13. リザルト

文字数 3,958文字

「ストレイピードが二体。半透明の蛾が一体。狼の腐ったようなのが二体。紫のナメクジが三体。それにスライム三体」
「全部で十一ですか。こちらも分かっていた十四体に加えて蛾と鳥がいて、合計十七でした」
「尋常の数じゃないな」

 瘴気の発生が少ないこの地方で、複数種の魔物が二桁も集まっているのは全くの異常事態だ。しかも目撃情報が数件だけで、襲われた事件がない。最近急に出現したと考えていいだろう。町民に被害が出る前に駆除できたのは幸運だった。
 魔物を一掃したことであの後、瘴気はだんだんと薄れていった。フロウの見立てでは、魔物がまた現れない限り数日で完全に消えるだろうとのこと。やはり魔物が先にあって瘴気を撒き散らしていたのだ。

「一体何なんですかね……。軽々しいことは言えませんが、魔物を発生させるか引き寄せる要因があるのは間違いない。それが具体的に分かれば対処も考えられるんですけど……」

 ジェフリーは指先でとんとん、と紙を叩く。



 二人は自警団詰所の一室に間借りして、今日あったことを整理していた。
 簡単な集会に使うような土間の部屋には高めのテーブルがあって、ジェフリーは立ったまま要点を書き出していく。魔物の数や戦闘場所など同じ内容を二枚。記録として自警団に渡すだけでなく、本来の雇い主であるストランジ家当主の耳に入れるべき事態だ。

「ようジェフ! 助かったぜ、こんな魔物の発生、十年前以上だ。俺達だけじゃ対処しきれんかったろう」
「カザヤの皆さんにはお嬢様だけでなく、使用人一同まで良くしてもらってますから。これぐらいはさせてください」

 大股で歩み寄ってきた団員――まとめ役の一人である壮年の男に報告書の片方を渡し、ジェフリーはにこやかに胸を叩いた。

「そっちの兄ちゃんも、町の奴らが不審者だとか好き勝手に噂してすまねえな。武器もなしにこんな数の魔物を相手にできるたあ、流石魔術師だ」
「フロウは感覚が鋭いぶん、集中すると周りが見えなくなる性質(タチ)でしてね。カザヤには僕が呼んだんですが……魔物騒動の前から、違和感があるっていうんで町の外をうろついてたみたいです」

 団員の豪快であけすけな物言いにもフロウは動じていない。が、放っておいたら延々無言でいそうだ。
 なに傍観を決め込んでるんだ、印象を塗り替えるチャンスだよ。分かりやすく目配せすると、彼ははっとしたように頷いた。

「住民を不安にさせてすまなかった」
「なあに、ジェフリーのツレで魔物を千切っちゃ投げしてくれたって言っとくからよ」
「それは止めてくれ」
「お、おう。そうか」

 いや、素っ気なさすぎるだろ。少しは会話を弾ませる努力を見せてほしい。
 ここしばらくの付き合いで、頭は悪くないと判ってきたが――フロウの話し方は反射で物を言うかじっくり表現を吟味するかの両極端で、弁の立つタイプではない。精霊ゆえの直観的な思考がそうさせるのだろうか。
 ジェフリーは本人に誤魔化させるのをすっぱり諦めて、話の流れを軌道修正した。

「あー。この人、見目が良いでしょう? ()()()というか()()()というか、周りにちやほやされるのが苦手で……」
「ほお。美男子も難儀するな。大丈夫だ、なら適当に収めとくぜ」
「ありがたいです」

 軽く会釈して、足早に部屋を後にする壮年の団員を見送る。彼らは彼らで、急ぎ今後の警戒方針などを話し合うに違いない。

「……助かった」

 密やかなフロウの声に、ジェフリーは笑ってひらひら手を振った。





 馬一頭が牽く荷馬車で、別荘への帰路をがたごと進む。空は端から橙に染まりつつあった。ぽつりと浮かぶ黒点は烏か雁か。
 暮れ時の色は望郷を誘うという。空を見上げるたびに故郷の村に帰りたいなんて思うことはないが、今はとにかくベッドに突っ伏したい。《地形把握(ランドスコープ)》、というか感覚を強化する魔術全般は、頭への負荷が大きいのだ。久しぶりにどっと疲れた。

 町を出た直後は手綱を握るジェフリーの隣にフロウも納まっていた。しかし今は姿を変え、適当な荷物に紛れて荷台の中にいる。
 アマリリスの客人ともいえる彼は、本来ちゃんとした馬車に乗るべき立場だろう。しかしほとんどの使用人に人の姿を隠してただの精霊で押し通し、カザヤでは逆に人の姿だけを見せて魔術師を称している歪な状態のため、町に出る場合にはこういう形になってしまう。
 荷馬車は乗り心地も良くない。木箱に挟まってたぷたぷ揺れているさまに、ジェフリーは哀愁を覚えた。

(だからって絆されたりはしないけどさ)

 空いた席に陣取ったむーちゃんを半ば無意識にわしゃわしゃ撫で回す。
 日除けの帽子を取って頭上を扇げば、蒸れが頭皮から抜けていく。林の中と違ってまんべんなく降り注ぐ西日を避け、ジェフリーは深く被り直した。
 表情を覆い隠し、くたびれた心身に気合を入れなおすように。



 フロウと敵の対峙を見届け損ねたのは痛手だった。多数の魔物を逃さないために、手分けするのが最善だったとはいえ。
 あの程度の魔物を蹴散らせるのは予想通りで、取る戦法や臨戦時の興奮度合いなど、過程を見たかったのだ。――異例づくしの精霊の危険性を測る手掛かりとして。

「帰りがけに自警団の人と話したんですが……見張りや巡回を増やして継続的に警戒していくそうです。今回倒した以外にも魔物がいないか、新たに出現することはないか。まだ定かじゃありませんから」

 元より精霊とは安全な存在ではない。自然を体現する彼らは悪意なく人を傷付けることがあり、旧く強大な個体は災害すら引き起こす。
 話す限りフロウは思考が人間寄りで、そういった危うさは感じない。だが裏を返せば人間のように意図的に害をなす可能性もあるということ。

 がた、がたん――。
 車輪が石を食んで、荷馬車は縦に大きく揺れた。衝撃が敷布ごしに坐骨を突き抜ける。
 振り返れば、荷台でどぼんと波打った水の塊は不自然にすぐ静まり、元の丸い表面に戻った。うっかり飛び散ったりはしないらしい。

「ジェフリーはどうするんだ?」

 問い掛けてくる口調はなだらかで、目線の動きなどがない分、人間態の数倍は感情が読めない。
 アマリリスはよくこの姿と話して一喜一憂できるなと思う。()()()()()だろうか?

「護衛や他の仕事に支障が出ない範囲で、なるだけ林を見て回ります。……できたら、今後も予定が合う時は同行してもらえませんか? 僕より瘴気に敏感だから、来てくれるだけで助かります」
「構わない。約束上、お前が外している時はリィリと居るのも難しい」
「かたじけないです」



 鉄火色の光と熱気に照らされた上り坂はもう半ば。首尾よく次の機会を取り付けたジェフリーは、手綱ごとぐっと拳を握った。

「あと……約束って、ノアが出した条件ですよね。あれ、撤回できないか僕から掛け合ってみます」
「リィリも難儀していたから好都合だが、お前がどうして?」

 『どうして?』はこちらの台詞だ。このアマリリスへの入れ込み具合はなんなのだろうか。言葉の随所から、行動原理のかなり上位に置いていることが伺える。

 だが、まあ。精霊は己の心に忠実だ。契約を結び、破棄もせずいる時点で、契約者に肯定的な感情を抱いているのは間違いない。
 ストランジ家にとってどうかは別にして、アマリリス個人の安全に関しては、益が上回ると判断した。

「あのルールを厳守すると、例えば僕を連れずにお嬢様が外出するとき、フロウさんは一緒に行けないでしょう? 今はそんな状況自体避けるべきですが」
「……魔物を警戒してか」
「僕も誠心誠意、護衛させていただきますけどね! 戦力が多いに越したことはないです」
「分かった。説得してみてくれ」

 フロウはアマリリスを守ることをごく当然に受け入れた。
 ほ、と息を吐く。内と外、両面に気を張り続けるのは神経を消耗する。この精霊の思考は今後も探っていくが、明確に目的を共有できたのは一つ前進だ。



 ジェフリーはそれなりに強い(やる)方だと自負している。十年前にカザヤ周辺で魔物が発生したときはまだ雇われていなかったが、おそらくその時の襲撃規模を想定したうえで、単独でアマリリスの護衛を務められると当主は判断した。
 実際、今日遭遇した敵の数と強さなら、自分と相棒だけでもアマリリスを守りながら倒しきれるだろう。最低でも追い払うことはできる。

 しかしこの事態、文脈が読めないのが不穏だ。
 得体の知れない胸騒ぎがあった。野盗が息を潜める山道を、身の程知らずにも単騎で駆け抜けようとするくらいに。

(王都の旦那様と本邸の奥様、どちらも距離がある。急ぎ手紙を出しても……判断が返ってくるまで少し間が空いてしまう)

 それまではジェフリーが状況をしのがねばならない。
 至上命題は、令嬢をより確実に守ること。そのために手を尽くす。信頼して、任せてもらったのだから――。

「まだ暑いな。氷はいるか?」
「今!? 屋敷もう目と鼻の先ですよ!?」
「汗を拭いたのが見えた」

 いや、もっと前にも気付くタイミングあったでしょ。

「……とりあえず大丈夫です、ありがとうございます。またご一緒する機会に是非」
「そうか」

 どうしよう。ジェフリーは帽子ごと頭を押さえた。ところどころ予測不能な言動を挟んでくるせいで、とても御せる気がしない。
 戦力に含めたことをほんのり後悔しつつ、馬の速度を徐々に落としていく。屋敷の門のアーチをくぐると、小さな段差でまた荷台が跳ねた。







【精霊の強さ③】
精霊の力量の観点の一つは『魔力容量の大きさ』で、魔力を溜め込み、保持しておける量を意味します。環境の影響が大きく、豊富な魔力の中にいることで徐々に育ちます。
精霊は魔力が尽きると消滅してしまいます。魔力容量が未熟なまま生まれた場所から離れ消えていく個体も多く、自己保存本能がないと言われています。

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