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どのくらい時間が経っただろう。道の端っこに移動し、しゃがみこんで膝を抱えていた百合子は散らばった菊の花を見てガシガシと頭を搔く。
後悔している時の癖だ。

なんの罪もない花に八つ当りをしたことには気が咎めるけれど、片付けるのもシャクだわ。

太く長いため息が、白い靄のようにたゆたい霧散する。

やり場のない気持ちも、こんなふうに消えていってくれたらどんなにかーーー

儚い望みは一陣の風に砕かれた。目を瞑った百合子の顔に細かな砂利が吹きつける。髪を束ねているからむきだしの肌にチリチリと痛い。風がおさまり目を開けると視界がチカチカした。何かが顔の近くを飛んでいる。煩わしくなって百合子が手で追い払う仕草をすると、金色をした光の玉が人差し指にとまった。とまったと言ってもなんの感触もなく、ただ呼吸をするように明滅している。その様はまるで、初夏の頃に清流の近くで見る蛍を連想させた。
飛びたったその光はしばらくの間、百合子の顔の周りを漂っていたが、やがてスイスイと前に飛んでいく。
「待って」立ち上がり、百合子は夢中で追いかけた。見失わないよう瞬きも忘れて。少し行くと坂が平坦な道に変わり、夕闇が一段と濃くなる。道の両側に民家が増えてきたせいだろう。外灯もまばらで人通りもほとんどない道だが、時々明かりのついている窓から人の声や夕飯の匂いが流れてくる。それらに励まされ、百合子の心細さもだいぶほどけてきた頃、暗かった道がにわかに明るくなってきた。車のライトではなく、どこかに強い光源があって、そこから光が溢れてきているような。不思議に感じて百合子が前方に目をやると、道の先に右に折れる脇道があり、光はそこから放たれていた。前をゆく蛍のような光は、脇道に向かってどんどん速度をあげていくが、対照的に百合子の歩みはのろのろと、ついには止まってしまう。暴力的な光源に近づく勇気がなかった。脇道まで後数メートルの距離で立ち止まり、もどかしそうに唇を噛む百合子をぐんぐん引き離して、蛍のような光はついに見えなくなった。
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