怒り

文字数 727文字

もどかしさを抱えながら時間だけが過ぎていき、ついに誠さんは黙り込んでしまう。それまで手を握りながら励ましてくれていた声がなくなると、氷水をかけられたように悲しくなった。けれど同時に猛烈な怒りもわいてくる。こっちは骨盤が砕けそうな壮絶な痛みと闘っているのだから、その程度の発言で被害者面などしないでほしい。だいたいなんで私ばっかりこんな痛い思いをしないといけないのか、不公平だ。それに「触るな」とは言ったけど、本気じゃないことくらいわかれよ。ていうか、テニスボールマッサージが駄目なら、また手を握るとかしたらどうだっつうの。何もせずにそこで立ってるくらいなら、もういっそ……
「出てって!」誰にとは言わなかったが、明白な拒絶に気を悪くしたのだろう、しばらくして荒っぽいドアの開閉音が室内に響き渡った。
「酷いです!骨盤が砕けるなんて想像もつかないですけど、ものすごく痛いんですよね?それなのに苦しんでる百合子さんを、そのままほったらかして行っちゃうなんて……」とは、話をきいていたリズの言だ。普通ならここで「でしょ!酷い男でしょう」などと続きそうなものだが、百合子は黙ったまま紅茶で渇いた喉を潤した。すっかり冷たくなったそれは味も香りもしない。
「紅茶のおかわり淹れてきますね」空のカップを回収し、新たに淹れたものを持って戻ってきたリズは、カップを机の上に置いてから唐突に「ふふふ」と笑う。
「どうしたの?」怪訝に眉をひそめる百合子を前にして、リズは困ったような笑い顔で言った。
「いえ、なんていうか、怒鳴られたくらいで出て行っちゃうなんて、まるで拗ねた子どもみたいだなと思って」ただの、悪気のない感想だ。けれどその無邪気な口ぶりが、百合子の心の導火線に火をつけた。
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