文字数 2,568文字

 ギデオンの男色家としての趣味は有名だ。長年、ギデオンの右腕をつとめる、メイヒルの女性的な容貌を見れば、誰しもかんぐりたくなる。

 年はワレスより三、四つ上だろうか。
 ストレートのブロンド。
 忘れな草色の瞳。
 小作りで女っぽい顔立ち。
 正規兵によくいるような、きまじめなタイプだと、表情から見てとれる。

 だが、その目が、ワレスを見るときだけ変わる。切るような冷たい目だ。
 メイヒルのギデオンを見る目つきから言っても、兵士たちのウワサは真実なのだろう。

(おれもあんな目をして、ハシェドを見てるんだろうか?)

 そんな思いが胸に浮かぶ。
 その胸のざわめきが消えないうちに、ギデオンが言った。

「第一小隊長メイヒル。第二小隊長ワレス。両者の対戦をもって、本日の勝敗を決する。勝負はこれまでどおり、一本勝負——始め!」

 集中できてなかったワレスは出遅れた。

 試合では、対戦相手を傷つけてはならないというルールがある。真剣だが寸止めだ。

 だが、メイヒルの剣には殺気がこもっている。わざとワレスを傷つけようとしていた。勝負をつけるために、ふつうに狙うところを狙ってくるのではない。顔や足など、致命傷にならず傷つけることのできるかしょを、しつこく狙ってくる。

「なんか変だな。今日のメイヒル隊長」
「ああ。技が小さいってか」
「でも、気迫はあるぜ」
「ワレス隊長が牽制(けんせい)してるせいだろ?」
「あッ。ワレス隊長が足をとられた!」

 兵士たちも、どこかいつもと違うものを感じて不安げに見ている。

 注目のなか、ワレスはメイヒルの突きをよけそこね、足をすべらせた。
 するどい突きが、そのまま鼻先に迫る。

 殺される——

 ワレスが思った瞬間、ギデオンの声が響いた。

「そこまで!」

 メイヒルの剣が、ワレスの頰をかすめて止まる。

「勝負あり! 本日の勝利は第一小隊」

 失望の声が部下たちのあいだで起こる。
 ワレスはそれを、無様(ぶざま)に石畳に倒れたまま聞いた。

(こいつ。おれを切り刻むつもりだった)

 ワレスはメイヒルと静かに、にらみあう。

 ギデオンが声をかけてきた。
「メイヒル。これは試合だぞ。やりすぎるな」

 メイヒルはワレスを無視して剣をおさめた。

「申しわけありません。ワレス小隊長がなかなか使うので、つい本気になってしまいました」

 違う。つい我を忘れたとか、そんな感じではなかった。
 だが、腹は煮えるが、いつまでも石畳に這いつくばっているわけにもいかない。ワレスは立ちあがり、剣をひろう。

 すでに兵士たちは散りはじめていた。その波にさからって、ハシェドがかけよってくる。

「ワレス隊長。大丈夫ですか? 頰から血が出ていますよ?」
「ああ……たいしたことはない」
「ひどいなあ。メイヒル小隊長。わざと傷つけようとしてましたよね」
「しッ。聞こえるぞ」

 そばにまだギデオンとメイヒルがいる。

 ワレスはたしなめた。
 が、ふだん人のいいハシェドが、めずらしく憤慨(ふんがい)している。

「だって、あんなんでいいなら、おれだって——」
「まあいい。すんだことだ」
「そうですか? いくら試合に勝ちたいからって、あれはないですよ」

 ハシェドが言うので、ワレスは笑った。

 別にアイツは試合に勝ちたかったわけじゃないさ。

 そのとき、ワレスは背後から呼びとめられた。

「ワレス小隊長」
 ギデオンだ。

「なんですか? 中隊長殿」

 ギデオンはふりかえったワレスを、吸いよせられるように見つめる。ワレスにかすかな痛みをあたえる、頰の傷を。

「今日の試合はまずまずだった」
「ありがとうございます」

「しかし、おまえは見たところ左利きだな? なぜ、左を使わない? 右もよく訓練されてはいるが、受け身になると、必ず型どおりになる。学校で教わる試合向きの剣さばきだ。実戦では一瞬の遅れが生死をわかつ。左を使え」

 言いながら、なおもワレスの頰ばかり凝視する。
 ワレスは薄気味悪くなった。黙って頭をさげる。

 ギデオンは無意識のように、ワレスの頰に手を伸ばしかけた。そこで我に返り、去っていった。メイヒルがついていく。

 二人の後ろ姿が小さくなるまで、ワレスは見送った。

「あいつ、血を見ると興奮するタチか。つくづくイヤな性分だ」

 ハシェドがギデオンをどう思ってるのかは知らない。
 ワレスと上官の軋轢(あつれき)を回避させるのも、下士官の役目とでも思ったのだろうか。とりなすように言った。

「でも、さすがですね。おれはぜんぜん気がつきもしませんでした。ワレス隊長、左利きなんですか?」

 ワレスは返答につまる。

「まあな……」
「太刀筋でわかるなんて、やっぱり凄腕なんだな」
「おれの粗探しばっかりしてるからじゃないか?」

 まったく、イヤなヤツだ。
 人が隠してることを、さらりと見抜く。

 だが、ワレスは文句をつけたくなるのを、ぐっとこらえる。それについてはあまり言及されたくない。

 しかし、ハシェドはたずねてきた。
「なんで左を使われないんですか?」

 あの日も、今日のように寒かった……。

 ぼんやり考えながら、ワレスの口はしぜんに言いわけをする。

「学校では右持ちが普通だった」
「へえ。ほんとに学校に行っておられたんですね。どおりで、我々とは頭のできが違う。剣のかまえも、きちんと基礎があるとは感じていましたが」

「おれのは試合用だ。中隊長も言ってたろう。実力はおまえのほうが上だよ」
「おれのはケンカ殺法ですから。ああいう試合は苦手です。よければ今度、正攻法というやつをご指南ください」

 ハシェドの疑いのない眼差しが痛い。

 騎士学校で右を使うことが主流だったのはほんとだ。ワレスはそれに乗じて、左手を封印してきた。使えば、あのことを知られるような気がした。

 あのとき、すでに、ワレスの手が人の血で汚れていたことを……。

(後悔はしてない。だが、人に知られるのは怖い。ハシェドにだけは知られたくない)

 ワレスが砦に来て、まもないころ。周囲から孤立して苦しかったときに、つねにかたわらで励ましてくれたハシェド。

 自分でも知らぬまに、そんなハシェドに片恋していた。
 そっと、よこめでながめる。
 ハシェドの甘く男らしいよこ顔。ブラゴールの血をひく、ハシェドの褐色の肌を。

 視線を感じたのか、ハシェドもワレスをながめてきた。

 あわてて目をそらす。
 そのしぐさが自分でも不自然に思えて、頰が上気するのがわかる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み