文字数 2,429文字



 十日後。
 バハーたちは前庭で処刑されることとなった。近日、決行される。
 占い玉も魔術師の手により、ぶじ、地下に封印された。

 ワレスもやっと事件から離れ、いつもの生活に戻った。大広間の伯爵の前に呼びだされたときには、日々のあわただしさのなかで思いだすことも少なくなっていた。

「ワレス小隊長。こたびのそなたの功績をみとめ、特別に金一封をとらせよう。また、なんなりと所望の品を言うがよい」

 玉座の伯爵の前にひざまずき、ワレスは殊勝に告げる。

「では、絵の具を一式。絹のショールを二枚。私の力になってくれた者たちのために、いただきとう存じます。できれば、二旬に一度の楽しみをふいにして、バハー捜索にたずさわった私の部下たちにも、ふるまい酒を」
「そんな物でよいのか?」

 ほんとはワレスとしては、私を大隊長にしてくださいと言いたいところだ。
 だが、それは高望みというものだ。
 ワレスは軍規をやぶって砦をとびだした。疑いは晴れたとはいえ、いかがわしいウワサにもなった。
 今回は相殺ということで、おとがめはないようだが、大きなことは言えない。

「そのようなものでよければ、さっそく手配しよう。占い玉が国内に入っていれば、惨事はまぬがれなかっただろう。そなたの行状を先走りと言う者もないではないが、私としては、よくやったと言いたい。ほんとによいのだな?」
「では……もうひとつお願いが」

 ずっと、気になっていたことがある。

「私の部下でしたアーノルドのお裁きは、どのようになっておりますでしょう? 私は彼のために、はなはだしく名誉をそこなわれました。なにとぞ、彼の命を私にいただきとうございます」

 伯爵は苦い表情をうかべた。
「まあ、よかろう。もはや彼から聞きだすことはない。牢番に話を通しておく。好きにするがよい」

 ということは、占い玉の隠し場所を言うかわりに、伯爵に助命の嘆願(たんがん)をするという、ギデオンの約束は守られなかったらしい。
 言ってみて、よかった。
 ずっと気になっていたのだ。

 あのとき——ワレスの部屋の前でウロウロしていたアーノルド。なぜ、わざわざ、ワレスのところへやってきたのか?
 自分が盗人だとバレる危険のある行為は極力さけたいのが本心だろうに。
 あのとき、アーノルドの口から『踊り子の服』の名称を聞かなければ、いまごろ、事件が解決していたかどうかもわからない。

 ワレスが広間を出ると、両扉のところで、ハシェドが待っていた。
 事後の忙しさで、ひんぱんにワレスが用事を言いつけるので、いつのまにか、もとの関係にもどっていた。

(おれは、やはり、おまえを手放せない)

 世界中でたった一人だと思っていた、あの七つのとき。

 なぜ、ハシェドは泣いたのだろう?
 自分のなかのワレスを殺された気がしたのか?
 ワレスが勝手にアーノルドに理想を描いたように、ハシェドの描いたワレスの像も、壊れてしまったのだろうか?

「ハシェド。没収したアーノルドの荷物があったな。あれをカバンごと持ってきてくれないか。人に見つからないようにな」
「はい」

「パンとチーズを三日ぶん。水筒に水も入れてくれ。ザマ酒のひとびんくらいはつけてやるか」
「はあ。パンですか?」
「ああ。おれは小門で待ってるから」

 変な顔をしながらも、ハシェドは歩いていく。

 ワレスは地下へ向かった。
 鉄扉の小窓から、いつもの牢番の顔がのぞく。
 ワレスを見るなり、無条件でドアがひらき、黒服の牢番が、ベッタリからみついてきた。約束どおり、ありったけの菓子をあたえたので、おいしいものをくれる人だという刷りこみがなされたらしい。

「今日は何もないぞ」と言うのに、動物みたいにキイキイ言いながら、まといついてくる。
 ロンドと言い、魔術師にはこんなのしかいないのかと、ワレスは思う。

 なんとか、執拗(しつよう)な牢番の手をのがれ、アーノルドをつれだした。すでに小門には、ハシェドが品物を用意して待っていた。

 ワレスは門番に命じる。
「本日づけで除隊するアーノルドだ。門扉をひらけ」

 門番は不審そうな表情をする。
「そんな話は聞いてないが……」
「バカだな。おれの顔に泥をぬったんだ。殺していいと、伯爵閣下におゆるしをいただいた。ただし、城外でとな。私刑は認めないのが、砦のタテマエだから」

 ワレスがささやくと、門番も納得する。

 ワレスの不名誉なウワサは大っぴらに出まわったから、今や砦じゅうの兵士が顔を知っている。
 その後の経過も、とうぜんながら知れ渡った。今度は華々しい賞賛をあびて、どこへ行っても視線がつきまとう。うっとうしいほどだ。

 門番たちは正規兵だが、もちろん、ワレスを知っていた。あっさり門をひらく。

「そういうことなら、手短かにお願いします」

 門番に見送られて、外へ出る。
 森のなかを、ここまで来れば誰にも見つからないというところまで歩いた。そこで、アーノルドの手を縛るロープを切る。

「約束だ。行け。ただし、二度とおれの前に顔を出すな」

 しばらく、アーノルドは立ちつくしていた。

「何をしてる?」

 問うと、顔をあげ、無言のまま行こうとする。
 呼びとめたのは、なぜだろうか。

「——ひとつだけ教えてくれ。踊り子の服を食った、あの日のことだ。おまえは、おれの部屋で何をしようとしてたんだ? あのとき来なければ、疑われることもなかったのに」

 アーノルドは自嘲的(じちょうてき)に笑う。

「返しにいくとこだったのさ。あの肖像を」
「あれを懐中時計だとでも思って持っていったんだろう? 肖像だとわかって、あわてたんだろうが、すててしまえばいいことだった。おれの手元に返す必要はなかった」

 アーノルドは首をふる。

「知ってた。フタをあけ、肖像だと知って、困らせてやるつもりで盗んだ。おれはあんたと違って、すて子でね。親の顔も知らない。たぶん……あんたが羨ましかったんだ。おかげで、天罰とやらが当たっちまった。よりによって、あんなときに、はずみで、こぼれ落ちるとはね。あんたを思う親の愛ってやつか」
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