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 国内から備品が届いたばかりで新品があったのに、ハシェドはワレスのおさがりでかまわないと言った。

「だって、昇進される隊長が使ってたんですよ。縁起物じゃないですか」と。

 自分が身につけていたものを、ハシェドがまとう。それだけのことにも、ワレスはエロスを感じた。
 ハシェドはワレスの匂いのしみついたマントをまとっても、何も感じなかったのだろうか?

 ワレスの物思いを、ジョルジュの声がやぶる。

「あんたの目はこんな水彩絵の具では、どうしても、うまく表現できないんだ。ちゃんとした油絵が描けたらなあ。高い絵の具使って、真珠の光沢みたいにしたら、その金属っぽい輝きが表せるかな。あんたはそんな気にさせる素材だよ。創作意欲をかきたてる。おれが砦を去る前に、モデルになってくれないか? それまでに金をためて、いい絵の具を用意しとくから。どっかの田舎の領主にでも売りこむとき、きっと気に入られる」

「皇都に帰りたければ、ジョスリーヌを紹介してやる。ジョスは芸術への造詣は深い」
「ジョスリーヌって、ラ・ベル女侯爵だろう? そりゃあ、彼女は十二騎士の家柄だ。おれが不興を買ったマンロウ伯爵なんか、小指のさきでねじふせられる大貴族だよ。でも、なんで急に、そんなことを?」
「さあ。なんでかな」

 ジョルジュの妹の話を聞いたせいだろうか。
 ジョルジュの苦境を救えば、レディーを死なせてしまったことへの罪滅ぼしになるような気がした……から?

「まあ、理由なんてどうでもいい。それより、本題だ。皇都から来たやつを知らないか?」

「皇都ねえ。わざわざ皇都から、こんな辺鄙(へんぴ)なとこへ来るやつなんて、いないのはわかってるだろ? あんたも。自分の知った顔がないから、おれに聞くんだ」

「しかし、おれは皇都では、かたよった人間のあいだでしか交際がなかった」

「つまり、社交界の連中だよな。おれだって、そんなに顔が広いわけじゃない。でも、そうだな。おれがまだ親方の工房で徒弟だったころだから、七、八年前のことかな。そろそろ独り立ちしようかってころに、見た顔があることはある。と言っても、見かけたていどだ。ほんとにあのときの男だったのか、自信はないね」

「それでもいい。なんの手がかりもないよりは。誰だ?」
「質屋さ。あんたは知らないだろう。皇都でも評判のよくないほうの路地裏に、小さくかまえた店だった。おれも金に困って、よっぽど護符石(ごふせき)を入れようかと思ったが。いい評判、聞かないんで、やめたよ」

「どんな評判だ?」
「あずけたものをすりかえるとか。証文を書きかえて、品物を返さないとか。盗品をあつかってるとも聞いたな」
「盗品か」

 ワレスは考えた。

「その男が、ここに?」
「いや、違うんだ」

 ジョルジュは首をふったのち、満足げに絵筆をおいた。
 きれいに仕上がった水彩画を、ワレスに見せる。
 病みあがりでやつれたワレスの、頬づえをついた姿が、けだるく描かれている。
 ワレスが見てもいい絵だ。

「やはり、おまえは春画より、まともな絵が向いてるよ。こっちのほうが、おれを怒らせた絵より色気がある」
「ご当人のお墨付きか。よしよし。こいつは高く売れる」

 売りさきが気になった。が、聞かれたくなかったのだろう。ワレスが問いただす前に、ジョルジュは話を続けた。

「質屋だがね。いつのまにか、皇都の店はたたんでしまってた。ボロをだして、危なくなったのかもしれないな。まさか、こんなとこで、また見かけるとは思ってもなかったよ。あんたも中庭に行ってみれば、会えるぜ。今度、輸送隊が来たときに」

 二旬に一度、国内から物資を運んでくる輸送隊。天候などによって、予定日に来るとはかぎらない。大幅に予定が狂ってなければ、今度は二、三日後に来るだろう。

「輸送隊のなかの誰かか?」
「それについてくる服屋さ。質屋のあるじだったころ、店の外から見ただけだが、まちがいはない。バハーとか言ったかな。いやに白目が目立って、肌が浅黒い。純粋なユイラ人じゃないんだろう。いつも、東の馬屋近くに店をだしてる」

 その男なら、ワレスも知ってる。笑った顔は温和だが、笑みが消えると、とたんに目つきがするどくなる。油断ならない男だと思っていた。

 盗品を売りさばいていたというウワサのあった男が、商人として砦に出入りしている。そして、砦では盗難があいついでいる。とても、無関係とは思えない。

「その男が砦で盗まれたものを買いとっているのか。あるいは人を使い、計画的に盗ませている——参考になった。礼を言う」
「礼なら、こいつが、ものを言うさ」

 ジョルジュはさも大事そうに、ワレスの絵を紙ばさみに入れた。
 ワレスはちょっと不安になる。

「まさか、それ、おれのとこの中隊長に売るんじゃないだろうな?」
「さてね。客のことは秘密だよ」

 ジョルジュは笑って、ウィンクをよこす。
 ワレスはため息をついた。
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