第26話 予兆
文字数 1,701文字
新東京陸上競技場は歓声に包まれていた。今から100メートル競走が行われる。世界各地から選りすぐったアスリートが並び立った。その中にやや小柄な大学生がいた。
「第4コース 園山大樹」アナウンスされると観衆は拍手を送った。大樹は両手を上げてそれに答えた。緊張した顔に喜びの表情が入り混じっていた。
(やっとここまで来た・・・)彼はスタートラインについた。その脳裏には彼らのことが浮かんでいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
トラックを黙々と走る一人の若者がいた。整備されているとはいいがたい地面に老朽化した施設、ここは陸上競技の合同練習場だった。
「がんばるなあ!」練習を見に来た健が声をかけた。
「健か! 見に来てくれたのか!」大樹は手を振って、すぐに健のそばに来た。
「聞いたよ。この間の予選に勝ったんだってな。」
「ああ、これで本選に出られる。」大樹は笑顔で言った。
「すごいじゃないか! 地球一までもうすぐだな。」
「いや、俺なんかまだまだ。でもがんばるよ。」
大樹はまた練習に戻っていった。地球が保護惑星になって以来、大規模なイベントはすべて中止に追い込まれた。しかし多くの関係者の働きかけによって少しずつでも復活をしてきていた。『地球陸上大会』はその一つだった。久しぶりに行われる大会は、今回、新東京陸上競技場で行われる。そこは古い競技場を新たに改装したものだった。
「あいつはすごいよ。」健はつぶやいた。この抑圧された社会で運動競技を行うものなど数少なかった。練習場もほとんどなく、出るべき競技会もなく、今後の見通しもないのに、それでもアスリートたちは練習を続けていた。それはいつの日か、競技会が開かれることを信じていたからだった。
大樹もその一人だった。彼は一人で黙々と練習を続けていた。その姿に彼を応援する人たちも増えてきていた。彼の姿が人々の心を動かしているのは確かだった。
「がんばってくれよ。お前ならきっと勝てる!」健はそう言った。大樹はまだ走り続けていた。
総督府の管理官室にサンキン局長が来ていた。
「近々、大きな大会が開かれるようだな。」リカード管理官が尋ねた。
「はい。地球人が陸上競技の世界大会を開催するようです。」サンキン局長は答えた。
「ほう? 地球人はそんなことをするのか?」
「何でも世界一を決めるということで、観客も入れて大きなイベントにするようです。」
「地球人はわからんな。他人が走っているのを見て楽しむとは・・・。」
「しかし過去の地球にはオリンピックなるものがあったようです。もっと多くの競技が行われ、世界一を決めていたようです。それも想像を超えるほど盛大に。」サンキン局長は大きな身振りをして説明した。
「詳しいな。」
「ええ。実は興味を持っていまして・・・。最初は馬鹿にしていたのですが、競技会の予選を見ておりましたらなかなかよいものでした。アスリートたちの懸命に走る姿、それを応援する観衆・・・見ている私まで心躍るというか、熱くなるというか・・・」そこまで言いかけてサンキン局長は口をつぐんだ。目の前でリカード管理官が眉間にしわを寄せて彼を見ていたからだった。
「これは失礼しました。柄にもなく興奮いたしまして・・・」
「よい。だが賛成する者たちだけではあるまい。ひと騒ぎあるような気がするが・・・」リカード管理官はそう言って口を結んだ。
「地球陸上大会などけしからん!」競技場の近くに住むマコウ人たちが騒ぎ出していた。彼らは民間人だが、総督府などの役所と取引をしている商人たちだった。彼らは陸上競技会の意義などほとんどで理解できなかった。
「地球中からいろんな奴らが集まる。治安が悪くなるかもしれない。」
「騒がしくなる。落ち着いて生活できない。」
「地球人にこんなイベントなどやる資格はない!」
理由は様々だが、とにかく反対するマコウ人は多かった。彼らは地球取締局、果ては総督府にまで苦情を訴えていた。
だが役所は動かなかった。それはある大物の官僚が地球陸上大会を後押ししているのではないかと噂していた。とにかく準備は進み、予定通りの開催に進んでいた。
「第4コース 園山大樹」アナウンスされると観衆は拍手を送った。大樹は両手を上げてそれに答えた。緊張した顔に喜びの表情が入り混じっていた。
(やっとここまで来た・・・)彼はスタートラインについた。その脳裏には彼らのことが浮かんでいた。
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トラックを黙々と走る一人の若者がいた。整備されているとはいいがたい地面に老朽化した施設、ここは陸上競技の合同練習場だった。
「がんばるなあ!」練習を見に来た健が声をかけた。
「健か! 見に来てくれたのか!」大樹は手を振って、すぐに健のそばに来た。
「聞いたよ。この間の予選に勝ったんだってな。」
「ああ、これで本選に出られる。」大樹は笑顔で言った。
「すごいじゃないか! 地球一までもうすぐだな。」
「いや、俺なんかまだまだ。でもがんばるよ。」
大樹はまた練習に戻っていった。地球が保護惑星になって以来、大規模なイベントはすべて中止に追い込まれた。しかし多くの関係者の働きかけによって少しずつでも復活をしてきていた。『地球陸上大会』はその一つだった。久しぶりに行われる大会は、今回、新東京陸上競技場で行われる。そこは古い競技場を新たに改装したものだった。
「あいつはすごいよ。」健はつぶやいた。この抑圧された社会で運動競技を行うものなど数少なかった。練習場もほとんどなく、出るべき競技会もなく、今後の見通しもないのに、それでもアスリートたちは練習を続けていた。それはいつの日か、競技会が開かれることを信じていたからだった。
大樹もその一人だった。彼は一人で黙々と練習を続けていた。その姿に彼を応援する人たちも増えてきていた。彼の姿が人々の心を動かしているのは確かだった。
「がんばってくれよ。お前ならきっと勝てる!」健はそう言った。大樹はまだ走り続けていた。
総督府の管理官室にサンキン局長が来ていた。
「近々、大きな大会が開かれるようだな。」リカード管理官が尋ねた。
「はい。地球人が陸上競技の世界大会を開催するようです。」サンキン局長は答えた。
「ほう? 地球人はそんなことをするのか?」
「何でも世界一を決めるということで、観客も入れて大きなイベントにするようです。」
「地球人はわからんな。他人が走っているのを見て楽しむとは・・・。」
「しかし過去の地球にはオリンピックなるものがあったようです。もっと多くの競技が行われ、世界一を決めていたようです。それも想像を超えるほど盛大に。」サンキン局長は大きな身振りをして説明した。
「詳しいな。」
「ええ。実は興味を持っていまして・・・。最初は馬鹿にしていたのですが、競技会の予選を見ておりましたらなかなかよいものでした。アスリートたちの懸命に走る姿、それを応援する観衆・・・見ている私まで心躍るというか、熱くなるというか・・・」そこまで言いかけてサンキン局長は口をつぐんだ。目の前でリカード管理官が眉間にしわを寄せて彼を見ていたからだった。
「これは失礼しました。柄にもなく興奮いたしまして・・・」
「よい。だが賛成する者たちだけではあるまい。ひと騒ぎあるような気がするが・・・」リカード管理官はそう言って口を結んだ。
「地球陸上大会などけしからん!」競技場の近くに住むマコウ人たちが騒ぎ出していた。彼らは民間人だが、総督府などの役所と取引をしている商人たちだった。彼らは陸上競技会の意義などほとんどで理解できなかった。
「地球中からいろんな奴らが集まる。治安が悪くなるかもしれない。」
「騒がしくなる。落ち着いて生活できない。」
「地球人にこんなイベントなどやる資格はない!」
理由は様々だが、とにかく反対するマコウ人は多かった。彼らは地球取締局、果ては総督府にまで苦情を訴えていた。
だが役所は動かなかった。それはある大物の官僚が地球陸上大会を後押ししているのではないかと噂していた。とにかく準備は進み、予定通りの開催に進んでいた。