文字数 1,756文字


「お……大きな手で、たたきつぶされたみたいに…………はじけた」

 うッと男は口を押さえる。

「気をしっかり持て。ここからが大事だぞ。なぜ、そんな死にかたをするかつきとめなければ、また新たな死者が出る。おまえも、あんな死にかたをしたくはあるまい?」

 男は何度も、うなずいた。

「では、思いだせ。ウォードに近ごろ、変わったことはなかったか?」

 男は首をふる。

「べつに……いつもどおりだった。いや、なんか拾いものしたとかで、いつもより上機嫌だった。賭けのあいだも、バカについてて」

「ウワサでは占い師の呪いだそうだな。ウォードは占い師とかかわりがあったか?」
「そんな話、聞いたことない。そんな占い師がいたことだって、おれたちは最近になって知ったんだ。変死が続いてるって聞いてから……」

 なんのかかわりもない人間が死んだ。
 となると、占い師の呪いだという話はデタラメということになる。
 しかし、ワレスのウワサが真実ではないが、まんざら根も葉もないことではないように、関連づけてウワサされる根拠があるはずだ。

「ウォードと一番、親しかったのは誰だ?」

 うしろのほうでしゃがんでいる男を、全員がふりかえる。

 ワレスが、その男に問いかけようとしたときだ。
 階下から、あわただしく階段をかけあがってくる足音があった。やってきたのは、第五小隊の隊長ドルトだ。

 傭兵(ようへい)の五割は六海州(ろくかいしゅう)、三割がユイラの出身で、残る二割がその他の国々だ。

 ドルトは大勢派の六海州の男だ。
 六海州はルーツ海をはさんで、ユイラの隣国だ。大半が漁業や海を使った貿易業で生計を立てている国だ。

 男も女も長身で骨ばった、細く筋肉質な体型をしている。気が荒く、優秀な戦士が多い。肌の色はブラゴール人ほどではないが浅黒く、面ざしは長めだ。

 ドルトはこれらの特徴をそなえた、典型的な六海州の男だ。

「死んだのは誰だ?」

 開口一番に言ってから、ワレスがいるのに気づき、あからさまに不愉快げな顔をする。ワレスを嫌ってる男の一人なのだ。

「ふん。厄病神がいる」

 このくらいの嫌味にはなれている。
 ワレスは無視して、仕事を続けた。

「死んだのは第二分隊のウォード。どのように死んだかは、部屋をのぞいてみるがいい」

 同じ小隊長でも、ドルトは砦に来て五、六年になる古株。
 まだ半年あまりのワレスとでは格が違うのだが、あくまで対等の態度をとる。こういうところが嫌われる原因だろう。

 あるいは、単純で一本気な六海州の男には、ワレスのように派手に外見を飾りたてる男は、それだけで好きになれないのかもしれない。

「おまえに

言われたくない。おれの部下のことだ。ほっといてもらおう」と、文句をつけてくる。

「夜間の塔内の監視はこっちの仕事だ。報告書を作成しなければならない。いやでも、つきあわせてもらうぞ」

 報告書という言葉が、さらにドルトの神経をさかなでした。ドルトはユイラ語を書くことが苦手なのだ。そのせいで、中隊長の座をギデオンにゆずったとすら思っているらしい。

 唇をゆがめ、ドルトは吐きすてた。
「ふん。盗人は仕事でさえ、人のものをとりたがる」

 重いかたまりが、ワレスの胸に落ちてきた。それを飲みおろすことができない。

 気がつくと、ワレスは手をふりあげていた。

「——いけません! ワレス隊長!」

 ハシェドがけんめいにすがりついて、ワレスをとどめる。
 ハシェドの(はしばみ)色の瞳をながめるうちに、ワレスは悲しくなってきた。

(……おまえの胸を貸してくれ。少しのあいだ)

 だが、ワレスがしたのは、ハシェドの手をふりほどき、背を向けることだった。

「自制したのは利口だったな。ワレス小隊長。また地下に入りたくはあるまい」

 声がして、ギデオンが階段をおりてくる。

「隊長どうしのケンカは、理由はどうあれ、厳重に処罰する。ドルト、おまえも言葉がすぎるぞ」

 ドルトもギデオンには文句が言えない。おとなしく頭をさげる。

「文書はおれが書いておく。第二小隊は通常任務にもどれ」

 ワレスは目礼した。
 目の前をギデオンが通りすぎるのを待つ。
 早くこの場を立ち去りたい。
 もう何も見たくない。
 いまいましいギデオンの顔も。
 バカにしたようなドルトの目も。
 つらそうなハシェドも。

「あとは頼む」

 ハシェドに言うと、逃げるようにその場を去った。
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