1(挿絵)

文字数 2,018文字




「死にかけたそうだな。ワレス小隊長」

 病みあがりに見たくない顔だ。しかし、来てしまったものはしかたない。
 ワレスはムリにもベッドから起きあがろうとする。

「おかげさまで命びろいしました。まだ本調子ではありませんので、お見苦しいところをごらんに入れます。おゆるしください。ハシェド。サンダルを持ってきてくれ。このままでは、中隊長に失礼にあたる」
「いや、そのままでいい。らくにしていろ」

 いったい、何をしに来たのだろうか?

 ギデオンを見て、ハシェドが立ちあがると、入れかわりに、枕もとの椅子に、ギデオンはすわった。
 しかし、そのあと、とくに何か言いだすでもなく、ワレスの顔をながめる。

 ワレスのほうが居心地が悪くなった。

「本日はどのようなご用むきですか? 中隊長殿」

 ギデオンは苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「死にかけても変わらんな。見舞いに来たのだ。病気の部下を上官が見舞っても、不思議はあるまい」

 まあ、そうだ。
 文句を言う筋合いのことではない。

 ギデオンは、メイヒル小隊長に目くばせした。
 メイヒルが手にしていたカゴをさしだしてくる。ジャムでさえ、手に入れるにはひと苦労の砦で、めずらしい果実が盛りあわせてある。

 どうやって、そろえたのだろう。
 裏庭に、城主とその側近にだけ供する、特別な野菜や果実を栽培する温室があるという。
 そこの庭番でも買収したのだろうか?
 だとしたら、このひと盛りの果実に、ものすごい数の金貨が積まれたはずだ。

「こんなことで死なれては、つまらん。憎まれ口は完治してから言うがいい。それまで、ゆっくり療養するのだな」

 そう言われれば、つっかえすのも大人げない。

「ありがたくちょうだいいたします。ハシェド。中隊長殿のご厚意だ」
「はい」

 メイヒルの手から、ハシェドの手へとカゴが渡る。
 ギデオンは名残おしげにワレスを見て、立ちあがった。

「おれの顔はおまえの回復に悪いらしい。早々に出ていってやろう」

 そんな顔をしていただろうか。
 さしものワレスも、さすがに少し申しわけない気がした。

「わざわざのお越し、ありがとうございました」と言っておく。

 ギデオンは憎らしさと愛情のまざった目で、ワレスをながめる。そして、ワレスの上に覆いかぶさってきた。ワレスのひたいに唇がふれる。

「今日のところは、ここで勘弁してやろう。ではな」

 出ていこうとする。
 ワレスはホッとした。が——

「中隊長。このようなときですが、兵士たちがさわいでおります。大隊長への報告が、これ以上、遅れますのはいかがかと存じますが」

 メイヒルが言った。
 ギデオンは立ちどまり、気乗りしないようすで考える。

「明日でもいいだろう」

 明日も来られたんじゃ、たまったもんじゃない。

 ワレスはたずねた。
「なんのことです? 中隊長」

 ギデオンは肩をすくめた。
「先日の盗人だ。おまえが治ってからと思っていたが。メイヒルが言うのも、もっともだ。小隊長が狙われたというので、兵士たちのあいだでウワサになっている。おまえの被害報告がないので、まだ大隊長への申告をしてないのだ」

 すっかり忘れていた。そういえば、そんなこともあった。やはり、口止めはきかなかったらしい。

「わかりました。今、しらべます。財布がなくなっているらしいことはわかっていますが」

 衣装戸棚は、とりあえず、誰かが片づけていた。

「棚を片づけたのは誰だ?」

 ハシェドが答える。
「おれです。あのままにしておくわけいもいかなかったので。すいません」
「かまわん。サンダルを持ってきてくれ」

 ベッドの上で半身を起こすと、めまいがした。よこになっているときは、さほどに思ってなかったのだが、思いのほか体力が落ちている。

「手をかしましょうか? 小隊長」
「いや、いい」

 ほんとは、サンダルをはくために下を向くと、そのまま床に沈んでしまいそうだ。
 しかし、ギデオンの前でハシェドにすがれば、感づかれてしまうかもしれない。

(そうだ。隠しておかなければ。さっきはつい、あんなことをしてしまったが……)

 ギデオンが入ってくる前、ハシェドは何を言いかけたのだろう。
 聞かずにすんでよかったのだろうか?
 それとも、聞けなくて後悔するような言葉だったのだろうか?

 そんなことを考えながら、ワレスは上の空で、戸棚の前に立った。両びらきの扉をあけると、あれだけ荒らされていたのが嘘のように片づいている。

「私が帰ってきたときには、この両扉がひらかれ、カバンが引きだされていました。服は見たところ、なくなっているものはありません。財布はカバンのなかに入れていました。白い革に金のバックル。金貨が二十枚ばかり入っていました。それと……」

 あれはいいかと、ワレスは考えた。
 母のおもかげを忘れられなくて、今まで、すてずにいたのだが。
 家族を描いた細密画——

 ぼんやりと思う。
 ギデオンが声をかけてきた。

「換金券はどうだ? 今度のやつは、それを狙うらしいぞ」
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