文字数 838文字

希望の光のように感じていたのに……。

落胆して肩をおとし、百合子は爪先を見た。強い光源に溶けるようにして消えた、蛍のような光のことなどなかったことにして、帰らなきゃとわかっているのに一歩も動けずにいる。うまく気持ちの切り替えができずに立ち尽くしていると、それまでぼんやりと明るかった地面が暗く陰った。心なしか温度まで下がったように感じ百合子が顔を上げると、あんなに眩しかった光が消えている。

一体どういうことなのーーー?

好奇心に突き動かされて走り、道を右に折れて脇道に入った百合子は、信じがたいものを目の当たりにして息をのんだ。なんの変哲もない富士山と桜が描かれたマンホールが、青白い揺らめく炎に包まれている。夕闇の効果も手伝い、異様な妖しさを醸し出しているそれはひどく幻想的で、百合子は目をこすり瞬きをくり返した。到底受け入れがたい光景を前にして

さっきの蛍のような光もこれも、自分が創りだした幻なんじゃないの……?

そんなふうに疑いすら抱きかけたが、炎は消えていないし、いなくなったと思っていた蛍のような光も、炎に覆われたマンホールの上を飛んでいる。幻ではないことを証明する事実に勇気を得て、百合子はマンホールの前にしゃがみこむと、炎に手を近づけた。普通の火とは違って、触っても熱くなくほんのりと温かい。百合子が嬉しそうに口許を綻ばせ、焚き火にあたるみたいに冷えた指先を温めていると、突然ゴトッという音がしてマンホールの蓋がはずれた。ゴリゴリと地を削るような音をたてながら横にスライドしていく蓋を、百合子は上半身を仰け反らせて見ていたが、すぐに「あ!」と叫び四つん這いになると、蓋がズレてぽっかりと開いた穴の中に手を突っ込む。ふわふわと飛んでいた蛍のような光が、マンホールの中に入っていったのを捕まえようとして。けれど広げた掌の中に光はなかった。諦めきれずに百合子は炎の消えたマンホールの穴に顔を近づけて目を凝らすが、全てを食らいつくしてしまいそうな闇がたゆたっているだけだった。
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