第15話

文字数 3,333文字

「美術部は今、どういう状況なんですか?」
「部活動もやってないから正確にはわからないけど、普段話す人たちは迷惑って思ってるくらいで至って普通ね。噂の宮路の女っていうのは、パッと見居なそうだけど」
 今度は素直に答えを貰い、ふむ、と相槌を打った。まずは候補を絞るため、隣で同様に考えている男子生徒へ尋ねる。
「錦野。美術部の人数は全部で何人なの?」
「一年が四人、二年が筧先輩含めて五人。そして三年生が三人で、計十二人だね」
 すらすらと羅列された情報に筧が「キモッ」とあからさまに引いた。錦野の情報収集力は慣れていない人間には毒だった。
 そこで里巳が気になったことがあった。
「美術部はまだ三年生が活動しているんですか?」
「ええ、そうよ。次のコンクールが最後で、ようやく受験勉強に集中するみたい」
「結構な過密スケジュールですね。運動部の早いところじゃ、夏前に終わったって話はザラに聞きましたけど」
 錦野が言った通り、部活動は大会の敗戦等をタイミングに三年生が引退する場合が多い。鯉ヶ谷高校は特別強豪である部活もないので、十一月のこの頃には多くの三年生が受験勉強に身を投じていた。
「さっき言っていた、先輩がよく話す人たちというのは?」
「二年生全員ね。みんな一年の時から宮路のことをうるさいって毛嫌いしてたから、いつの間にかそういう関係になってるなんて思えないけど」
 さっきの口振りから、里巳と錦野も大方の予想はついていた。
「ってかさ。あの記事ってそもそもマジなの? そこのパパラッチ男が書いていないのは信じるとして、宮路を嫌いな誰かがテキトーな噂を流したとか」
「その可能性も探っています。先輩の話を聞く限りでは、宮路先生はあまり人に好かれるタイプではないみたいですから」
 里巳が自分のことを棚に上げて言うので、錦野は目の前の先輩に「こういう子なんです」とアイコンタクトを投げた。やや納得気味の様子を見せた筧は、そこには言及せずに別の愚痴を言い放つ。
「正直困るのよね。じきに作品を完成させないといけないのに、美術室をまともに使わせてもらえないのは」
「他の場所では描けないんですか」
「当たり前じゃない! ただでさえ大きい紙だし、持ち運んでいたらシワだらけになっちゃうわ。それに画材を毎日乾かす時間も要るから美術室以外じゃ全然できないのよ」
 悲しき現状を話すと、錦野が失礼を承知で言う。
「こう言っちゃなんだけど、うちの美術部の活動は凄く真面目ですね。他校とかだと結構サボりの巣窟になってるって聞くのに」
「他はともかく、うちには宮路が居るし……それと、三年の先輩に凄い人が居るのもあるわね」
「あ。それってもしかして、│大伴美羽(おおともみはね)先輩ですか」
 錦野が唐突に出した名前は、里巳には覚えがなかった。「有名人?」と尋ねると、彼はこう答えた。
「ほら、全校集会でよく賞状を貰っている人さ」
 そう言われても、クラスメイトでさえ大して関心のない里巳だ。別学年の生徒なんて知るはずもなく顔は浮かばない。錦野が説明を入れようとすると、今度は筧が意気揚々と語り出した。
「大伴先輩は真面目にやっている人の筆を折ってしまうくらいの才能がある人よ。実際、三年生の部員の中には彼女との差に絶望して辞めちゃった生徒も居るって噂。ま、あたしが入学する前の話だからホントかどうかは知らないけど」
「凄い逸話ですね」
 他人への興味が薄い里巳でさえ感心した。噂好きの錦野は「調べてみる価値がありそうだな」とワクワク顔だ。
 里巳は嫌味でも何でもなく、至って素直に聞いた。
「先輩は諦めたりしなかったんですか」
「あたしはそこまで本気でやってる訳じゃないからね。中学時代からの友達が高校でも続けるって言ったから入っただけ」
 「だから宮路の熱血指導は性に合わないのよね」と筧は愚痴った。校則違反気味の恰好がそれを物語っているようで、里巳と錦野は各々深く納得したのである。
「どう、天立嬢」
 一頻り話し終わり、錦野が期待に染まる目で里巳を見た。
「どうって言われてもね……」
 しかし証言からすると筧は『バツ新聞』の件とは縁遠いようだ。核心的な情報は見当たらず、強いて言うならば美術部の中に協力者ができたことが今日一番の成果である。
「とりあえず今聞きたいことは粗方聞けました。また何かあったら呼び出しさせてもらいますね。どうせ部活動もしばらく無いでしょうし」
「良い性格してるわね、あんた」
「よく言われます」
 皮肉を受け流す後輩に、筧は何かを諦めた。この天立という少女は頭が回るし、見た目以上に堂々としている。口喧嘩は分が悪い。
「ま、解決してくれるなら何でも良いわ。じゃああたしは帰るわね」
「あ、お帰りはこちらから。安全なところまでお連れしますね」
「学校の中でしょ、ここ」
「そういう建前です」
 安全確認をしたいのは錦野の方だった。『開かずの間』の利用が露見したら偽新聞を探っている場合ではないからである。

 筧の見送りから戻って来た錦野がうーん、と唇を尖らせて悩んだ。
「さて、ボクらはどうしたものかね。筧先輩の話からは犯人に繋がりそうな情報はなかったし。それどころか噂の真偽さえ不明なんだもんなあ」
 美術部員という適材から話を聞けたにも関わらず、進展は無し。何かしら有益な情報を手に入れられると思っていた錦野は、残念な気持ちを取り払うために半ばヤケクソの冗談を放ってみた。
「こうなった以上は、美術部員たちをしらみ潰しに当たるしかないか」
「それで名乗り出る犯人が居るはずないわよ。リスクも高い」
「じゃあ天立嬢には何か策があるの?」
「無いわ。ただ考えるだけ」
 ばっさりと切り捨てるような言葉に、錦野は一層げんなりとした表情になった。捨て猫みたいな顔が鬱陶しくなった里巳はやれやれといった様子で思考回路を口に出し始める。
「筧先輩の話から、まずは犯人が宮路先生を陥れるメリットを考えましょう」
「そんなの本人に恨みがあるか……あとは部活動の停止とか? そのくらいじゃないか」
「そうね。私もそう思う」
 里巳があまりにあっさりと認めたことに錦野は驚く。そんな珍しい表情を拝む余裕もなく頭を捻っていた少女はこう続けた。
「だけど恨みを買っている人間が宮路先生だけとは限らない」
「つまり……宮路とねんごろな関係と言われている謎の女生徒の方が恨みを買っているって言いたいの?」
 里巳は認めたくないながらも一つ頷いた。怨恨が原因ならば確実に『悪意のある行為』だ。最大限、偶然の産物や意図しない結果を探したい彼女としては好ましい状況ではない。
「だけどそうだとしたら、宮路じゃなくて恨みの対象の名前を公にすれば良いじゃないか」
「錦野。この狭いコミュニティでは、うまく立ち回らないとすぐに悪者になっちゃうのよ」
「え?」
 いつかの滝田の受け売りを話すと、里巳は一呼吸入れてから自らの考えを吐き出していく。
「先輩の話にあったでしょう。大伴っていう三年生に絶望して辞めてしまった生徒が居たって。もしその人物が大伴美羽を恨んでいたとして、それは他学年の生徒にまで噂話になっているのよ。そこで大伴美羽を直接攻撃するような真似をしたら……」
「真っ先にその生徒が疑われるってことか。ボクがその立場なら確実にやらないね」
 彼が唯一“探偵”と認められる生徒の言いたいことがわかり、錦野は照合作業のごとく続けた。
「日頃から煙たがられている宮路の名前を出しておけば疑いの目を避けられるし、おまけに部活動は停止して大伴先輩は作業ができなくなる。コンクールに間に合わなくなったら犯人の思う壷だね」
 里巳は大きく頷いた。
「冴えているね。それも悪意を信じたくない天立嬢にしては、随分と人を疑った見解だ」
「……今回ばかりは、状況からしてそんなこと言ってられないでしょ」
 バツ新聞は宮路や美術部に対して悪影響ばかりを及ぼしている。これで犯人が「悪意はなかった」と言うのなら、どの面が、と厚い皮膚を剥がさないと里巳の気は済まなくなるだろう。
「だけどまだ仮説。これで犯人の目星がついたなんて思わないわ」
「わかっているさ。ボクはさっそく、大伴先輩に纏わる噂話を調査してみるよ」
「よろしく」
 そうして錦野は校内へと繰り出した。

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