──その3

文字数 1,485文字

 結論から言ってしまえば、ジャンケンをする必要はなかった。

 何故ならS渡辺は最初から参加する気がなく(身体的能力と性格を踏まえた上で飛べる確率は低く、なによりも異性に限らず奪うというの行為が流儀に反するらしい)、ボトケは必ず最初にグーを出してしまうジャンケン最弱王だったからだ。

 だけど違う。そうではなく、ジャンケンする必要がないと述べたのは、なにもそんな2人の事情からではなかったのだ。

 2・5メートルの高さを誇る富士鉄。当時の僕の身長は155センチ前後。目一杯に腕を伸ばして2メートルを越えるか越えないか。てっぺんまでジャンプして手を届かせるのでさえ至難の業なのに、更に重力に逆らいながらぶら下がり、腕力だけで、しかもやはり果てしなく遠い2メートルの距離を超なければならないのだから、僕は早々に後悔してしまっていたのだ。

 ジャンケン以前に、飛ぼうと思っていた自分に……。
  
 飛べるわけがない。でんちゃんのように勢いも、田中のように身長もない僕ごときには。

 けれどもう賽は投げられている。なにせ僕は、既に富士鉄にぶらさがり皆の注目を集めてしまっているのだから……。

 やるしかない。飛べないと解っていても。

 というよりも、この状態で後悔してるのが既に非常に無駄だったりする。

 手が……本当に無駄に長時間ぶらさがっていたため──お恥ずかしい話なのですが、手が痺れてしまいました……。

 なので僕は呆気なくリタイヤをした。落下という酷くも切ない幕のおろし方で。

 しかも、悲劇はそれだけでは終わらなかいからやるせない。

 地面に体の前面から落ちたのが最悪だった。これが無意識の保全だというのならば、せめて腕の痺れてない時にしてもらいたかった。

 だから僕は反ったんだ。せめて顔面だけは守ろうと上半身をぐっと目一杯に。そう、上半身だけを。

 えっ、下半身? 

 それなら安心してほしい。何故なら今回の物語はここからスタートするのだから。

 長い長い序章……終わり。


 ◇◇◇


 棄権者は速やかに退場するのが礼儀。

 などと、もっともらしい理由を胸に掲げながら、僕は自宅へと帰った。

 どうにも自転車に乗れる状態ではなかったので、背中を丸めてトボトボと歩きながら。

 はっきり言って……かなり痛い。

 家に辿り着くと、玄関まで出迎えに来た母の顔を見て、安堵して倒れた。

「えっ、なに? ど、どうしたんだい!?」

「痛いんだ……痛いんだ。母さん」

「えっ、痛い? 痛いって何が? 腹かい? 腹を押さえてるけど、腹が痛いのかい?」

「腹の……もうちょい下……」

「下!? ま、まさかアンタ……!」

 母の手が僕のズボンを豪快に脱がす。

「ゲッ!」

 白のブリーフ姿となった時点で母の目が点となった。

「な、なんで……アンタ男の子なのに……」

 男の子なのに。

 しかもこの日の僕の運勢はきっと人類史上最悪だったのだろう、悪魔が宿ってるとしか思えないタイミングで玄関戸が開き、姉ちゃんが学校から帰宅してきた。

 僕はブリーフ姿。母はそんな僕のブリーフをさっきからずっと凝視してる。

 そんな状況から姉ちゃんが瞬時に何を考え、そして理解までもっていったのかは知らないけれど、奴が発した言葉はこうだった。

「あっ……おめでとう。今日の夕食は赤飯ね」

 姉ちゃんと僕の年令差は3つ。そのせいだろうか、当時の僕には発言の意味がさっぱりわからなかった。

 まあ、後に理解した時に、弟がこんな悲惨な状況にあっても平気で冗句を飛ばせる姉ちゃんに、怒りを越えた恐怖を覚えたのだが。

 世の中で一番強いとされている家族の絆も、ウチではそんなもの。


《次項に続く》
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