第22話 雪女の女王
文字数 3,062文字
宇宙都市に肉体を置いてアバターで旅行に行く陽子や爽平とは異なり、ツララやY・Fは東北の寒さで凍死する可能性がある。雪が降りはじめる時期で、そのため陽子たちは笠や羽織などの防寒具を用意した。
「仮面は外したほうがいいわね。目立つから」
陽子が言うと、Y・Fは仮面を外した。
二人が並ぶと、まるで姉妹のようだった。Y・Fは恥ずかしそうであり、同時に嬉しそうでもあった。
「これで本人だと分かりませんね」とツララは皮肉を言った。
「仮面を外すことが変装になるなんて、不思議です」とY・Fは笑った。「旅行ははじめてなのでどきどきします」
仙台まで移動すると、雪が降っていた。はらはらと積もり、それは宇宙都市では見られない幻想的な風景だった。歩くと雪を踏みしめる、ぎしぎしという音がする。地図を開き、四人はツララの故郷へと向かった。
ところが、ここで驚くべきことが起きた。村に入る直前で、突然、ツララはやっぱり無理と言うと姿をくらましてしまったのだ。さっと雪になり消えてしまい、三人だけがその場に取り残されてしまった。
「最低です。後で布袋尊に言いつけてやる」とY・Fは目を燃やして言った。
「まあ、こちらが無理を言ったのだから」と陽子は笑った。「さあ、行きましょう。村長に挨拶しないと」
入村許可書を見せると、陽子たちは村のなかに入れてもらえた。雪女たちだけが暮らしているとても小さな村だった。さまざまな年齢の雪女がいたが、全員がたくましい女性たちであり老婆も雪かきをしていた。木のシャベルが雪をこする音が聞こえた。陽子たちは雪を踏みながら案内の若者についていった。
屋敷に案内されて、陽子たちは雪を落としてなかに入った。暖炉では柵の向こうで赤々と火が燃えており、マントルピースの上には三体の少女人形が飾られていた。
二階から、ひとりの女性が下りてきた。この屋敷の女主人のようで、雪の結晶が描かれた白い着物を着ている。髪は豊かで肌は大理石のように白く美しかった。
「ようこそ、雪女の村へ」と女性は言った。「私は雪女の女王です」
「ごきげんよう、私は二条陽子です」と陽子は挨拶した。
「申し訳ありません」とY・Fが困った顔をして言った。「あなたの娘は逃げだしてしまいました」
雪女の女王はおかしそうに笑った。そして、彫刻の彫られた安楽椅子に腰かけた。娘、という単語を聞いて陽子は驚いてしまった。ツララの家族を探そうと思ったが、さっそく見つけてしまったようだった。
「あなたたちが求めるのは恵比寿への挑戦許可書ですね」と雪女の女王が訊ねた。
「そうです」
「それでは課題を出しましょう」と雪女の女王は微笑んだ。「三日間、この村の娘たちと遊んでくださらないかしら。もちろん、現実世界の若者は昼は通学していることを知っています。なので日が沈んでから、二時間だけでも村の娘たちの相手をしていただきたいのです」
「そのようなことでよろしければ」と陽子は同意した。
外に出ると、さっそく雪女たちが集まってきた。
はじめに集まったのは五歳から十五歳くらいの元気な女の子たちだった。女の子たちは全員が自分のカードを持っていた。そもそもこの仮想世界は娯楽が少ないようで、娘たちはカードでばかり遊んでいるのだ。
小学生くらいの娘たちだったので陽子は侮っていたが、さすがは江戸時代、彼女たちは予想を超えて強かった。九尾の狐を召喚しようとしたら手札誘発で弾かれてしまい、そのまま布陣を突破されて陽子は負けてしまった。
室町時代までは、先攻になると自由にカードを展開することができた。
しかし、江戸時代になると先攻といえども自由はなかった。相手の場に妖怪がいないからと警戒せずに妖怪を召喚したり効果を発動すると、すぐに雪女が飛んできて動きを止められたり、そのまま破壊されたりする。
直接攻撃が可能な状況で攻撃宣言をしても、ぱしりと凍らされてしまうのだ。
「お姉ちゃん、弱い」
娘たちから煽られて、陽子はむきになってしまった。手札誘発を回避しながら、村長の孫娘に託された殺生石の出番である。殺生石は攻撃力を一〇〇下げるだけではなく、効果で攻撃力がゼロ以下になったカードを破壊する。
雪女は攻撃力一〇〇以下のカードがほとんどなので、一網打尽で全滅である。
「おとなげない」と爽平はあきれていた。
「爽平君から言われたくはないわ」と陽子は反論した。「だって、あなたは村に来て一度も負けていないわよね」
楽しい三日間が過ぎた。村の娘たちは本当に元気で、陽子は手札誘発を使うためのこつを彼女たちから教わった。課題が終わり、村の若者とお茶を飲んでいたときだった。集会場に雪女の女王がやってきた。
「私も混じっていいかしら」
陽子たちは、すぐに彼女のために場所を空けた。
雪女の女王には、まだ小学生だと思われる二人の女の子がつきそっていた。それぞれ蜜柑と葡萄が描かれた着物を着ており、顔はツララと似ていた。すでに陽子は二人と対戦していた。はじめは引っ込み思案な二人だったが、対戦していると打ち解けてきて今では村でもっとも仲の良い二人だった。
「ツララは元気にしていますか?」と雪女の女王は訊ねた。
「彼女にはずいぶんと助けられました」と陽子は正直に言った。「私の玉藻前も彼女が勧めてくれたのです」
雪女の女王はツララについて語りはじめた。昔から野心が強くて、何か大きなことに携わりたいと毎日のように口にしていたこと。都会に憧れ、天気の話しかしない東北の村での生活にうんざりしており、村から出ることを夢見ていたこと。布袋尊から手紙が来たときに、無断で村を飛びだしたことなどを。
「私たちは、本当に驚いたのですよ」と雪女の女王は楽しげに笑った。「布袋尊は絶対にツララに仕事を任せたりはしないだろうと思っていましたから。村に帰ってきて、いじけたり暴れたりするツララのことばかりを想像していたのです。それなのに、布袋尊はツララを用いてくださったのですね」
「そういえば」と陽子は疑問に思っていたことを訊ねた。「布袋尊というのは、どのような人物なのですか? 誰もが彼のことを口にするのですが」
雪女の女王は誇らしげに言った。「彼はこの世界の最高指導者ですよ。私も会ったのは一度だけで彼のことを詳しく知っているわけではありません。しかし、彼の治めるこの世界に私は満足しています」
雪女の娘たちが泣いたので、陽子たちはもう一日だけ村に滞在した。別れ際に雪女の女王は陽子に小さな木箱をくれた。木箱を開けると雪女の構築済みデッキが入っていた。雪女の女王だけではなく、林檎の雪娘、蜜柑の雪娘、葡萄の雪娘の三枚も入っている。
「特に林檎の雪娘は強力な手札誘発カードです」と雪女の女王は言った。「他のカードもあらゆるデッキで邪魔になりません。打ち方さえ間違えなければ、相手のカードの流れを一撃で止めることができます」
雪女の村から仙台の宿に戻ると、ツララがしおらしく待っていた。Y・Fは腰に手を当ててツララに説教をはじめた。
「あなたには村の長の娘、しかも長子であるという自覚が足りません」
「生まれた順番なんて関係ない」とツララは頬をふくらませた。
陽子は林檎の雪娘を取りだすと、怒っているツララと見比べてみた。爽平が似ていると言って笑いだした。