第8話

文字数 1,354文字

 週を跨ぎ、再び月曜日がやってきた。先週に引き続き生徒たちが集まった下駄箱前の掲示板にはエックス新聞の最新号が貼り出されている。そのトップ記事には『噂の真相!? 飛来する吸い殻の謎!』という見出しとともに、あのタバコの吸い殻事件に関する情報が書かれていた。
『かつて在籍していた不良生徒たちがタバコの吸い殻を屋上に残したままにしてある。噂の吸い殻は秋風が運んだだけのゴミであり、教師たちの早とちりの可能性も?』
 無論、この記事だけでは滝田の疑いは晴れない。しかしその日の内に、本当に屋上からは吸い殻の山が発見された。日頃は立ち入り禁止の場所だが、エックス新聞を見た生徒が興味本位で立ち入ったところ、ちょうど特別教室棟の裏に落ちてもおかしくない位置にあったのだ。
 当然たまたま書いた記事が運良く本当だった訳ではない。錦野と滝田は結託し、金曜日の内に本物の吸い殻を風で飛ばないであろうギリギリの位置に残したのだ。
 ゴシップ性が失われたことで『屋上のタバコ』は噂としての価値は低下した上、校則違反者まで出してしまった訳だが、それこそが里巳たちの狙いだった。
「助かったよ、天立」
 エックス新聞が更新されてから数日後、滝田は脈絡もなく里巳に言った。もちろん里巳はタバコの一件を思い出す。言い訳ができるようになった滝田は堂々と教壇に立てるようになり、また職員室の居心地も戻ったようであった。
 里巳は長い前髪の下で、目の前の教師に向かって満面の笑みを作った。
「とんでもない。これからも、あの教室の番人をお願いします」
 滝田からは苦笑いの声が響く。笑いつつそれ以上を言わなかったのは、公に言えない彼なりの了承だった。
「おかげで車の中で吸えなくなっちまったけどな。わざわざ後部座席に座って吸ってたのにさ」
 里巳は「え?」と声を漏らした。特別教室棟の窓からであれば車内の行動がある程度は把握できてしまうことはわかっている。しかし後部座席となればどうだろう。窓を越し、運転席を越してまで行動がわかるものなのだろうか。
「どうかしたのか?」
「あ……いえ。良いじゃないですか。誰を乗せるかわからないんですから、車くらいは臭くない方が良いですよ」
「え、やっぱり俺ってタバコ臭いの?」
 悪事を気にしている人間だからシトラスの香水をふんだんに使っているのだろう。里巳はそう思いながら、柑橘の先にある苦味を嗅ぎつける存在に驚きながら言った。
「女性の嗅覚は男性よりもずっと鋭いって話ですから」
 美術部の観察眼か、はたまた熱情故か。里巳としてはどちらでも良いが、痛い目を見たのだから、滝田にはぜひルールに誠実に過ごして欲しいと思った。
 滝田は「肝に銘じておくよ」と言ってどこかの教室へ向かった。

 月末の期末考査が終わり、二学期の憂いが無くなった十二月初週。月曜日にしか更新されないはずのエックス新聞が『号外』と銘打った記事を出した。
 その内容は、美術部顧問である宮路と美術部の生徒の誰かが肉体関係にあるという下世話なものだった。
 里巳は二つの驚きに見舞われていた。まず、里巳はもちろん、錦野にも覚えのない話だったこと。そして宮路は、結婚か婚約かはわからないにしても指輪をしていたからだ。

 名指しの不倫(ゴシップ)記事は、瞬く間に鯉ヶ谷高校の全生徒へと知れ渡った。
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