【審判の日前日】救世主
文字数 2,914文字
「奴を、ナンバー3を止めろ!」
十字架戦士 は、自身の部屋に向かって逃げつつ、周りの黒ローブ人間達に命じた。
(バカな、ありえない。
あんな、身体を完全に拘束された状態から、
反撃してくるとは・・・)
十字架戦士 は階段を上がりつつ、ナンバー3の驚異的な身体能力を見誤った事を激しく後悔した。
(しかも奴は、何故か、VXガスの存在を知っている!)
浄化の絆がターゲットを殺害する際に用いている、自身が闇ルートから入手している猛毒の神経剤。
あれだけは奪われてはならない。
あれが、もし他者の手に渡ってしまえば、たとえ十字架戦士 の身分であろうとも、浄化の絆は、自身の命を生かしてはおかないだろう。
十字架戦士 は10階まで走り逃げながら、黒ローブの黒頭巾を剥ぎ取った。
黒頭巾の中から、50代くらいの前髪が薄く恰幅の良い男が現れた。
十字架戦士 の正体は、梨奈を自身のコンサルティング事務所に誘った、澁谷誠一だった。
※
三澤は、行手を阻む黒ローブ人間達を薙ぎ倒しつつ、澁谷誠一を追った。
澁谷誠一が入ったと思われる10階の部屋の前に辿り着いた。
部屋の前には、澁谷誠一化学工業コンサルティング事務所と社名が書かれたプレートが貼り付けてあった。
三澤はその部屋の扉を開けた。
事務所の中は、入り口手前側にソファがあり、その奥にデスクがあった。
澁谷誠一は入り口手前側のソファに座ってぐったりとしていた。
奥のデスクの椅子は、入り口とは反対方向の窓の方向を向いていた。
デスクの椅子の横には黒ローブ人間が1人立っていて、呆然と三澤を見ている。
三澤はソファに座る澁谷誠一に近づいた。
「もう一度聞きますが、
VXガスの在処を知っていますか?
貴方達が殺人に使っている猛毒の神経剤です」
三澤が問いかけた。
「・・・ここにある」
奥のデスクの椅子から男の声がした。
三澤が声の方向を向いた。
すると、声の男は、椅子を反転させて正面を向いた。
椅子に座っていたのは、銀色のアタッシュケースを持つ、美津島雄也だ。
ソファに座る澁谷誠一は眉間を拳銃で撃たれて絶命しているようだ。おそらく美津島雄也に撃たれたのだろう。
「お前が欲しがっているものはこれだろう」
美津島雄也は、手に持ったアタッシュケースを開けて、中から緑色の小瓶を取り出した。そして、床に投げつけた。小瓶が割れて煙が出た。
三澤はダイブして事務所から出て、扉を閉めた。
美津島雄也もまた、アタッシュケースを抱えて窓から飛び降りた。
事務所の中に残っていた黒ローブ人間は、口から大量の喀血をして、バタリと倒れた。
※
時間は、夜の20:00を少し過ぎていた。
10階建ての白いビルを抜け出した梨奈は、夜道を交番を探して走り回った。
プロテスタント教会の玄関を五代恵子がいつものように掃除していた。
五代恵子は、目の前を血相を変えて走り去ろうとする梨奈を見かけた。
「平林梨奈さん?」
五代恵子が梨奈を呼び止めた。
「恵子おばさん!!」
無我夢中で交番を探して走り回り迷子 になっていた梨奈は、いつの間にか、自分がいつもの五代恵子の教会前に居ることに気付いた。
「た・・・助けて下さい!!」
梨奈は五代恵子の元に駆け寄ると、その身体を両手で掴んだ。
「え・・・?え・・・?」
梨奈に両手で身体を掴まれ狼狽える五代恵子に、梨奈はさらにしがみついてきた。
「り・・・梨奈さん、落ち着いて!
な・・・何があったのですか?」
五代恵子は、突然身体にしがみつかれて混乱しつつも、梨奈が今、ただならない状況に陥っていることを、感じ取った。
※
「大丈夫よ、梨奈さん、警察には通報したわ。
大変だったわね、さぞ怖かったでしょう。
誘拐されて監禁されるなんて」
梨奈を牧師のプライベートルームに連れて行くと、五代恵子は、恐怖を思い出して震える梨奈の気持ちを鎮めるように優しく語りかけた。
そして、一杯の麦茶を、身体を震わす梨奈に差し出した。
梨奈は、差し出された麦茶を一気に飲み込んだ。
五代恵子は、その梨奈の震える手を握ってお祈りした。
「・・・お母様にも、知らせた方が良いんじゃないかしら?
お迎えに来てもらう?」
梨奈は五代恵子に言われ、提案に従い、桜子に連絡しようとしたところ、スマートフォンが見当たらない。
「無い!落とした!!」
梨奈は、デニムの短パンのポケットに何度も手を入れたり、ブラウスを何度も手で叩いて確認したが、スマートフォンは出てこなかった。
「仕方ないわね、私が連絡してきますよ。平林桜子さんに」
そう言って、五代恵子は席を立った。
「あ・・・ありがとうございます・・・何から何まで・・・」
電話をするために、五代恵子が牧師のプライベートルームから居なくなった。
プライベートルームは、シンと静まっていた。そのまま1分間ほど、梨奈は、椅子に座って自分の心臓の動悸音を聞いていた。
段々と落ち着きを取り戻し、梨奈の心臓の動悸音は、平常道りに戻っていった。
すると突如、梨奈は強烈な違和感を覚えた。
次に、恐ろしく悪い予感が思考を支配した。
(私、ママの名前、恵子おばさんに言ったことない!なんで知ってるの!?)
ガクガクと膝が揺れた。
急ぎ席を立つと、突然眩暈がして、梨奈はふらついた。
「・・・でも、澁谷さんが浄化の絆の十字架戦士 だったなんて、びっくりですよね・・・。
就職先が見つかったかと、ぬか喜びさせちゃったみたいで、ごめんなさいね」
五代恵子がチョコレートやクッキーを乗せた皿を持って来ながら言った。
悪い予感は的中した。
五代恵子は皿をテーブルの上に置いて、椅子に座り、皿に乗せられた一枚のクッキーを掴んだ。
梨奈は気分が悪くなって来た。
「・・・あ、そっか、あの十字架戦士 の正体が澁谷さんがだったって事は、貴女は、まだ知らないシナリオだったわね。失言しちゃったわ・・・」
気分が悪い、とても頭がグラグラする。
「・・・大丈夫?梨奈さん。
随分具合悪そうね・・・」
掴んだクッキーを頬張りながら、心配そうな表情で、五代恵子は、立ったままふらふらと身体をふらつかせる梨奈を見つめた。
「さっき・・・の・・・麦茶・・・」
急激に梨奈の意識が遠くなる。
「ちょっと睡眠薬を多めに配合し過ぎたみたい。
無理しない方が良いわよ」
梨奈はガクッと床に膝を着いた。目の前が暗くなっていき、強烈な睡魔が襲って来た。
すると、銀色のアタッシュケースを持った1人の若い目の鋭い小柄男が、プライベートルームに入って来た。
見覚えがある。
3日前、杉浦伸平に乱暴されたとき、後ろでその光景を傍観していた、雄也とか呼ばれていた小柄男。
「ご苦労様、美津島君。
澁谷さんのコンサルティング事務所からVXガスを奪って来てくれたのね、ありがとう」
美津島雄也はアタッシュケースを五代恵子に渡し言った。
「御言葉、感謝致します。救世主 ・・・」
梨奈は、そのままバタンと横向けに倒れた。
(ああ、そういえば、決して建物に入るなって、隼人君、言ってたっけ・・・)
迫り来る死の恐怖を感じつつ、その強烈な睡魔に抗うことができないまま、梨奈は目を閉じた。
その梨奈を見て、五代恵子は微笑んだ。
「・・・おやすみなさい・・・。
・・・汚れし魂に神の浄化を・・・」
五代恵子が最後に発した言葉が、薄れゆく意識の中、微かに聞こえた。
(バカな、ありえない。
あんな、身体を完全に拘束された状態から、
反撃してくるとは・・・)
(しかも奴は、何故か、VXガスの存在を知っている!)
浄化の絆がターゲットを殺害する際に用いている、自身が闇ルートから入手している猛毒の神経剤。
あれだけは奪われてはならない。
あれが、もし他者の手に渡ってしまえば、たとえ
黒頭巾の中から、50代くらいの前髪が薄く恰幅の良い男が現れた。
※
三澤は、行手を阻む黒ローブ人間達を薙ぎ倒しつつ、澁谷誠一を追った。
澁谷誠一が入ったと思われる10階の部屋の前に辿り着いた。
部屋の前には、澁谷誠一化学工業コンサルティング事務所と社名が書かれたプレートが貼り付けてあった。
三澤はその部屋の扉を開けた。
事務所の中は、入り口手前側にソファがあり、その奥にデスクがあった。
澁谷誠一は入り口手前側のソファに座ってぐったりとしていた。
奥のデスクの椅子は、入り口とは反対方向の窓の方向を向いていた。
デスクの椅子の横には黒ローブ人間が1人立っていて、呆然と三澤を見ている。
三澤はソファに座る澁谷誠一に近づいた。
「もう一度聞きますが、
VXガスの在処を知っていますか?
貴方達が殺人に使っている猛毒の神経剤です」
三澤が問いかけた。
「・・・ここにある」
奥のデスクの椅子から男の声がした。
三澤が声の方向を向いた。
すると、声の男は、椅子を反転させて正面を向いた。
椅子に座っていたのは、銀色のアタッシュケースを持つ、美津島雄也だ。
ソファに座る澁谷誠一は眉間を拳銃で撃たれて絶命しているようだ。おそらく美津島雄也に撃たれたのだろう。
「お前が欲しがっているものはこれだろう」
美津島雄也は、手に持ったアタッシュケースを開けて、中から緑色の小瓶を取り出した。そして、床に投げつけた。小瓶が割れて煙が出た。
三澤はダイブして事務所から出て、扉を閉めた。
美津島雄也もまた、アタッシュケースを抱えて窓から飛び降りた。
事務所の中に残っていた黒ローブ人間は、口から大量の喀血をして、バタリと倒れた。
※
時間は、夜の20:00を少し過ぎていた。
10階建ての白いビルを抜け出した梨奈は、夜道を交番を探して走り回った。
プロテスタント教会の玄関を五代恵子がいつものように掃除していた。
五代恵子は、目の前を血相を変えて走り去ろうとする梨奈を見かけた。
「平林梨奈さん?」
五代恵子が梨奈を呼び止めた。
「恵子おばさん!!」
無我夢中で交番を探して走り回り
「た・・・助けて下さい!!」
梨奈は五代恵子の元に駆け寄ると、その身体を両手で掴んだ。
「え・・・?え・・・?」
梨奈に両手で身体を掴まれ狼狽える五代恵子に、梨奈はさらにしがみついてきた。
「り・・・梨奈さん、落ち着いて!
な・・・何があったのですか?」
五代恵子は、突然身体にしがみつかれて混乱しつつも、梨奈が今、ただならない状況に陥っていることを、感じ取った。
※
「大丈夫よ、梨奈さん、警察には通報したわ。
大変だったわね、さぞ怖かったでしょう。
誘拐されて監禁されるなんて」
梨奈を牧師のプライベートルームに連れて行くと、五代恵子は、恐怖を思い出して震える梨奈の気持ちを鎮めるように優しく語りかけた。
そして、一杯の麦茶を、身体を震わす梨奈に差し出した。
梨奈は、差し出された麦茶を一気に飲み込んだ。
五代恵子は、その梨奈の震える手を握ってお祈りした。
「・・・お母様にも、知らせた方が良いんじゃないかしら?
お迎えに来てもらう?」
梨奈は五代恵子に言われ、提案に従い、桜子に連絡しようとしたところ、スマートフォンが見当たらない。
「無い!落とした!!」
梨奈は、デニムの短パンのポケットに何度も手を入れたり、ブラウスを何度も手で叩いて確認したが、スマートフォンは出てこなかった。
「仕方ないわね、私が連絡してきますよ。平林桜子さんに」
そう言って、五代恵子は席を立った。
「あ・・・ありがとうございます・・・何から何まで・・・」
電話をするために、五代恵子が牧師のプライベートルームから居なくなった。
プライベートルームは、シンと静まっていた。そのまま1分間ほど、梨奈は、椅子に座って自分の心臓の動悸音を聞いていた。
段々と落ち着きを取り戻し、梨奈の心臓の動悸音は、平常道りに戻っていった。
すると突如、梨奈は強烈な違和感を覚えた。
次に、恐ろしく悪い予感が思考を支配した。
(私、ママの名前、恵子おばさんに言ったことない!なんで知ってるの!?)
ガクガクと膝が揺れた。
急ぎ席を立つと、突然眩暈がして、梨奈はふらついた。
「・・・でも、澁谷さんが浄化の絆の
就職先が見つかったかと、ぬか喜びさせちゃったみたいで、ごめんなさいね」
五代恵子がチョコレートやクッキーを乗せた皿を持って来ながら言った。
悪い予感は的中した。
五代恵子は皿をテーブルの上に置いて、椅子に座り、皿に乗せられた一枚のクッキーを掴んだ。
梨奈は気分が悪くなって来た。
「・・・あ、そっか、あの
気分が悪い、とても頭がグラグラする。
「・・・大丈夫?梨奈さん。
随分具合悪そうね・・・」
掴んだクッキーを頬張りながら、心配そうな表情で、五代恵子は、立ったままふらふらと身体をふらつかせる梨奈を見つめた。
「さっき・・・の・・・麦茶・・・」
急激に梨奈の意識が遠くなる。
「ちょっと睡眠薬を多めに配合し過ぎたみたい。
無理しない方が良いわよ」
梨奈はガクッと床に膝を着いた。目の前が暗くなっていき、強烈な睡魔が襲って来た。
すると、銀色のアタッシュケースを持った1人の若い目の鋭い小柄男が、プライベートルームに入って来た。
見覚えがある。
3日前、杉浦伸平に乱暴されたとき、後ろでその光景を傍観していた、雄也とか呼ばれていた小柄男。
「ご苦労様、美津島君。
澁谷さんのコンサルティング事務所からVXガスを奪って来てくれたのね、ありがとう」
美津島雄也はアタッシュケースを五代恵子に渡し言った。
「御言葉、感謝致します。
梨奈は、そのままバタンと横向けに倒れた。
(ああ、そういえば、決して建物に入るなって、隼人君、言ってたっけ・・・)
迫り来る死の恐怖を感じつつ、その強烈な睡魔に抗うことができないまま、梨奈は目を閉じた。
その梨奈を見て、五代恵子は微笑んだ。
「・・・おやすみなさい・・・。
・・・汚れし魂に神の浄化を・・・」
五代恵子が最後に発した言葉が、薄れゆく意識の中、微かに聞こえた。