文字数 1,737文字

 *


 翌日。
 その話は食堂に届いていた。
 ワレスとハシェドの姿を見つけると、エミールが厨房と食堂をしきるカウンターを乗りこえてやってくる。

「ねえ、聞いた? 昨日の話の占い師。 殺されたんだって!」
「殺された?」
「うん。はい。今日の献立(こんだて)は、干し魚の唐揚げと豆の煮物。野菜とベーコンのスープです」

 ワレスたちの前に皿をならべて、小声でつけたす。

「パンにはさんでるチーズはサービスね。あんたには、キスもつけちゃう」
「そのサービスは今はいい」
「なんでさ。教えてやらないぞ。殺された占い師のこと、知りたいよね?」

 それは聞きたいので妥協する。

「わかった。早くすませろ」

 それでなくても、ワレスの容姿は目立つ。エミールが盛大な音をたててキスするので、まわりの兵士たちが、みんな、こっちを見ていた。

 食堂の給仕なんて、ほんとに皿に盛りつけるだけの係だ。卓まで運んでくれることさえ通常はない。それが話つき、キスつきの、このようすが羨ましくてしかたないようだ。

 エミールはそのまま、ワレスとハシェドのあいだにすわった。

 ワレスは、ますます、そっけない態度をとる。

「今日はこのあと、森焼きに行くんだ。あまり時間がない。話は手早く手短に」
「もう。冷たいんだから。この人。これで、ベッドのなかであんなに優しくなけりゃ、とっくに愛想つかしてるんだけど」

 ぶっと、ハシェドが飲みかけの水をむせる。

「あれっ。班長には刺激、強すぎた?」

 いつものように、エミールがからかう。

 ワレスも興味をひかれた。
 知れば、嫉妬にかられることは承知の上で聞いてみる。

「そういえば、おまえはどうしてるんだ? 恋人の話も聞かないが」
「や、やめてくださいよ。隊長まで。おれのことなんて、どうだっていいじゃないですか。そんなことより、占い師でしょう?」

 ワレスはガッカリした。
 が、しかし、もしも、故郷で妻子が待ってるんです——などと言われようものなら、立ち直れそうにない。

「そうだな。占い師が殺されたって、どういうことだ?」と、話題をもどす。
「うん。それがさ。背中から、ブスリ、ひと突き。人間の仕業らしいんだよ」

 これは砦の兵士にしては、めずらしい死にかただ。猛獣にやられたり、毒虫にやられたり、魔物に襲われて死ぬ者は多い。砦ではあたりまえの死にかただ。
 しかし、人間の仕業となると、話は別だ。つまりは殺人事件ということになる。

「人にやられた? 怨恨か?」
「えん……って何さ?」
「恨まれて殺されたのか、と言ったんだ」
「じゃないの。たぶん。同じ隊のやつの話だと、占いが当たりすぎるから、あちこちで恨みを買ってたらしいって。仕事が終わって、部屋に帰るところをやられたんだって」

「では、夜か。昨夜のいつごろだ?」
「そこまでは知らないけど。だいたい、その話、聞いたの、おれじゃないし」

「誰が聞いた?」
「あっちにいる、カナリー」

 エミールの示す視線のさきに、エミールより少し年下の少年がいる。ふくれっつらで食事を盛りながら、こっちをにらんでいる。

 ワレスも顔くらいは見知っている少年だ。給仕のなかではとくに可愛い顔立ちをしているので、以前からなんとなく注目していた。それに気のせいでなければ、むこうもほかの兵士に対するより、ワレスには親切だったように思う。

「あいつさ。前からあんたのこと狙ってたみたい。だからさ。何かっていうと、おれのこと

の。もちろん、ただでいびらせておかないよ。仕返ししてやるけどね。こんなふうに」

 エミールはもう一度、ワレスの口にキスをした。

「やだ。スープの味がする」
 大笑いしている。

 少年どうしの争いに、まきこまれては面倒だ。
 ワレスは無視して食べ続けた。皿がカラになると、立ちあがる。

「行くぞ。ハシェド」
「はい。ワレス隊長」
「あん。まだ、いいじゃないか」
「馬をえらびに行かなければ。また夕食にな」
「きっとだよ」

 エミールが念を押すのは、知っているからだ。まだ傭兵だったとき、エミールも一度だけ、森焼き作業につれだされたことがある。

 森焼きは砦の勤務のなかで、もっとも危険な仕事だ。
 ましてや、中隊長が変わってからは、さらに命取りな作業を任されている。
 ギデオンの意趣返しだ。
 ワレスが彼をふり続けるので。
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