真実

文字数 1,212文字

だからだろう
「どのような事故だったのですか?」とリズに訊かれて百合子は落ち着きなく、両手を組んだりほどいたりする。
「どんなって、よくある衝突事故だろう」
「そうだけど、私が知りたいのは原因よ。例えば馬車の方がよそ見をしてたとか、子どもが飛び出してきたせいだとか……」なぜそんなことを訊くんだと言いたげなラブに、具体例をあげて説明するリズを、百合子は怪訝な表情で見つめる。

ーーーどうしてそこまで知りたがるのかしら。

病院から出た誠さんが事故をおこし、被害者の女の子は亡くなった。当然悪いのは加害者である誠さんであり、もっと責められるべきは、彼に「出ていけ」と言い放った百合子自身に違いない。
最も悪いのは誰なのか明白なうえに、ここまでの話で百合子の抱える後悔が、どんなものかはっきりしたはずなのに、これ以上なにをーーー?
そう彼女は思い、『でも』と考え直した。

ーーー私がきいて知っている限りに、詳しく事故がおきた状況を話せば、加害者である誠さんの印象を、少しでも良くすることができるかもしれない。そもそも見方を変えれば、彼こそが本当の被害者だと言えるような事故だったじゃないか。

そう思うと、少しだけ勇気が湧いてくる。見えない何かに背中を押されるようにして、百合子は話し始めた。
「あの日は、朝からずっと雨が降っていたの。台風ほどではなかったけれど、傘がないと困るくらいの雨だったわ」
「雨の日の事故……」硬い声で呟いたリズは、しばらく何事かを考えるかのように、宙の一点を見つめていたが、やがて「待ってて下さい」と言い残して席を立つと、すぐに1枚の紙とペンを手に戻ってきた。
「どのような道で事故がおきたのか、教えてもらえないでしょうか」控え目な頼み方とは裏腹に、リズは手にしたそれらを百合子の方に突き出してくる。こちらに拒否権はなさそうだとため息混じりに受け取って、彼女はペンを走らせた。そうして出来上がった地図を元に説明していく。
「事故がおきたのは、2つの道を繋ぐこの細い脇道と、右側の坂道が交わるこの角のところよ」百合子はそこにバツ印をつけてペンを置いた。
「左側の坂道から、ここに向かって脇道を走っていた女の子と、坂道を直進していた誠さんの車がぶつかったの」話終えて百合子は眉間を揉みほぐす。しらぬ間に深い皺が刻まれていたらしく、顔を上げるとリズの怯えたように震える瞳と目が合った。
「その女の子はどうして走っていたんだ?」逃げるように俯いてしまったリズに代わり、ラブが百合子の顔色を伺うように尋ねてくる。
「傘を持っていなかったからよ」
「朝から雨が降っていたのにか?」信じられないというように目を丸くしたラブにつられて、百合子の声も大きくなった。
「そうよ。事故は夕方におきたから、朝傘を持って家を出たのだとしたら、おかしな話でしょう」同意を求めるようなその言い方には、傘を持たずに走っていたという女の子への、非難めいた感情が滲み出ていた。
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