第10話

文字数 1,837文字

「簡単におさらいしよう。偽エックス新聞――便宜上『バツ新聞』とでもしておこう――は、期末テストのあった十一月の週末。つまり先週の金曜日の朝に、エックス新聞の号外を名乗って発行されていた」
「……その刑事ドラマテイスト、ずっと続くの?」
「もちろん」
「はあ。『バツ新聞』とかいう絶妙にダサいセンスは置いておいて、区別は必要だからそれで良いわ」
 拘るポイントでもなかったので、里巳は何かを諦める気持ちで承諾した。正直なところ、彼女は『エックス新聞』という名前もそれほど好いてはいない。
 内心でそんな風に小馬鹿にされているとは露とも知らない錦野が自慢のネーミングセンスで話を進める。
「突然のバツ新聞では、美術部顧問である宮路と謎の教え子の不倫関係が示唆された。立ちどころに鯉ヶ谷高校の全生徒および教師たちに広まって、今に至る」
「重要なことが抜けてるわ。エックス新聞の発行者は犯人とされ、今に至る、よ」
 無礼を承知で目の前で話す男へと人差し指を向けると、錦野は「それな」と言いながら自分の人差し指を里巳に向けてお気楽な同意を示した。
「ボクらが……じゃないな。ボクが犯人ではないと証明するためには、この悪質な新聞記者――バツ新聞だから犯人を『バツ』としておこう。こいつを見つけて自白させる必要がある」
 里巳が言葉の途中で錦野を睨んだのは、安直なセンスではなく「私の名前を巻き込むな」という圧をかけるためである。エックス新聞はあくまで錦野単独のコンテンツだ。どれだけ記事を提供しても、里巳のスタンスはずっと変わらなかった。
 錦野は言葉選びに気をつけながら話を進める。
「エックス新聞はボクが家で管理している原本と、校内掲示板に貼り出しているコピーしか存在しない。今までに紛失が起きたこともないから、フォントや記事の書き方を真似ることができた犯人は十中八九この学校に居る。全校生徒三六〇人、教師五〇人以上――のべ四〇〇人以上の容疑者の中にね」
「随分と広い規模ね。目眩がする」
 ましてや犯人が単独である確証もない。彼らが立たされている現状が、一介の高校生に与えられる局面としては常軌を逸していることを再確認する。里巳は端整な顔で天を仰いだ。
「現状はそんな感じかな」
「ねえ。手っ取り早い方法は取れないの?」
「手っ取り早い方法、と言うと?」
「宮路先生を直撃するのよ。犯人に心当たりはないかって」
 現状において最も危うい立場に居るのは宮路だ。記事の真偽はともかくとして、犯人を野放しにすることはないのではないか。里巳は思考を放棄できる手段を試しに言ってみたが、案の定、錦野に否定される。
「それをしたらボクがエックス新聞の発行者だって言っているようなものじゃないか。もしバツに知られでもしたら、今度はそれをネタにされちゃうかもしれないだろ」
「そうかしら。犯人がエックス新聞を乗っ取ろうとしているのならともかく、今回は告発が目的って意見で一致したじゃない。それでも駄目?」
「リスクヘッジって言葉、知らない訳じゃないでしょ……あと、もう一つ明確な理由がそれを妨げている。宮路先生はおあつらえ向きに、先週の金曜日から休んでいるんだ。噂じゃ、何でも怪我をしたとかってさ」
「何よ。まるで自分が悪いことを自覚しているみたいじゃない」
 この状況で、それも報道当日から休みとは出来過ぎている。実際のところはともかくとして、話を聞きたい宮路が休みでは捜査が難しくなるのは目に見えていた。
「なかなか進展しないのも宮路先生の不登校が大きな理由でね。伴って美術部も活動していないみたいなんだ。まあ、あんな記事が出た手前、生徒同士も顔を合わせにくいとは思うけど」
「言い振りからして、他に情報は集まってないの?」
「残念ながら」
 錦野は申し訳なさそうにかぶりを振った。
 学校中がエックス新聞の話題には敏感だ。その中で情報を探るように動くことはリスクが大きくなる。普段以上の行動が取れずに悶々とする気持ちは彼自身が一番抱えていた。
「何はともあれ、美術部内の情報が欲しいわね。宮路先生とアヤシイ関係の人間が居たかどうかを探れないことには、外野からどうのこうの言っても仕方ないわ」
「ボクもそう思うよ。だから、一つアテを見繕っているんだ」
「アテ?」
 里巳は錦野の顔を見てとてつもなく嫌そうな顔を作った。なぜならその表情があまりにも悪徳なパパラッチと似ていたからである。
「明日、いつも通りこの教室に来てよ。お客様を一名、ご招待しようと思ってね」
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