第30話

文字数 2,362文字

 金曜日、放課後。この日は三者面談週間の最終日であった。
 週末しか都合のつかなかった共働きの家庭が殺到し、担任を持っている教師たちは膨大な走り書きや記憶をデータに残した上で、慌ただしい週末を終える。整理整頓が来週の宿題になった彼らはどんよりと気力を根こそぎ奪われて帰宅した。
 一方で生徒たちはここぞとばかりに早く帰ることができた週末を楽しんでいるはずなのだが、例外という名の規則破りを犯す集団が居た。
「よし。行くぞ」
 大藪が尖った顎をクイ、と動かして部員たちに合図する。それを受けた残りの男子部員二人はスパイよろしく壁に沿いながら下校時刻後の廊下を忍び足で走った。
 新聞部は自分たちの部室を利用して学校に居残り、またしてもスクープを狙っていた。鯉ヶ谷高校はさほど人口密度の多くない田舎に位置するだけあって、巡回警備はかなりザルであった。
「まだ出るのかな。エックス新聞」
 部員の一人が掠れた声を出した。
「いつも月曜日の朝には更新されていたんだ。最近は号外続きだったけど、そろそろ平常運転に戻るだろう。まあ、それも錦野くんの言っていた乗っ取りの噂次第だけどね」
「そもそもどうやって乗っ取るんだろう」
「弱みを握られているとか、ね。目的を果たすまで犯人にエックス新聞を使わせないと正体をバラすと言われた……こんな推理もできてしまう。あるいは……」
 大藪が別の意見も示そうとした時、「あなたたち」と呼び止める声があった。新聞部は揃ってあたふたと焦り出して廊下の暗がりを見遣る。そこへ現れた一つ結びで仁王立ちする女性教師の姿に、大藪は同じクラスの学級委員の姿を重ねていた。
「お、乙部先生? どうしてまだ残って……?」
「それはこっちの台詞よ。たまに進路指導室に来てくれる女の子から、新聞部の人たちが無断で夜の学校に居残ってるって教えてくれたのよ」
 バツが悪いどころか部活動を停止させられてもおかしくない状況で、新聞部の面々は額に汗を浮かべる。
 外気に晒される場所ゆえにカーディガンの前を閉めた乙部は、早々に話を切り上げるべくいつもよりもキツめの言い方をする。
「犯人探しも良いけど、こんなことをしていたら逆に新聞部が疑われてしまうわ。今日のことは学校には内緒にしておいてあげるから、ちゃんと帰りなさい」
「……はい」
 スクープのチャンスと部の危機を天秤にかければ、彼らが選ぶべき道は明白だった。部室へ荷物を取りに戻り、彼らが学校から出て行くまでを乙部は見守った。生徒が帰り、静寂を取り戻した掲示板前で悪態のように呟く。
「まったく」
「――学校に言わないのは新聞部のためではなくて、偽物の発行者が露呈してしまうからではありませんか」
「誰?」
 驚き、跳ねた乙部の前に少女はゆっくりと歩み出た。
 ブロンズの瞳が窓から入る月明かりを僅かに反射し、少女に妖精じみた雰囲気を纏わせる。しかし美しい顔の下は、もったいないくらいにごく平凡なセーラー服だ。
 現代日本人らしくスマートフォンを『通話中』の表示のままバレないようにポケットに突っ込み、丁寧なお辞儀をする。
「こんばんは、乙部先生……オオエヤマ・リミです」
「オオエヤマ、さん? 新聞部の子?」
 里巳は乙部が自分の存在に気が付かなかったことに安堵した。これで平常心を保つことができる。予定通り正面から向き合った。
「いいえ。ですが私は訳あって偽物のエックス新聞の発行者を探しています」
「じゃああなたも新聞部たちの子と同じで、掲示板を見張っていたのね。彼らも帰ったみたいだし、先生も、私と鍵を閉める職員さんしか残ってない。今日はもう誰も現れないわよ」
「そうですよね。そういうタイミングじゃないと次の手は打てないですから……三者面談が終わって保護者がくることもなくなった。今日にでも宮路先生ではなく、美術部に再び噂の矛先が向かうように仕向ける『エックス新聞』を発行するつもりだったんじゃないですか」
 里巳が意味深に言うと、乙部が怪訝な顔をする。作りものではない不機嫌さに更なる確信を得て、とうとう里巳は言った。
「乙部先生。あなたが一枚目のフェイクニュースの犯人ですね。そして二枚目の嘘に対抗するための三枚目を用意している犯人。そうですね?」
 眼前の女の顔が驚きに満ち、そして露骨に不機嫌さを表した。しかし乙部は教師として生徒の間違いを正そうとする。
「いきなり、どうしたの。まさか今日、私が学校に残っているから犯人だって言いたいの? さすがにそれは先生も良い気がしないかな」
「そんな短絡的な思考で導き出した答えじゃありません。それに、私の推論は昨日の内に入院している宮路先生へ伝えました。先生は驚いていましたよ。まさか犯人に気づく生徒が居るなんて、と。そして観念して教えてくれました。階段から落ちたのではなく、突き落とされたことも」
 宮路への接触には美術部である筧の存在が役に立った。大伴や芦間同様、関係者としてお見舞いに行き、里巳と錦野もそれに同行する形で病院を訪れたのだ。
 そこで里巳は自身が考える全てを宮路に披露した。結果、全ての推測は真実として繋がった。
 事実を突き止めたことで宮路は観念した。乙部と宮路は、大伴の今後を巡り度々口論となっていたこと。それこそが今回の事件の発端だった。
「あなたが宮路先生を学校にこれなくしてまで偽物のエックス新聞を発行した理由は、大伴美羽の作品をコンクールに応募させるため。そしてもっと言えば……大伴美羽の過去を世間に気づかせるため、ですね」
 その推測に、乙部は深い溜息を吐きながら肩を沈ませた。
「凄いのね、オオエヤマさん。そんなことにまで気づくなんて」
 目の前の先生が認めたところで里巳はきゅっと胸が締め付けられる。確証はあっても、本心はどこかで外れていること願っていた。
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