第27話

文字数 2,703文字

 滝田が出て行った視聴覚室で、里巳は芦間恋奈と向き合った。せっかく滝田に無理を言って作ってもらったチャンスだ。ここを逃す手はない。
「ほんで、どないしたん? ウチせっかちやから、話ならさっさと済ませたいんやけど」
 芦間が言うので、こちらも望むところだ、と里巳が核心に向けて打って出る。
「では単刀直入にお聞きします、芦間恋奈さん。あなたが偽物のエックス新聞の発行者ですね?」
 猫の目を大きくし、ショートカットの女子生徒は驚いた。そして質問に質問で返す。
「オオエヤマさん、もしかして新聞部の人? それともエックス新聞の方?」
 里巳は無言で答えを待つ姿勢だった。芦間は勝手に納得したように、真一文字に結ばれた唇を見て頭を抱える。
「あちゃあ。やっぱバレとったんか。さすがに強硬手段過ぎたもんな」
 あっさりと認めた上級生に僅かな驚きと、そこに入り混じる様々な感情が少女の脳裏を巡った。今は冷静に話をするべき、と我を殺して言葉を紡ぐ。
「やっぱりあなたが……」
「せやで。二枚目(・・・)の偽新聞。犯人はウチや」
「え……二枚目、だけ?」
「そ。二枚目だけ。一枚目の犯人はウチも知らんよ」
 里巳は困惑するしかなかった。バツ新聞の内容は一貫して宮路否定であった。しかし芦間の言いぶりでは、バツ新聞には複数の発行者が居て、彼女は便乗して宮路を貶めたように聞こえる。
「それなら、どうしてあんな記事を追加したんですか。宮路先生や、かつて所属していた美術部を恨んでいたんですか」
「何や、そんなことまで知っとんか。オオエヤマさん凄いなあ」
「答えてください。念の為に言っておきますが、このままいけばあなたは宮路先生に名誉毀損で訴えられてもおかしくないんですよ」
「訴えられへんよ。だって二枚目の新聞を作ったんは宮路先生の指示なんやから」
 は、と里巳の顔があんぐりする。近年稀に見る間抜け顔に、芦間は笑いながら「順繰りに説明しよか」と優しく微笑みかけた。
「まずウチがこのことを知ったんは、最初の不倫記事が出た時や。その時は『あの宮路先生がなあ』って疑っとただけやったけど、その後に連絡をもろて」
「連絡? 誰から?」
「もちろん、宮路先生やで」
 これもあっさりと答える。里巳には芦間が素直な事実を告げているのか、腹芸が得意な人間なのか全く判別がつかなかった。
「では、あの不倫記事の相手は、少なくともあなたではないと」
「そらそうや。ウチ、どっちかと言えば年下の方が好きやし。おっさんは恋愛対象外やなあ」
 聞いていない、といつもの減らず口を叩いている暇はなかった。芦間はすぐに話を戻す。
「宮路先生は何や帰り道に階段から落ちた言うて、不倫記事が出た日から入院しとったんよ。だから学校からこの話を電話で聞いたんやて。ホンマ、間の悪い先生よな」
 からからと笑いながら言う芦間にどことなく錦野っぽさを感じた。人の不幸話を気兼ねなく笑えるところもそうだが、話がフェイクニュースばりにでき過ぎていまいかと思えてしまうのだ。
「話を続けていただけますか」
 一旦疑問は隅に追いやり、最終下校時刻の近づく教室の中で芦間を急かす。彼女は「ごめんごめん」と言った後、吊り目をブロンズの瞳と交える。
「ウチは翌週に連絡をもらって見舞いに行った。そしたら宮路先生が言うたんよ。『今回の騒動で狙われているのは私じゃなくて美術部だ』って」
「なぜそんなことがわかったんですか?」
「宮路先生いわく、教師を潰したいなら他にも手段がいくらでもあるから、とか何とか。今、先生の肩身狭い言うしな。確かに暴力でも何でもええところを美術部名指しで、かつ援交ってなってたら、美術部の方も悪いって世間から叩かれるように仕向けたと思ってもおかしない」
 宮路の言い分にはスジが通っている風に聞こえる。ただし『風』止まりだ。憶測ばかりで僅かに釈然としない。里巳にはまるで彼女を丸め込むための言い訳に聞こえた。
 今は宮路の嘘を見抜いている暇はない。里巳は別の質問も投げかける。
「あなたが事件を知った経緯はわかりました。でしたら、あなたと宮路先生の関係は何ですか。入院先に呼び出しなんてかなり深い関係に思えますが」
「せやなあ。一言で表すなら、推し友?」
 里巳は今度こそ怪訝な顔を隠しもせず「推し友……?」と呟いていた。説明不足であることはわかっていた芦間が続ける。
「ウチら二人とも、大伴ちゃんの大ファンやねん……大伴美羽ちゃん。知っとる? 三年の」
「はい。とても綺麗な絵を描いている方ですよね」
 里巳が頷いたのを見て、突然芦間は嬉しそうに「せやねんせやねん!」とテンションを上げた。
「さっきオオエヤマさんにも言われたけど、ウチは一年の時だけ美術部におったんよ。けど大伴ちゃんの絵を見て、こりゃ敵わんわ! って諦めてん」
「だからあなたは大伴さんの居る美術部を恨んで今回の騒動を起こした。私はそう思っていましたが」
 芦間はしばらく考えた後で「なるほどなあ」と呟いた。自分が疑われる要因に気づき、画材選びと同じくらい慎重に言葉を紡ぐ。
「うーん。そりゃ嫉妬もあったけどな。でも人間、本気で感動するくらい見事な作品を見たら、同じ土俵に上がろうと思わんよ。仮にウチが努力してその域に達したとして、その頃には大伴ちゃんはもっと高いところにおるんやから」
 芦間の話に、里巳は乙部のことを思い出した。人は自分にないものでないと誰かに期待はしない。それが圧倒的な才能であったなら尚更だ。芦間の言葉はあたかも錦野の気持ちの代弁だった。
「だから恨みつらみよりも先に、陰ながら応援することにしてん。ウチにとって大伴ちゃんは、美術の教科書に載ってる画家たちと同じ括りやった。本当にそれだけやで。美術部辞める時、宮路先生にもその話をしたんよ。ギリギリまで渋られたけど最期は折れてくれたわ。いやぁ、あれが一番キツかったで」
 少女は卒業を間近にして、遠い思い出に再びからからと笑った。
「けど『また描きたくなったらいつでも言ってこい!』言うてな。公立高校はいつ転勤があるかわからんから、内緒でケータイのメアドもらったんよ」
「それがあなたと宮路先生の関係だったんですね」
「そういうこと。そこから一年くらいはまともに絵を描くことはなかったんやけど……もう性分なんやろな。ふと何か描きたくなってしもうて。だけど大伴ちゃんと同じような絵画はやる気にならん。だから言われた通り宮路先生に相談したんよ。それが確か二年の半ばとかやね。その時に、違うジャンルならって他の先生を紹介してくれてん。ウチ、元々イラストとかデザインにも興味あったから、今はその先生に良くしてもろうとるよ」
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