第36話 波紋

文字数 1,970文字

「やっと捕まえましたな。今まで手を出せなかったのですが、治安部が頑張ったようです。これで少しは平穏になるでしょう。」サンキン局長が言った。その逮捕の放送は総督府の管理官室にも流れていた。
「そうなればいいがな。」リカード管理官は意味ありげに言った。
「そうなります。今まであんな世間知らずの若い女に振り回されてきたのです。厳しく対処すればおとなしくなります。」サンキン局長は言った。
「任せる。」リカード局長は興味なさそうに言った。サンキン局長は気を使って、
「では私はこれで。」と部屋を出た。それを見届けたリカード管理官は立ち上がって窓の外を見てため息をついた。そこには不穏な街の姿があった。

『白井香音さん逮捕される。』『反逆罪で死刑か!』『地球自治の道は閉ざされた。』地下新聞の紙面は彼女のことで埋まっていた。街では
「香音さんを返せ!」
「取締局の横暴を許すな!」
プラカードを掲げたデモが起こっていた。それを弾圧しようと治安部がバイオノイドを動員して封じ込めを図った。しかしデモの参加者は増え、騒ぎはなかなか収まりそうになかった。

 笠取荘の隠し部屋に5人が集まっていた。
「取締局は彼女を拷問にかけ自治運動を止めるように脅してくるでしょう。しかし彼女の意志は固いはずです。奴らの思い通りにならなければ死刑になってしまいます。」霞が言った。彼女は香音を何とか救い出したいと思っていた。しかし半蔵は黙ってそれを聞いているだけだった。何も言わない半蔵にしびれを切らして、
「お頭、いいのですか?これで。」児雷也が言った。彼は何か怒っているようだった。
「どうした? いつものお前らしくない。」半蔵が児雷也の方を見た。
「私はたまらないんですよ。こんな若い女性が奴らに殺されるなんて。奴らは彼女をただの見せしめにしようしているとしか思えない。」児雷也は言った。
「俺もそう思います。彼女と少しだけ話ができましたが、彼女も地球の未来を真剣に憂いている若者の一人です。地球の未来を背負っていく一人だと思います。彼女を失うことは絶対にあってはならないと思います。」疾風も必死に訴えた。
「お前もか。」
「僕も何とかしたいと思っています。年は僕と変わらないのに彼女にしていることは立派です。」佐助も言った。
「ほう、佐助もか・・・。しかし我らの使命をわかっているだろうな。」半蔵が言った。
「わかっています。だからこそ助けたいんです。この若さをここで散らすことはない。」疾風は言った。
「私も同感です。お頭だって内心では同じ気持ちであるはずです。」霞は言った。
「うーむ。わかった。だが我らの思いだけでは動かぬこともある。よいな。」半蔵は厳しい目で4人を見た。

 地球代表府の執務室では夜更けでも明かりがついていた。静まり返ったその部屋で、大山参事がデスクに向かって書類仕事をしていた。ふいに彼は何かの気配を感じた。
「半蔵か。」大山参事は書類を眺めたまま、声を発した。
「そうだ。」部屋の隅に彼の姿があった。
「何の用だ?」大山参事は独り言でもいうように聞いた。
「白井香音をどうするつもりだ?」半蔵は言った。
「彼女のことは仕方がない。地球自治運動が激しさを増し、偶然、彼女の活動が当局の目に留まってしまったのだろう。」大山参事は言った。
「彼女は意志を曲げないだろう。このままでは死刑だ。見殺しにするのか?」半蔵は問うた。
「我々にはどうすることはできない。取締局は彼女を死刑にすることで地球自治運動を押さえるつもりだろう。」大山参事が言った。
「取締局だけか? あなたもそれを狙っているのではないか?」半蔵はずばりと言った。
「何を馬鹿な。私が地球人民の死を待つことは絶対にない!」大山参事が怒ったように言い切った。しかしそれは図星を突かれての動揺を隠しているようにも思えた。
「果たしてそうかな? 死んだ彼女を地球自治運動の象徴に祭り上げて、運動をさらに盛り上げようと考えているのではないか?」半蔵はさらに問うた。
「そんなことは考えもしておらん。ただ今は手が出せないだけだ。」大山参事は不機嫌そうに答えた。
「それならば彼女を助ける。よいな。」半蔵は確認するように言った。だが大山参事は眉をひそめた。
「そうすれば当局の監視が厳しくなるだけだ。彼女も一生、取締局に追われる羽目になるだろう。助ける方法は他にもある。やめた方がいいのはお前にもわかるはずだ。」
「いいや、わからぬ。誰も彼女に手を差し伸べないなら我らがやる。彼女を助ける。いや、助けねばならぬ。我らの力で・・・」半蔵の声が次第に聞こえなくなってきた。
「待て!半蔵!」大山参事は声を上げて立ち上がったが、半蔵の姿は消えていた。部屋の中を見渡したがもはや人影はなかった。
 大山参事は苦虫を噛み潰したよう顔をして椅子に座り、何かを考え込んでいた。
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登場人物紹介

半蔵 (井上正介) 闇のお頭 笠取荘という旅館で番頭として働いている。

疾風 (佐藤 翔) 闇の者  普段はフリーの雑誌記者

児雷也 (田中 令二) 闇の者 メカ担当 普段は田中運送社の社長

霞 (渡辺 飛鳥)  闇の者のくノ一 普段は雑誌モデル

佐助 (山本 健)   闇の者  普段は地球大学新東京校の大学生。笠取荘でアルバイトをしている。

リカード管理官  マコウ人 総督府のナンバー3  地球取締局を統括している。

大山 文明 参事  地球代表部のトップ 

サンキン マコウ人 地球取締局 局長

ジャコー 地球取締局 取締官

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