【審判の日2日前】ナンバー3
文字数 2,540文字
今日の年下の先輩は、特に機嫌が悪かった。
平林桜子は、理不尽な年下の先輩の指示や指摘にウンザリしながら、精神的にダメージを受け過ぎないよう、感情を押し殺し、黙々と事務作業をこなしていた。
その桜子の冷静な対応が、年下の先輩は逆に気に食わなかったらしく、より精神的に追い詰めてやろうと思ってのことか、病院受付窓口前の受付待合エリアに桜子を連れ出すと、他の患者や看護師が大勢いる中、激しく桜子を責め立てた。
年下の先輩が大声で罵倒する中、桜子はひたすら冷静に年下の先輩に頭を下げていた。
周りの患者や看護師が、2人の壮絶なやりとりに注目している中、1人の男が2人の側を無表情に通り過ぎていった。
(あれは・・・三澤君・・・?)
激しく怒られつつ、桜子は三澤の背中を目で追った。三澤は受付待合エリアを通り抜けて2階に上がり、角を曲がって奥に入り、桜子の視界から姿を消した。
(あの角を曲がった奥は、確か、精神科医の上野 先生の診察室・・・?)
桜子が、面と向かって話したことはないが、同年代の、年齢を感じさせない重厚なオーラを纏う、美人とすこぶる評判の40歳女性医師、上野 千鶴 の顔について思い出していると、
「ちょっと、ちゃんと真面目に聞いてるの?平林さん!しっかりしてよ!」
年下の先輩が、理不尽な憤りを少したりとも隠そうとせず、感情のまま桜子を怒鳴りつけた。
「す、すみません!」
そのまま年下の先輩は延々と説教を続けた。
※
年下の先輩の説教がようやく終わり、桜子が再び事務に戻ると、深くため息を着いた。しばらくして、三澤は来院した時と同じく、全くの無表情のまま2階から降りてきて、受付待合エリアを通り抜け、病院の出口に向かって歩いた。
・・・上野先生の診察が終わったのだろうか?
桜子は、今しがたちょうど、昼食休憩時間となったばかりだった。昼食休憩時間帯の今は、受付窓口に居る必要は無い。桜子は受付窓口を出て三澤の背中を追いかけた。
※
「三澤君」
桜子が三澤の背中をポンと叩いた。
三澤がゆっくり振り向いた。
「・・・平林桜子さん」
相変わらずの無表情で三澤は桜子の名前を呼んだ。
「やっぱり三澤君だった。さっきはみっともない姿を見せちゃったね」
桜子は舌を出して三澤に言った。
「・・・?」
三澤は言葉の意味が理解できないという表情で首を傾げた。
「さっき、激しく先輩に怒られてたでしょ?私。
もう、毎日これ。さっきは特に酷かったわ。嫌になっちゃうよね、本当」
「うん、大変そうだね。止めてあげれば良かったのだけど、出来なかった」
三澤が申し訳なさそうに言ったが、相変わらずの無表情だった。
「え?
全然良いのよ、三澤君が気にすることじゃないわ」
「でも、平林桜子さんの心は、辛いだろうと思う。本当に申し訳ない」
三澤は桜子に深く頭を下げた。
桜子は、いつも無表情で無感情な三澤がそんな発言をして、頭を下げたことに驚いた。
「・・・え?あ・・・あはは!
まさか三澤君からそんな言葉を聞けるなんて、思ってもみなかった」
桜子が強引に作り笑いをすると、気を取り直して、今度は本当に感謝してにこやかな笑顔を作った。
「ありがとうね、三澤君。気遣ってくれて。
三澤君は、精神科医の上野先生に診てもらっているの?」
桜子が三澤に尋ねた。
「うん、そうだ。いつも上野医師には、お世話になっている」
「どこか調子が悪いの?あ、もしかして、上野先生が、こないだの組織っていう所の先生なのかな?」
「調子は、悪く無い。上野医師は、組織の先生ではない。でも、上野医師には、お世話になっている」
再び三澤はロボットのように無表情に答えた。
「ふーん、そっか。色々あるのね。
ねぇ、そこの公園で少し話さない?
今日天気良いし、一緒にお弁当でも食べようよ」
「うん、良いよ」
2人は新宿第一病院を出て近場の公園に向かった。
※
ベンチに2人で隣り合って座り、桜子は弁当を自身の膝の上に広げた。
「こうして隣り合うと、また小学校の時に戻ったみたいだね、席、隣同士だったもんね、懐かしい」
「うん」
「三澤君には、算数と理科をよく教えてもらってたなぁ。三澤君、答えしか教えてくれなくて、結局全然理解できなかったけどね」
「うん」
最初にレストランで3人で食事をした時のように、また、桜子は昔の話を三澤にした。
三澤は相変わらず機械的に質問に答えるだけだった。
「・・・でね、その時ね、担任の先生がね・・・」
と、桜子が一方的な会話に夢中になっているとき、ポツリポツリと雨粒が空から降ってきた。
「あれ?雨?さっきまであんなに晴れていたのに」
雨粒が地面に落ちる音の中、2人の間の会話が途切れた。
すると突然、三澤はバンっと弁当を手で払いのけて、桜子をベンチに押し倒した。
「えっ!?きゃあ!!」
突如の三澤の行動に、桜子はびっくりして悲鳴を上げた。
「ちょ・・・ちょっと!三澤君!!」
ヒュン!
押し倒された桜子と押し倒した三澤のすぐ上を高速でナイフが通過した。ナイフはベンチの後ろの木にカッと刺さった。
ビイイインとナイフが木に刺さって揺れた。
「え・・・?」
何が起こったのかも分からず桜子は混乱した。三澤は起きて、桜子も起こすと、ズレたメガネの眉間を右手の中指で軽く押して掛け直し、ナイフを飛ばした方向に視線を向けた。
ナイフを放ったと思われる、黒いローブを羽織り、黒頭巾を被った性別年齢不詳の人間がそこに立っていた。黒ローブ人間は、黄金色の十字架のネックレスを身に付けていた。
「ほう、よく今のを躱したな、ナンバー3 。
なるほど、これが、SJプロジェクトに選ばれし者の実力、といったところか」
黒いローブの人間から挑発するような声が、三澤に言い放たれた。男の声だ。黒ローブ男は、その体制から、信じられないような跳躍力で後ろに飛ぶと、公園の塀の上に降り立った。
「我々の救世主 は、貴様の事、何もかもご存知だぞ。
どうした?追ってくるのか?ナンバー3」
黒ローブ男は、そのまま身を翻すと、塀の奥へ姿を消した。
三澤はベンチから立ち上がると、黒ローブ男を追って駆け出した。
「三澤君!」
「桜子さんは、病院に戻るか、警察に行くんだ」
「で・・・でも!」
「・・・戻れ!」
思いがけない三澤からの強い口調に、ビクッと驚いた桜子は、呆然と、走り去る三澤の後ろ姿を眺め見送った。
平林桜子は、理不尽な年下の先輩の指示や指摘にウンザリしながら、精神的にダメージを受け過ぎないよう、感情を押し殺し、黙々と事務作業をこなしていた。
その桜子の冷静な対応が、年下の先輩は逆に気に食わなかったらしく、より精神的に追い詰めてやろうと思ってのことか、病院受付窓口前の受付待合エリアに桜子を連れ出すと、他の患者や看護師が大勢いる中、激しく桜子を責め立てた。
年下の先輩が大声で罵倒する中、桜子はひたすら冷静に年下の先輩に頭を下げていた。
周りの患者や看護師が、2人の壮絶なやりとりに注目している中、1人の男が2人の側を無表情に通り過ぎていった。
(あれは・・・三澤君・・・?)
激しく怒られつつ、桜子は三澤の背中を目で追った。三澤は受付待合エリアを通り抜けて2階に上がり、角を曲がって奥に入り、桜子の視界から姿を消した。
(あの角を曲がった奥は、確か、精神科医の
桜子が、面と向かって話したことはないが、同年代の、年齢を感じさせない重厚なオーラを纏う、美人とすこぶる評判の40歳女性医師、
「ちょっと、ちゃんと真面目に聞いてるの?平林さん!しっかりしてよ!」
年下の先輩が、理不尽な憤りを少したりとも隠そうとせず、感情のまま桜子を怒鳴りつけた。
「す、すみません!」
そのまま年下の先輩は延々と説教を続けた。
※
年下の先輩の説教がようやく終わり、桜子が再び事務に戻ると、深くため息を着いた。しばらくして、三澤は来院した時と同じく、全くの無表情のまま2階から降りてきて、受付待合エリアを通り抜け、病院の出口に向かって歩いた。
・・・上野先生の診察が終わったのだろうか?
桜子は、今しがたちょうど、昼食休憩時間となったばかりだった。昼食休憩時間帯の今は、受付窓口に居る必要は無い。桜子は受付窓口を出て三澤の背中を追いかけた。
※
「三澤君」
桜子が三澤の背中をポンと叩いた。
三澤がゆっくり振り向いた。
「・・・平林桜子さん」
相変わらずの無表情で三澤は桜子の名前を呼んだ。
「やっぱり三澤君だった。さっきはみっともない姿を見せちゃったね」
桜子は舌を出して三澤に言った。
「・・・?」
三澤は言葉の意味が理解できないという表情で首を傾げた。
「さっき、激しく先輩に怒られてたでしょ?私。
もう、毎日これ。さっきは特に酷かったわ。嫌になっちゃうよね、本当」
「うん、大変そうだね。止めてあげれば良かったのだけど、出来なかった」
三澤が申し訳なさそうに言ったが、相変わらずの無表情だった。
「え?
全然良いのよ、三澤君が気にすることじゃないわ」
「でも、平林桜子さんの心は、辛いだろうと思う。本当に申し訳ない」
三澤は桜子に深く頭を下げた。
桜子は、いつも無表情で無感情な三澤がそんな発言をして、頭を下げたことに驚いた。
「・・・え?あ・・・あはは!
まさか三澤君からそんな言葉を聞けるなんて、思ってもみなかった」
桜子が強引に作り笑いをすると、気を取り直して、今度は本当に感謝してにこやかな笑顔を作った。
「ありがとうね、三澤君。気遣ってくれて。
三澤君は、精神科医の上野先生に診てもらっているの?」
桜子が三澤に尋ねた。
「うん、そうだ。いつも上野医師には、お世話になっている」
「どこか調子が悪いの?あ、もしかして、上野先生が、こないだの組織っていう所の先生なのかな?」
「調子は、悪く無い。上野医師は、組織の先生ではない。でも、上野医師には、お世話になっている」
再び三澤はロボットのように無表情に答えた。
「ふーん、そっか。色々あるのね。
ねぇ、そこの公園で少し話さない?
今日天気良いし、一緒にお弁当でも食べようよ」
「うん、良いよ」
2人は新宿第一病院を出て近場の公園に向かった。
※
ベンチに2人で隣り合って座り、桜子は弁当を自身の膝の上に広げた。
「こうして隣り合うと、また小学校の時に戻ったみたいだね、席、隣同士だったもんね、懐かしい」
「うん」
「三澤君には、算数と理科をよく教えてもらってたなぁ。三澤君、答えしか教えてくれなくて、結局全然理解できなかったけどね」
「うん」
最初にレストランで3人で食事をした時のように、また、桜子は昔の話を三澤にした。
三澤は相変わらず機械的に質問に答えるだけだった。
「・・・でね、その時ね、担任の先生がね・・・」
と、桜子が一方的な会話に夢中になっているとき、ポツリポツリと雨粒が空から降ってきた。
「あれ?雨?さっきまであんなに晴れていたのに」
雨粒が地面に落ちる音の中、2人の間の会話が途切れた。
すると突然、三澤はバンっと弁当を手で払いのけて、桜子をベンチに押し倒した。
「えっ!?きゃあ!!」
突如の三澤の行動に、桜子はびっくりして悲鳴を上げた。
「ちょ・・・ちょっと!三澤君!!」
ヒュン!
押し倒された桜子と押し倒した三澤のすぐ上を高速でナイフが通過した。ナイフはベンチの後ろの木にカッと刺さった。
ビイイインとナイフが木に刺さって揺れた。
「え・・・?」
何が起こったのかも分からず桜子は混乱した。三澤は起きて、桜子も起こすと、ズレたメガネの眉間を右手の中指で軽く押して掛け直し、ナイフを飛ばした方向に視線を向けた。
ナイフを放ったと思われる、黒いローブを羽織り、黒頭巾を被った性別年齢不詳の人間がそこに立っていた。黒ローブ人間は、黄金色の十字架のネックレスを身に付けていた。
「ほう、よく今のを躱したな、ナンバー
なるほど、これが、SJプロジェクトに選ばれし者の実力、といったところか」
黒いローブの人間から挑発するような声が、三澤に言い放たれた。男の声だ。黒ローブ男は、その体制から、信じられないような跳躍力で後ろに飛ぶと、公園の塀の上に降り立った。
「我々の
どうした?追ってくるのか?ナンバー3」
黒ローブ男は、そのまま身を翻すと、塀の奥へ姿を消した。
三澤はベンチから立ち上がると、黒ローブ男を追って駆け出した。
「三澤君!」
「桜子さんは、病院に戻るか、警察に行くんだ」
「で・・・でも!」
「・・・戻れ!」
思いがけない三澤からの強い口調に、ビクッと驚いた桜子は、呆然と、走り去る三澤の後ろ姿を眺め見送った。