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 同じく、広間で変死体処理の報告を待っていたギデオンが言う。

「ワレス小隊長。たったいま、死体の処理が完了した。やはり、死体は玉を持ってなかった。おまえの隊のやつが押さえていた発見者たちも調べたが、所持品のなかにはなかった。バハーの手に渡ったと考えられる。おれはこれより、本日は特別に城門へ関をもうけるよう大隊長に進言する。が……」

 と言って、ため息をつく。

「万一のためだ。一隊をひきいて、いつでも城を出られるよう、馬の用意をしておけ」
「馬ですか」
「なぜというのか? あのボンクラの大隊長だぞ? まともに話が運ぶと思うか? まにあわなかったときのためだ」

 ワレスは笑った。
「初めて意見の一致をみました。では、そのように準備いたします」


 ——Ri…………——


 はらわたをくすぐられるような、かすかな波長。

(何が言いたい。なぜ、おれにだけ見せる?)

 じりじりと焦げつくような焦燥感。

 砦には、魔の森に続く進軍用の表大門と、国内の森へ入るための小門がある。
 砦の周囲は、あつい石垣と水堀が二重に守っているため、外へ出るには必ずどちらかの城門をくぐり、水堀にかかる()ね橋を渡らなければならない。

 むろん、輸送隊は国内へ帰るため、小門を使う。
 ワレスは第一分隊をともない小門脇に陣取った。

 すでに小門前には輸送隊が整列している。手紙や荷物、砦で亡くなった者の遺体など、町へ運ぶものの最終チェックをおこなっていた。
 そのうしろには、ぼつぼつ、荷物をまとめた商人が集まっている。

「ハシェド。おまえは何かあれば、すぐに対処できるよう、ここで待機し、皆に指示をあたえろ。クルウ、おまえだけ来い」

 入隊希望者の試験をおえて、合流してきたクルウをつれて、ワレスは第一分隊を離れる。商人の荷物あらためをしている輸送隊の係のもとへ急いだ。

 輸送隊では、砦を去るとき、商人の荷物をしらべる。
 だが、それは危険な禁止物が国内へ持ちこまれないためのチェックで、盗品に関しては、さほど注意をはらわない。
 砦にまで来るような連中だ。たたけばホコリが出ることくらい、輸送隊も承知の上だ。あまり細かく言っていると、砦へ来る商人などいなくなってしまう。

 荷物をしらべているのは、若い小隊長だった。ワレスとあまり違わない年齢だろう。

「第四大隊、ギデオン中隊のワレス小隊長だ。その荷物あらため、立ちあわせてもらいたい。人命にかかわる一大事のため、ご了承ねがいたい」

「人命にとは聞きずてならないな。そのような品物がないか注意しておこう。ただし、それは我々の仕事。砦の者に指図されては困る。よこで見てるのはいいが、口出しはしないように」

 融通がきかないのは、ワレスが若すぎるので、敵愾心(てきがいしん)を買ったのかもしれない。

 イライラしながら、ギデオンの伝令を待つ。
 雪が降ってきた。

「……さむい」

 誰かが、耳もとでつぶやいた。


「……え?」

 ワレサは目覚めて、暗い室内を見まわす。

 悪魔は帰っていない。
 風車のまわる、きしんだ音。
 いくつも酒びんがころがった、せまくて汚い粉ひき小屋。もっとも、もう何年も粉をひいたことはない。

 母が生きていたころは、いつも笑い声が絶えなかった。
 今では幸せだったころの夢の残骸が、サビのように、そこここに、こびりついているだけ。

 静けさが怖い。

 ぼくは何をしてたんだっけ?
 そうだ。せっかく稼いできたお金を悪魔にとられて、それで……それで……。

 なぐられて、気を失っていたらしい。

 急に凍りつくような静けさの正体がわかった。
 ついさっきまでしていた、レディスタニアの寝息が聞こえなくなっている。
 ワレサは恐る恐る、おさない妹を抱きかかえた。

「レ…………」

 レディー……。

 声がかすれて出ない。
 涙も出ない。
 だけど、泣きたかった。
 力いっぱい叫びたかった。

 神さま。どうして、こんなヒドイことするの?
 レディーはまだ三つだったのに!

 部屋のなかに雪がふっている。
 だが、それは意識がかすんで見える、幻覚のようなものだった。


「ワレス隊長——」

 声をかけられて、ワレスは心づいた。
 灰色の空におおわれた石の城。

 ここは砦だ。
 そうだ。あの粉ひき小屋じゃない。
 なのに、この手に残る生々しさはなんだ?
 あの冷たさ。
 あの悲しくなるほど、わずかな重さ。
 この手に抱きしめた、レディーのむくろ。

(二度も——)

 二度も殺したな! おれのレディーをッ!

 歯をくいしばる。

 そのとき、ワレスの胸を剣が刺しつらぬいた。いや、それほど、はっきりとした痛みを感じた。

「今の男……」

 たったいま、目の前を通りすぎた男。
 ふりかえってみるが、バハー……ではない。
 だが、波動が——

「あの男だ」
「隊長。急にぼんやりされて——大丈夫ですか?」

 心配げなクルウに、ワレスは押し殺した声で告げる。

「あの男が持っている。クルウ。あの男のいる隊商から目を離すなと、ハシェドに伝えろ」
「では——」
「ああ。占い玉が見つかった」

 それは、とっくに輸送隊の検閲をおえた一隊だ。輸送隊のすぐうしろについて、門があくのを今か今かと待ちかねている。

 ハシェドたちに伝令し、帰ってきたクルウが言う。

「隊長。朗報です。さっきの男をつけたところ、バハーらしき男が隊のなかにいました。髪と眉をそりおとし、風貌を変えています」
「その隊商は全部で何人だ?」
「六人です」
「六人なら抵抗されても押さえこめるな。よし。腰重の大隊長を待つことはない。今すぐ、やつらを捕まえるぞ」

 だが、まもなく、ラッパが三度、鳴った。

「輸送隊が出発する!」

 城門がひらかれた。
 輸送隊が移動を始める。

 ワレスは検閲係について、かなり後部まで歩いてきていた。急いで、もとの場所へ帰り、馬にとびのる。

 バハーの隊はすでに外へ出ていた。

「ワレス隊長!」

 城門前で門兵とハシェドが言い争っている。ワレスを見て助けを求めてきた。

「たったいま、例の隊商が外へ出ました。捕らえようとしたんですが、彼らにジャマされて——」
「かまわん。あとを追うぞ」

 門兵が追いすがってくる。
「それは困る。砦の兵士は、なんぴとたりとも、城主の許可なく城門を出ることはゆるされない」

 それをけりたおすようにして、ふりきった。
 ワレスとその部下は城門をくぐり、鉄の跳ね橋を渡り、枯葉散るユイラの森へと入った。
 あぜんとする他の隊商の脇をかけぬけ、いっきにバハーの隊にせまる。
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