29. 帰還あるいは出立
文字数 4,080文字
わいわいと荷積みの声が聞こえてくる。朝の庭はとうに夜露も乾いて、まっさらにそよいでいる。
階段状に整えられた生垣の向こうでサンザシが黄緑の実を育てているのを、横目に眺めてアマリリスはそぞろ歩いた。本邸に移ってからは何だかんだ誰かといることが多くて、頭を空っぽにして風景を眺める時間はあまりなかったのだ。
屋敷の前面に広がる庭園は屋上のほど変わり種ではないが、噴水代わりに水像が設置してある。円柱、五角錐、二本の紐をねじったようなうねり――。術具に刻まれた通りの順番で水が緩やかに踊る。
休暇は残すところ僅か。学生であるアマリリスの、非日常の終わりだった。
(あっという間だったな。領内の伝承を調べてゆったり過ごす予定が、こんな波乱の夏になるなんて)
短期間の出来事とは思えないぐらい目まぐるしかった。誰かに思い出を訊かれても咄嗟に口ごもってしまいそうだ。《精霊契約 》に成功したこと、その相手が初恋の人であること。底知れない悪意に為す術がなかったこと、自分の浅慮が事態を混乱させたこと。
強くなりたいと思ったこと。
後悔を手繰り、解 いて、また新しく後悔を積み上げて、不思議と心は凪いでいる。
魔術師は。貴族は。特別な精霊の契約者は。――あの人の隣で清々しくあるには。流されるだけではいられないのだ。
万能でなくても、依って立つための何かがほしい。この心身の内に。
長い休みの終わりに早 く 学 園 に 戻 り た い なんて思ったのは、初めてだった。
(根気よくいこう。カザヤで起こったことだって、まだ全容も分かっていないんだから……)
母と話したことを思い出し、ぽつ、ぽつ、と足を進める。
◆
ハイドランジアはレースのカーテンが揺らめく部屋で、大ぶりなソファにぴんと腰掛けて待っていた。絶妙にコントロールされた魔術の気流がほんのり涼しい。
母の私室の家具は上質だが、飾り気がなく、直線的でさっぱりしたデザインだ。友人との個人的な歓談にすら母はこの部屋を使わない。本当に自分のためだけの内装は殺風景なほどで、しかしそれが落ち着くらしい。
「カザヤのポリー嬢は元気にしていて、精神的なショックも少ないわ。図書館にも今まで通り顔を出しているそう。安心なさい」
アマリリスが入室して対面に座ると、母は前置きなく本題に入った。
「お母様が忘却の魔術を使ったのよねぇ?」
「忘却ではなく、記憶の自然な風化を促す程度の術よ。劇的な効果はないぶん副作用が少ないから……心の傷を残さない為には適しているはず」
ポリー・コールは囮として誘拐された、あの三つ編みの少女だ。名前も、食器類を得意とする細工職人の娘であるのも、図書館長が自分の血縁より目を掛けていることも、何もかも後で知った。
母が改めて医師を手配して負傷がないことを確かめ、見舞金を渡し、またケアのため術を掛けた。館長を通じて経過も丁寧に観察している。それらは巻き込んだ罪滅ぼしであったし、恩を着せる形での口 止 め でもある。
「やっぱり、公表はしないの?」
「できないわね。学園の上層部には王立研究所とストランジ家から事情を共有するけど、広く世間に知らせるのは難しい」
「そう、よね……」
「人命のためよ。大丈夫、第二騎士団の精鋭も水面下で協力してくれるわ」
領主の血縁者が誘拐された事件を隠蔽するのは、外聞のためではない。それは重々承知している。だが大っぴらに捜査や警備がなされないのは不安だった。
あれから、主に父は物周り、母は人周りの調査や整合をしていた。
操られていた荒くれ者三人は術の性質等を鑑み労働刑。肝心のユインはあらゆる尋問や術をはね除け、サンドークの魔術師用監獄で未だ黙秘を続けている。
そして父オズワルドが調べている品のうち『魔力を遮断する布』が非常にややこしい位置にあった。
「お父様、結局王都に行ったきりねぇ」
「研究所の設備でないと調べられないことが多いし、他の諸問題の対応もあるのでしょう。きっとまた隈を濃くしているわ。倒れないと良いけど」
そもそも事件以前から父が王立魔術研究所で忙殺されていた原因も、つい先日発明されたこの画期的な新素材のせいらしい。一般へのお披露目はまだだというのに、内々で扱いが紛糾しているのだ。
魔力や瘴気を通さないというだけで、全ての魔術を防げる代物ではないのだが――。魔術の優位性 が崩れるという魔術師の焦りと、魔力を隠して悪事を働く魔術師が現れるのではという非魔術師の懸念。それらが刺激し合い、開発者が襲撃されるまでに至った。
こんな状態で事 実 犯 罪 に 利 用 さ れ た なんて話が広まったら、火に油を注いでしまう。
「開発者とその家族は今、研究所の敷地に匿われていてね。安全な場所に移動してもらう予定らしいの。最低でもそれが済むまで事件のことは明かせない」
新素材の関わりを伏せて誘拐の件だけ公表しても、護衛を掻い潜り、また多数の魔物を運び込んだ方法について疑問は上がるだろう。『魔力を遮断する布』と結び付ける人も必ず出てくる。
ストランジ家は、全てを覆い隠し、関係者と協力者だけで密かに調査する道を選んだ。
「心配しないで。学園の敷地に入ってしまえば安全は確保できるはずよ」
「えぇ……。警備、すごく厳しいものね」
「普通の貴族学校の出身者には、門限を破って出入りしていたなんて笑い話を聞くものだけれど。私がイースデイルに在学していた頃はそんな不可能なこと考えもしなかったわ。国の未来を背負うあなた達を、あの場所は威信に懸けて守ってくれる」
アマリリスが安全だって、両親や対処に当たる人達は、見えない敵に神経をすり減らすはずだ。虜囚は何も情報をもたらさず、背景や繋がりは不明のまま。更なる黒幕がいるのか、他にユインの手駒が潜伏していないか――。
胸が苦しくなって、ことんと俯いた。
この件についてもはやアマリリスにできることはない。学園の堅牢さに守られ、同行するフロウにも守られ、のうのうと日々を過ごすしか。
じっとしているのが最善。それが妥当な結論。
「お母様……今の私は無力だって分かってる。でも、もっと沢山のことを学んで、自分の身ぐらい守れるようになったら。そのときは私もみんなの力になれる?」
「当然よ、あなたは私達の娘なのだから。足らぬことを知ったなら存分に飢えなさいな。それでこそストランジだわ」
――飢餓せよ。渇望せよ。我らはついぞ満たされぬ。
豪放だったという四代前の当主が次代に残した言葉だ。穏健な者の多いうちの血筋にしては珍しく過激である。
「……それ、お母様が引き合いに出すと、すごくしっくりくるわぁ」
「貪欲は美徳よ? アマリリス」
自信に満ち溢れた母の声に励まされ、前を向く。
貪欲に。手を伸ばしてみよう。それができる国一番の場所にアマリリスは籍を置いている。
◆
空は目覚ましい青さで、ふわとした綿雲の浮かぶ全天が燦々と輝いている。けれど吹き抜ける風には秋の気配があった。ノアが編み込みを入れてくれた一つ結びの髪を押さえ、紗のショールごと肩の前に流した。
「道中も油断しないようになさい」
「気を張っていくわぁ、お母様。アンブローズも元気でね」
「うん。姉さん、秋期も勉強頑張って」
「はぁい」
見送りに来てくれた母と弟と共にロータリーまで歩いていく。アマリリスが乗る馬車と、荷馬車や護衛の馬車が並んでいる。もう荷積みも終わりすぐにでも出発できる状態だ。
馬車の横ではノアがフロウにあれこれ言い含めていた。
「いいですね、教えた通り、手順に忠実に、思い付きでアレンジなど加えないように」
「分かった」
「きちんと作法も守ってくださいね」
「分かった」
「どうしてもオリジナルが作りたければ、必ずお一人で試作を重ねてください」
「分かった。リィリがもう来ているが良いのか」
「あ……っ、大変失礼いたしました」
フロウは柔らかな艶のあるリネンのシャツをはじめ格式張らない服装で、革の鞄を肩に掛けていた。水で編んだ服だけでは困ることもあろうと執事が手配してくれたものだ。彼の荷物は他にもいくらか積み込まれている。
アマリリスも夏の始めに引き上げた服と入れ替えで秋冬の服を、少しばかりの嗜好品を、持ち帰っていた杖や教科書や訓練着を、全部荷馬車に詰め込んで行く。
「ノアも、またね。冬休みに」
「はい。……アマリリス様、いってらっしゃいませ」
半年ごと――帰省した本邸を離れ学園に向かうとき、いつも不思議な気分になっていた。家はここなのに『出発』か『帰宅』か分からなくなる感覚。
でも今日は新たに踏み出す清冽さが心を占めている。自身の意欲の問題かもしれないし、柔らかな黒髪を風に揺らす契約精霊 が傍にいるからかもしれない。
「リィリ」
ふとフロウが名を呼んで、近くにあった水像の一つに手の先で触れた。
途端。
「えっ、何、なぁに!?」
音もなく透明な造形は噴き飛んで、明後日の方向に大きくしぶいていく。遡る水煙の河に二重の虹の橋が掛かった。
「本当に二つ見えたな」
「試してみたかったの……?」
「以前もオレがやらかしたと言っていたが、リィリだけ覚えているのは不公平だろう」
「試してみたかったのねぇ?」
フロウは淡々とした表情を微かに笑み融かして、さっさと踵を返した。
「早く行こう、ノアが怒り出す前に」
振り返ると専属メイドは今にも口を開きお小言を始めそうだ。その向こうでは母が呆れ、アンブローズは目を真ん丸にしている。
アマリリスはくゆる虹の向こうに屋敷を仰ぐ。足取り軽く馬車に駆け寄って、もう一度みんなの顔を振り返った。
「……いってきます!」
◆
◆
◆
【イースデイル魔術学園】
国内で魔力を持つ子供は魔術教育を受けることが義務付けられていますが、入学先を任意で選べることは意外と知られていません。数ある魔術学校の最高峰は王都から少し離れて立地するイースデイル魔術学園です。
学内で生活を完結できるほど設備が整っているほか、最寄りの町には学生向けの店舗が充実しています。学費が高額なため貴族や富裕層の子弟が多いものの、平民向けの奨学金制度もあります。
階段状に整えられた生垣の向こうでサンザシが黄緑の実を育てているのを、横目に眺めてアマリリスはそぞろ歩いた。本邸に移ってからは何だかんだ誰かといることが多くて、頭を空っぽにして風景を眺める時間はあまりなかったのだ。
屋敷の前面に広がる庭園は屋上のほど変わり種ではないが、噴水代わりに水像が設置してある。円柱、五角錐、二本の紐をねじったようなうねり――。術具に刻まれた通りの順番で水が緩やかに踊る。
休暇は残すところ僅か。学生であるアマリリスの、非日常の終わりだった。
(あっという間だったな。領内の伝承を調べてゆったり過ごす予定が、こんな波乱の夏になるなんて)
短期間の出来事とは思えないぐらい目まぐるしかった。誰かに思い出を訊かれても咄嗟に口ごもってしまいそうだ。《
強くなりたいと思ったこと。
後悔を手繰り、
魔術師は。貴族は。特別な精霊の契約者は。――あの人の隣で清々しくあるには。流されるだけではいられないのだ。
万能でなくても、依って立つための何かがほしい。この心身の内に。
長い休みの終わりに
(根気よくいこう。カザヤで起こったことだって、まだ全容も分かっていないんだから……)
母と話したことを思い出し、ぽつ、ぽつ、と足を進める。
◆
ハイドランジアはレースのカーテンが揺らめく部屋で、大ぶりなソファにぴんと腰掛けて待っていた。絶妙にコントロールされた魔術の気流がほんのり涼しい。
母の私室の家具は上質だが、飾り気がなく、直線的でさっぱりしたデザインだ。友人との個人的な歓談にすら母はこの部屋を使わない。本当に自分のためだけの内装は殺風景なほどで、しかしそれが落ち着くらしい。
「カザヤのポリー嬢は元気にしていて、精神的なショックも少ないわ。図書館にも今まで通り顔を出しているそう。安心なさい」
アマリリスが入室して対面に座ると、母は前置きなく本題に入った。
「お母様が忘却の魔術を使ったのよねぇ?」
「忘却ではなく、記憶の自然な風化を促す程度の術よ。劇的な効果はないぶん副作用が少ないから……心の傷を残さない為には適しているはず」
ポリー・コールは囮として誘拐された、あの三つ編みの少女だ。名前も、食器類を得意とする細工職人の娘であるのも、図書館長が自分の血縁より目を掛けていることも、何もかも後で知った。
母が改めて医師を手配して負傷がないことを確かめ、見舞金を渡し、またケアのため術を掛けた。館長を通じて経過も丁寧に観察している。それらは巻き込んだ罪滅ぼしであったし、恩を着せる形での
「やっぱり、公表はしないの?」
「できないわね。学園の上層部には王立研究所とストランジ家から事情を共有するけど、広く世間に知らせるのは難しい」
「そう、よね……」
「人命のためよ。大丈夫、第二騎士団の精鋭も水面下で協力してくれるわ」
領主の血縁者が誘拐された事件を隠蔽するのは、外聞のためではない。それは重々承知している。だが大っぴらに捜査や警備がなされないのは不安だった。
あれから、主に父は物周り、母は人周りの調査や整合をしていた。
操られていた荒くれ者三人は術の性質等を鑑み労働刑。肝心のユインはあらゆる尋問や術をはね除け、サンドークの魔術師用監獄で未だ黙秘を続けている。
そして父オズワルドが調べている品のうち『魔力を遮断する布』が非常にややこしい位置にあった。
「お父様、結局王都に行ったきりねぇ」
「研究所の設備でないと調べられないことが多いし、他の諸問題の対応もあるのでしょう。きっとまた隈を濃くしているわ。倒れないと良いけど」
そもそも事件以前から父が王立魔術研究所で忙殺されていた原因も、つい先日発明されたこの画期的な新素材のせいらしい。一般へのお披露目はまだだというのに、内々で扱いが紛糾しているのだ。
魔力や瘴気を通さないというだけで、全ての魔術を防げる代物ではないのだが――。魔術の
こんな状態で
「開発者とその家族は今、研究所の敷地に匿われていてね。安全な場所に移動してもらう予定らしいの。最低でもそれが済むまで事件のことは明かせない」
新素材の関わりを伏せて誘拐の件だけ公表しても、護衛を掻い潜り、また多数の魔物を運び込んだ方法について疑問は上がるだろう。『魔力を遮断する布』と結び付ける人も必ず出てくる。
ストランジ家は、全てを覆い隠し、関係者と協力者だけで密かに調査する道を選んだ。
「心配しないで。学園の敷地に入ってしまえば安全は確保できるはずよ」
「えぇ……。警備、すごく厳しいものね」
「普通の貴族学校の出身者には、門限を破って出入りしていたなんて笑い話を聞くものだけれど。私がイースデイルに在学していた頃はそんな不可能なこと考えもしなかったわ。国の未来を背負うあなた達を、あの場所は威信に懸けて守ってくれる」
アマリリスが安全だって、両親や対処に当たる人達は、見えない敵に神経をすり減らすはずだ。虜囚は何も情報をもたらさず、背景や繋がりは不明のまま。更なる黒幕がいるのか、他にユインの手駒が潜伏していないか――。
胸が苦しくなって、ことんと俯いた。
この件についてもはやアマリリスにできることはない。学園の堅牢さに守られ、同行するフロウにも守られ、のうのうと日々を過ごすしか。
じっとしているのが最善。それが妥当な結論。
「お母様……今の私は無力だって分かってる。でも、もっと沢山のことを学んで、自分の身ぐらい守れるようになったら。そのときは私もみんなの力になれる?」
「当然よ、あなたは私達の娘なのだから。足らぬことを知ったなら存分に飢えなさいな。それでこそストランジだわ」
――飢餓せよ。渇望せよ。我らはついぞ満たされぬ。
豪放だったという四代前の当主が次代に残した言葉だ。穏健な者の多いうちの血筋にしては珍しく過激である。
「……それ、お母様が引き合いに出すと、すごくしっくりくるわぁ」
「貪欲は美徳よ? アマリリス」
自信に満ち溢れた母の声に励まされ、前を向く。
貪欲に。手を伸ばしてみよう。それができる国一番の場所にアマリリスは籍を置いている。
◆
空は目覚ましい青さで、ふわとした綿雲の浮かぶ全天が燦々と輝いている。けれど吹き抜ける風には秋の気配があった。ノアが編み込みを入れてくれた一つ結びの髪を押さえ、紗のショールごと肩の前に流した。
「道中も油断しないようになさい」
「気を張っていくわぁ、お母様。アンブローズも元気でね」
「うん。姉さん、秋期も勉強頑張って」
「はぁい」
見送りに来てくれた母と弟と共にロータリーまで歩いていく。アマリリスが乗る馬車と、荷馬車や護衛の馬車が並んでいる。もう荷積みも終わりすぐにでも出発できる状態だ。
馬車の横ではノアがフロウにあれこれ言い含めていた。
「いいですね、教えた通り、手順に忠実に、思い付きでアレンジなど加えないように」
「分かった」
「きちんと作法も守ってくださいね」
「分かった」
「どうしてもオリジナルが作りたければ、必ずお一人で試作を重ねてください」
「分かった。リィリがもう来ているが良いのか」
「あ……っ、大変失礼いたしました」
フロウは柔らかな艶のあるリネンのシャツをはじめ格式張らない服装で、革の鞄を肩に掛けていた。水で編んだ服だけでは困ることもあろうと執事が手配してくれたものだ。彼の荷物は他にもいくらか積み込まれている。
アマリリスも夏の始めに引き上げた服と入れ替えで秋冬の服を、少しばかりの嗜好品を、持ち帰っていた杖や教科書や訓練着を、全部荷馬車に詰め込んで行く。
「ノアも、またね。冬休みに」
「はい。……アマリリス様、いってらっしゃいませ」
半年ごと――帰省した本邸を離れ学園に向かうとき、いつも不思議な気分になっていた。家はここなのに『出発』か『帰宅』か分からなくなる感覚。
でも今日は新たに踏み出す清冽さが心を占めている。自身の意欲の問題かもしれないし、柔らかな黒髪を風に揺らす
「リィリ」
ふとフロウが名を呼んで、近くにあった水像の一つに手の先で触れた。
途端。
「えっ、何、なぁに!?」
音もなく透明な造形は噴き飛んで、明後日の方向に大きくしぶいていく。遡る水煙の河に二重の虹の橋が掛かった。
「本当に二つ見えたな」
「試してみたかったの……?」
「以前もオレがやらかしたと言っていたが、リィリだけ覚えているのは不公平だろう」
「試してみたかったのねぇ?」
フロウは淡々とした表情を微かに笑み融かして、さっさと踵を返した。
「早く行こう、ノアが怒り出す前に」
振り返ると専属メイドは今にも口を開きお小言を始めそうだ。その向こうでは母が呆れ、アンブローズは目を真ん丸にしている。
アマリリスはくゆる虹の向こうに屋敷を仰ぐ。足取り軽く馬車に駆け寄って、もう一度みんなの顔を振り返った。
「……いってきます!」
◆
◆
◆
【イースデイル魔術学園】
国内で魔力を持つ子供は魔術教育を受けることが義務付けられていますが、入学先を任意で選べることは意外と知られていません。数ある魔術学校の最高峰は王都から少し離れて立地するイースデイル魔術学園です。
学内で生活を完結できるほど設備が整っているほか、最寄りの町には学生向けの店舗が充実しています。学費が高額なため貴族や富裕層の子弟が多いものの、平民向けの奨学金制度もあります。