怖くなった。どんなに愛しても、その人たちは、きっと死んでしまうから。

(おれの愛した人は、みんな、死んでしまう……)

 どの人との愛も、つらい思い出で終わってしまう。
 この運命を背負ってるかぎり、ワレスにまともな恋なんてできるわけがない。ハシェドとのことも、決して成就してはならない。

 もっとも、ハシェドのほうは、ワレスにそんな気はないらしい。心配することはないだろうが。

「何さ。考えこんじゃって?」

 エミールに言われて、ワレスは気がついた。

「いいから、呼んでやれ」
「はいはい。ほんと、あつかいにくい人。なんでこんな変人、好きになっちゃったかなぁ」

 ブツブツ言いながら、エミールはハシェドたちを呼びに行く。

 ワレスは窓ぎわへ行き、鎧戸(よろいど)をあけた。冷たい風が、頰のほてりをさましてくれる。

 ハシェドたちが室内に入ってきた。くしゃみをする音が聞こえる。

「すまない。寒かったか」

 窓をしめ、ふりかえったワレスは、ドキリとした。

 ハシェドの褐色の肌。
 砦の生活できたえられた形のいい筋肉。

(バカめ。落ちつけ。初めて見るものでもないだろうに)

 ドキドキする胸をおさえて、ベッドに腰かける。

 エミールがクスクス笑っていた。

「じゃあ、おれは帰ろっと。隊長の下着、あらっといてあげようか?」
「さっさと行け!」

 ゲラゲラ笑って、エミールは去っていった。

「近ごろ、エミール。よく笑いますね。廊下まで聞こえてましたよ」と、ハシェドが笑いかけてくる。

 ワレスは気持ちを切りかえるのに、しばしを要した。

「占い師がどうのと言ってたな」
「第三大隊のやつですね? すごい評判だそうですからね」
「そんなにか?」
「おれも、ナジェルからのまた聞きです。ブラゴール人どうしは、ほかの隊の連中ともつきあいがありますから。それで諜報(ちょうほう)してるんじゃないかなんて言われますが。言葉の通じる相手と話していたいだけなんですよ」

 ハシェドの母の国、ブラゴールは、ユイラでは敵国に近い。今は争っていないが、過去には戦争になったこともある。

 傭兵のなかには、ブラゴール人もいる。が、数は少ない。なにしろ言葉も文化も宗教も、ユイラとはまったく異なるのだ。
 したがって、ブラゴール人の傭兵は、隊のなかで孤立することが多い。それでどうしても、ブラゴール人どうし寄り集まることになる。

 ハシェドはハーフだが、ブラゴール語を話せる。ブラゴール人たちと仲がいい。

「失せ物とかを見るそうです。ウソをつくと、すぐに見ぬくそうですよ。でも、古いことばっかりで、さきのことはわからないそうですが。前世のこととかも見てくれるそうです」
「人の過去をのぞき見するわけだな」

 悪趣味なことだ。
 しかし、アブセスは興味を持ったようだ。遠慮がちに会話にくわわってくる。

「それが本当なら、隊長が手を焼いておられる荷物荒らしを、つきとめてくれるかもしれませんね」
「なるほど」

 もっともな話だ。

 第三大隊の話題は、過去見の占い師らしい。だが、ワレスたちの第四大隊では、近ごろ、他人の荷物を荒らす、こそ泥が横行している。ワレスの小隊ばかりでなく、中隊全体で被害が出ている。

 犯人はギデオン中隊の誰かだということはわかっている。が、何度、荷物をしらべても捕まらない。

「傭兵の荷物を荒らすのは、正規兵より金を持ってるからだな。しかし、これ以上、被害が続出すると、隊の規律にかかわる。占いがどれほど当たるものか知らないが、ダメ元で行ってみてもいい」

 ハシェドがたずねてくる。
「隊長はあまり占いを信じておられないのですね」
「つい最近、とつぜん、そんな力がついたというんだろ? 詐欺(さぎ)じゃないのか。前世なんて、ウソ八百ならべても真偽はわからないしな。それなら、まだしも、魔法使いの魔法のほうが信じられる」

 司書のロンドでも聞けば激怒しそうな言葉だ。

「まあ、急ぐ必要はない。いつでもいいから、ナジェルに聞いてみてくれ。第三大隊のなんてやつか」

 ワレスは笑いながら言った。

 だが、このとき、すぐにでも調べて行ってみるべきだったのだ。
 その夜、ウワサの占い師は、何者かに殺されてしまった。
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