第１６話　オーデコロン

　また美亜の撮影の日が来た。彼女は緊張してスタジオに入ってきた。もちろん飛鳥がついてきていた。控室では美亜は不安で暗い顔をしていた。
「大丈夫よ。前の撮影も好評だったのよ。きっと今度もうまくいくわ。」飛鳥はそう言っていっしょに控室を出ようとした。
「ちょっと待って。先に行ってて。」美亜はそう言った。
「じゃあ、先に行ってるね。」飛鳥は出て行った。控室に残った美亜は深呼吸をした。それでも心臓のバクバク感は止まらなかった。
「そういえば・・・」彼女はカバンからオーデコロンの小瓶を取り出した。
「確かこれをつけると・・・」彼女は1滴を手首に垂らしてその香りを嗅いだ。すると何だか不安が消える気がした。
「ようし！　これで大丈夫！」美亜は笑顔でスタジオに向かった。

「ようし！　いいよ！　すごくいい！」カメラマンが美亜に声をかけていた。確かに今日の美亜は生き生きして表情が素晴らしかった。
「はい、お疲れ！」撮影が終わると飛鳥がそばに寄って来た。
「今日は一番よかったわ。何かあったの？」飛鳥が尋ねた。
「ううん。それは秘密。うふふふ。」美亜は笑いながら控室にスキップでもしているかのように飛びはねて向かっていた。その姿に、
「もう一人で大丈夫ね。」飛鳥は微笑みながらその後ろ姿を見ていた。ただそこに不思議な甘い匂いが残されていた・・・。


　地球取締局が総力を挙げたが、いまだに何も手がかりがつかめなかった。しかも暴れた者たちは精神を傷害されて深い昏睡状態に入っており、何ら話を聞くこともできなかった。
「きっと手がかりがあるはず・・・」ジャコー取締官は暴れた者たちの所持品をもう一度見直していた。
「ん・・・？」そこには同じオーデコロンの小瓶があった。もちろん中の液体を分析したがありふれたもので、ビーロンは検出できなかった。だが彼は、偶然かもしれないがそれが気になっていた。
「とにかくこれを洗ってみるか・・・」


　駅前の路地を入って行くと、そこに小さな倉庫があった。そしてその一角に無理に穴を開けて作ったような窓口があった。そこに若い女性がやってきて軽く窓を叩いた。するとすっとその窓は開いた。
「あれを売って。」若い女性がお金を出した。
「ええ、ではこれを。」窓から手が伸びてきてお金を受け取ると、すぐに小さなオーデコロンのビンを渡した。
「もっとくれないの？」
「5日ぐらいで効き目がすぐに切れてしまうんです。また買いに来てください。」そう言って窓が閉じられた。若い女性はその小瓶を手に取って帰っていった。
しばらくしてそこに美亜も来た。彼女は白衣を着た男に連れて来られていた。
「いただいたオーデコロンのサンプルがよく効いたの。」美亜は言った。
「それはよかった。特別なものだからここでしか売っていないのですよ。他の人に言わないでくださいね。少ししか作れないから多くの人が押し寄せると困るから。」男は声を潜めて言った。美亜は駅前にあった小さな薬局で不安を消す薬を探していた。その時、この店員の男に声をかけられたのだった。優しそうなその男は美亜の話をしっかり聞いてくれた。彼女は心を開いて事情を話し、仕事の不安を相談した。するとその男はオーデコロンのサンプルのビンを渡してくれたのだった。
「ええ、約束するわ。だからたくさん売ってね。なくなったらすぐに買いに来るから。」美亜は笑顔でそう言った。


「正介！　正介はどこ？」笠取荘で女将の声が響いていた。今日は朝から正介の姿が見えなかった。ここんところ正介はいなくなることが多く、どこかで油を売っていると女将は思っていた。
「菊さん。正介を知らないかい？」女将は厨房で不機嫌そうに野菜を切る菊さんにも尋ねた。しかし菊さんは首を横に振るばかりだった。
「仕方がないねえ。今度会ったらとっちめてやる！」女将はカンカンに怒っていた。

　正介をはじめ、翔と健が街で調べていた。彼らは異星人、特にビーロンの産地であるジョーグ星人を探していた。しかし街のあちこちで話を聞いても情報は出て来なかった。しかし街ではビーロンで精神をやられて暴れる人たちの数は多くなっていた。
（何とかしなければ・・・）半蔵は焦っていた。