文字数 1,873文字

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 疲れはてて眠ったせいだろうか。
 おかしな夢を見た。

 東の内塔の廊下を、ハシェドとクルウが歩いている。鎧をつけている。任務中らしい。

 内塔は六階建て。
 一階の武器庫をのぞく二階から上が兵舎だ。
 兵舎部分の夜間の見まわりが、ワレスの第一分隊の任務だ。

「クルウ。小隊長のごようすは?」
「今は眠っておられましたよ」

 東の内塔を兵舎にしてるのは、ギデオン隊の五百人だ。
 傭兵は夜間の任務がおもなので、この時間帯は留守の部屋も多い。

 しかし、廊下はにぎやかだ。
 待ち時間の者が集まって、カードやサイコロに興じている。その声が廊下まで聞こえていた。

 廊下は暗い。
 窓を全部しめきっているからだ。
 ゆらめく松明(たいまつ)の炎だけが、点々と闇を照らす。
 にぎやかな部屋のなかと廊下は別世界のようだ。

 室内からもれる笑い声に飲みこまれそうになりながら、ハシェドがつぶやく。

「クルウ。昼間、小隊長の剣を持ってなかったか?」

 ワレスが鍵をかけて追いだしてしまったので、その姿を見られたのだろう。
 砦の兵士が剣を自分の身から離すのは異常なことだ。ハシェドでなくても、おかしく思う。

 クルウは静かな口調で答える。

「中隊長のお部屋に忘れてこられたそうです。私がとりにいきました」

 ドキリとしたような、ハシェドの顔。
 ハシェドは急にソワソワしだす。

「中隊長の? なんで、中隊長の部屋に行かれたんだ?」
「わかりません。お一人でしたので」

 そんな。まさか。中隊長と?
 剣を忘れたってことは、帯をといたってことだ。
 でも、あんなに中隊長をきらってたのに。体が弱ってたから、抵抗できなかったんだろうか?

 いくつかの映像が、稲妻のようにひらめく。

 ギデオンに組みしかれるワレス。
 水浴びするワレス。
 ジョルジュの描いた裸のワレスの絵。
 形にならない、さまざまな断片。

「気になりますか?」

 クルウの声で、それらの映像は消えた。

「気にならないわけがないだろう。自分の隊の隊長なんだから……」

 ハシェドはわざと松明の明かりから顔をそむける。

「だいたい、なんで隊長をお一人にしたんだ? まだ体が完全じゃないんだから、ついてなけりゃダメじゃないか」
「食事に行っているあいだに出かけてしまわれました。私は分隊長ほど信頼されておりませんので」

 そんなことない。おれだって……。

 ぴしゃりと、ハシェドの手をはらいのける、ワレスの映像。

 あんなこと言わなけりゃよかった。
 あのとき、隊長は高熱で、おれの言うことなんて聞こえてないと思ってた。
 でも、きっと、聞こえてたんだな。おれが添い寝してたこと、おぼえてたくらいだから……。

 あのときには、言わずにいられなかったんだ。
 あのまま、隊長が死んでしまうんじゃないかと思って。

 あなたを好きだ。だけど、それが迷惑ならしかたない。
 おれはどこから見てもブラゴール人で、きっと、あなたの目からは醜い。嫌われるのは、当然……。

 それは違う——と言おうとしたが、ワレスの声は封じられていた。
 この夢は見ることはできるが、ワレスから働きかけることはできないようだ。

「とにかく、隊長をよく見ててくれ。あの人はあれで案外、もろいところがある」

 今度はクルウが黙りこみ、ハシェドをながめる。
 二人の無言のすきまに、室内の声が威勢よく聞こえてくる。

「よーし、あがりだ。今度こそ、おれの勝ちだぜ」

 その声が遠くなるまで歩いてから、クルウが言った。

「私は他人のものを奪うことに、さほどの罪悪を感じません。それでもよければ、小隊長を守ります」
「それはどういう意味だ? クルウ」
「言葉どおりの意味です。あなたもお気づきなんじゃないですか?」

 ハシェドが何か言いかけた。
 その顔が水ににじむように消えていく。

 黄金の光が視界にあふれた。目をあけていられないほどの、まぶしい輝き。
 光のなかに誰かが立っている。何か話しているようだ。

 光のきらめきのような何かが、ワレスの脳内に入ってくる。

(——何?)

 その刺激で、ワレスは目がさめた。
 室内は暗い。
 クルウはまだ帰っていない。

「今、なんて言った?」

 激しい動悸(どうき)がする。ワレスはベッドの上に身を起こした。

(おれの知ってる言葉だった)

 神の言葉——

 ワレスがある神殿に捕まっていた数年間に、おぼえこまされた聖典の言葉。ふつうの人間には発音することも不可能な、第一種神聖語だ。

 頭のなかにきらめいた信号のつづりを、ワレスは思いだそうとした。

 そこへ——

「ワレス小隊長!」

 クルウが室内にかけこんでくる。

「二階で死者が出ました。ただちにおいでください」
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