第35話 捕らえられた女神

文字数 2,213文字

「地球に自治を取り戻しましょう!」若い女性が聴衆の前で演説していた。
「そうだ! そうだ! 地球は我らのものだ!」
「マコウ人の支配は受けないぞ!」
聴衆はそれに応じて叫んだ。
 最近では下火になっていた地球自治運動がまた活発になっていた。それは白井香音という若い女性の活動家が現れたからだった。彼女は20歳過ぎでか弱く見えていたが、アグレッシブに活動して運動を盛り上げていた。彼女のことは「地球自治運動の女神」としてマスコミに大いに取り上げられていた。しかもアイドル的な大人気だったので、下手に手を出して大騒ぎになるのを恐れた地球取締局は見て見ぬふりをしていた。
「地球自治運動の女神か・・・。一度、記事にしてみるか。」取材を続けるフリー記者の翔はつぶやいた。

 地球取締局には地球自治運動を主に取り締まる部署があった。それは治安部というところだった、そこは取締局とは半ば独立して捜査して多くの地球人をとらえて拷問を受けさせるところで有名だった。そこの責任者はヤールー部長だった。彼は白井香音の活動を忌々しく思っていた。
 テレビ番組に特集が組まれ、彼女のことが取り上げられていた。彼女が群衆に呼びかけ、人々が熱狂する様子が放送されていた。そのエネルギーはただならぬものがあった。その放送を部長室で見ていたヤールー部長は眉間にしわを寄せた。
「自治運動の活動を活発にされたら治安が悪くなる一方だ。若い芽は早く摘み取らねば。」ヤールー部長は考えを巡らせた。地球自治運動は大きくなる前に弾圧するに限る・・・それが彼の考えだった。
(白井香音をとらえて見せしめとして処罰すれば、大きな効果が上がるはずだ。いや、それよりもそれを利用して・・・)ヤールー部長はニヤリと笑った。


 街中に人だかりができていた。その中心には今や人気者になった白井香音がいた。彼女が街に出るだけで今やこのような騒ぎになっていた。
(これは大変だ。でも彼女に話が聞きたい。果たして彼女はどれくらい真剣に考えて自治運動に取り組んでいるのか。)そう思った翔は何とかその人ごみの中に入り込んだ。
「フリー記者の佐藤翔といいます。お話を伺わせてください。」翔は、忙しく走り回る香音に何とか名刺を渡した。
「だめ、だめ。彼女は忙しいから・・・」」周りの者が翔をシャットアウトしようとした。だが翔はそれにも負けずに、
「自治を取り戻す展望についてはどうですか? ぜひあなたの考えを読者に届けたいんです!」と必死に話しかけた。その熱意が通じたのか、香音は質問に答えるために振り返って立ち止まってくれた。
「今後の展望については・・・」彼女は自分の考えを熱心に語り始めた。翔は相槌を打ちながらそれを聞いていた。それは短い時間ではあったが、
(この人は地球の未来について真剣に取り組んでいる。ただマスコミに持ち上げられた中身のない評論家とは違う。)翔は彼女の真剣な思いを感じることができた。
「ありがとうございます。読者にあなたの考えを伝えられます。」翔は頭を下げた。
「こちらこそ・・・。多くのマスコミの皆さんは私個人のことばかり知りたがって、肝心のことを聞いてくれないのよ。あなただけだわ。こんなことを聞いてくれたのは。佐藤翔さんでしたね。あなたがしっかり記事にしてね。」香音はニッコリ笑ってそのまま群衆を引き連れて行ってしまった。その様子を見ながら、
(ただ彼女個人に興味があってついていく人も多いだろう。いやほとんどそうかもしれない。だが彼女は自分の考えをしっかり持って活動している。少しでも多くの人に自分の考えを広げようとしている。彼女のような人が今後の地球を導くのかもしれない・・・)翔はそう思った。


 香音の活動は華々しかったが、ついにそれが止められる日が来てしまった。
彼女が街で演説をしていると、いきなりマコウ人の取締官がそこに現れた。
「白井香音だな。治安保護法違反、扇動罪、反逆罪など多数の犯罪の容疑がかかっている。お前を逮捕する。大人しく来い!」取締官が言った。周囲で群衆がブーイングをしていた。
「わかりました。一緒に行きます。」香音は冷静に言った。
「よし。では。」取締官は香音に手錠をかけた。それでますます群衆は騒ぎ出した。暴動でも起ころうかという雰囲気だった。しかし彼女は群衆に向けて言った。
「みなさん! 私は逮捕されますが地球自治運動が終わったわけではありません。私がいなくなっても続けてください。この地球を私たちの手に取り戻すために。私も裁判を通して自分の考えを訴えていくつもりです。みなさん、一緒に頑張りましょう!」
すると群衆から
「そうだ!」「みんな頑張るからあなたも頑張って!」「マコウ人に負けるな!」と声援が飛んだ。取締官はその騒ぎの中、群衆をかき分けて香音を連行していった。

 その様子はテレビのニュースで伝えられた。
「ついに逮捕されました。白井香音さんが当局に逮捕されました。」緊急ニュースが伝えられた。画面にはフラッシュの光を浴びた香音が映し出されていた。彼女の両手には漆黒の手錠がはめられ、その左右には治安部の取締官がしっかり捕まえていた。
「これまで地球自治を訴えていた彼女が逮捕されたことで、自治への道がまた遠のくことになるでしょう。」アナウンサーが現地でレポートしていた。画面に香音の顔が大きく映し出された。彼女はその顔をしっかりと上げ、恥じることのなく堂々と歩いていた。
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登場人物紹介

半蔵 (井上正介) 闇のお頭 笠取荘という旅館で番頭として働いている。

疾風 (佐藤 翔) 闇の者  普段はフリーの雑誌記者

児雷也 (田中 令二) 闇の者 メカ担当 普段は田中運送社の社長

霞 (渡辺 飛鳥)  闇の者のくノ一 普段は雑誌モデル

佐助 (山本 健)   闇の者  普段は地球大学新東京校の大学生。笠取荘でアルバイトをしている。

リカード管理官  マコウ人 総督府のナンバー3  地球取締局を統括している。

大山 文明 参事  地球代表部のトップ 

サンキン マコウ人 地球取締局 局長

ジャコー 地球取締局 取締官

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