文字数 1,767文字


「食事中にする話じゃないよ」
「しかし、ほかのやつらは食いながら話してるんだろ?」
「じゃあ、言うけどさ」

 ワレスが椅子にすわると、エミールもとなりに腰かける。こうして慕ってくるところは、たしかに可愛い。
 だが、これもハシェドとのケンカの一因と思えば、やるせない。

(だいたい、ハシェドは誰にでも優しすぎるんだ。だから、てっきり、エミールを愛してるだとばかり……)

 ため息をつくワレスを、エミールがうかがっている。
 水色の右目。若草色の左目。
 こんなときは、色違いの瞳のせいで、人の顔色を見る猫みたいだ。

「話してもいい?」
「ああ。たのむ」

「……占い師の呪いなんだって。人が死ぬんだよ」
「殺されたと言ってた、あの占い師か」

「そう。それ。あんた寝こんでたから知らないだろうけどさ。もう二人……三人かな? 死んでて。それがみんな、第三大隊の傭兵(ようへい)でさ。すごく怖いんだよ。死にかたが」

 ゾッとしたように、エミールは肩をふるわせる。

「四日で三人か。なかなかだな。どんな死にかただ?」

 エミールは、ワレスが飲むトマト味のひき肉のスープを見つめた。

「子どもがさ。麦の穂をカエルのお尻につっこんで、ふくらませて遊ぶだろ。あんな感じ」

 ワレスは口に運びかけていたスプーンを皿にもどした。

破裂(はれつ)するのか」
「だから言ったろ。食事中にする話じゃないよって」
「このくらい平気だ」

 気をとりなおして、スープを飲むこんだ。

「たしかに、おかしな死にかただな。ただのウワサではないのか?」

「ちがう。ちがう。おれは目にしてないけどさぁ。見た人の話では、すごいんだって。それまでふつうに話してたのが、急にバンッて音がして、部屋じゅうに血とか肉とか、とびちるんだって。手足なんか、かろうじて残るらしいけど。どこが、どこの肉だかわかんないらしいよ。片づけるのが大変だったって言ってた」

凄惨(せいさん)な死にざまだな」

「おれ……もちろん、片づけたあとだけど、その部屋のヤツに買われてさ。行ったら、すごいの。壁なんかもふいたらしいけど。血なまぐさいの。フトンも水玉模様になってるし。血のシミでだよ? こんなとこでできないって言ったら、しなくていいから、いっしょに寝てくれって。一人で寝るのが怖かったみたい」

 ムリもない。
 目の前で仲間にそんな死にかたをされたら、どんな肝の太い男だって恐ろしくなる。

「それが三人も続いたのか? 異常だな」
「だろ? だから、占い師の呪いじゃないかって言われてるんだ。死んでるの、みんな、占い師と同じ第三大隊だし」

 ワレスは血糊(ちのり)を思わせるスープを、くるりとかきまぜる。

「なぜ、とつぜん呪いなのか、わからない。殺されたから、手当たりしだい、同じ隊の連中を襲ってるわけじゃないだろう。自分を殺した人間なら、話はわかるが」

「さあ。そこまでは知らないよ。死んだ人が何を考えてるのかもわかんないし」

「わからないと言えば、その占い師に、なぜ急に占いの力がついたのか。そこも謎だな。たとえ死んだからって、ただの人間に、そんな方法で人を呪い殺すことなどできないはずだ。魔術師の霊ならともかく」

「さあね。とにかく、そんなわけだから。あんたのウワサは昨日ほど聞かないよ。ほかの隊のやつらは、それどころじゃないからね。ウワサ流してるの、案外、あんたの近くにいるんじゃないの」

 おれの近くに……。

「わかった。今までどおり、注意してウワサを聞いてくれ。次から、おれも食堂に行く。もう食事を持ってこなくていい」

 エミールは憤慨(ふんがい)したようだ。両手を腰にあてる。

「なんでだよ。あんた、まだ本調子じゃないよ。今だって、こんなに残してるのに。おれが持ってくるから、ゆっくり休めば?」
「今は話のせいで食欲がなくなっただけだ」
「それがふつうじゃないんだよ。いつものあんたなら、こんなこと平気なはずだよ」

 ワレスが黙っていると、エミールは赤絵の具で描いたような細い眉をしかめる。

「ねえ、このごろ、あんた、変。班長とケンカでもしたの?」

 どうしてこう、この少年は痛いところをついてくるのだろう?

「ウルサイな。用がすんだら帰れ」
「わかったよ! バカッ。もう心配してやんない」

 邪険にすると、エミールは怒って帰ってしまった。

「どいつもこいつも、おれにどうしろって言うんだ!」

 ワレスは悪態をついて、ベッドに寝ころがった。
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