第23話 狐火の残党

文字数 3,437文字

 陽子たちは恐山へと向かった。
 電子図書館で本を読んだので、室町時代で殺生石が破壊されてしまい狐火たちが散り散りになったことを陽子は知っていた。残された狐火は日本各地で他の人間や妖怪たちに混じって暮らしているようだった。彼らは指導者を滅ぼされて故郷も失ったのだ。
 しかし、十九世紀のユダヤ人たちのように、狐火も逃げに逃げて自分たちの新しい拠点を見つけたようだった。それが恐山であり、ずいぶんと北まで追いやられてしまったものの彼らは諦めずに自分たちの村を作ったそうだ。
 陰陽師に玉藻前を殺され、仏教徒に殺生石を割られてばらばらになった彼らはどのような生活をしているのだろう。
 陽子は狐火たちが気になり、実際に訪ねてみることにしたのだった。
 とはいえ、加奈にカードゲームを禁止されてしまい、期末試験に向けて勉強していたので陽子が実際に恐山に向かったのは十二月の末だった。東北を旅するには相応しくない季節で、道は雪で覆われてしまっていた。そのため、陽子たち四人は雪をかき分けながら村がある山奥へと進む必要があった。
「慣れてくると楽しいわね」と陽子は腰まで雪に埋もれて笑った。
「もし二人が現実世界の住人でなければ」とY・Fがあきれた顔をして言った。「陽子さんも爽平さんも死んでいます」
 Y・Fが管理者権限で凍死しないようにアバターの設定を変えると、雪女なのに凍えているツララを袋に入れて陽子に渡した。村まで四十分以上もかかった。仮想世界とは思えないほど困難な旅だった。
 山の麓に着くと、陽子たちは村の若者に村長の屋敷まで案内してもらった。村長は八十歳を超えていると思われる高齢の老婆だった。高校生くらいの孫娘に支えられながら暖炉のある洋間まで下りてきた。
 陽子は村長から話を聞いた。彼女は実際には四百年ほど生きており、室町時代の思い出も殺生石の記憶もあった。村長の話に耳を傾けながら、陽子は彼女があの共に仏教徒と戦った村長の孫娘であることに気がついた。
 久しぶりに話をして疲れたようだった。孫娘は村長を二階で休ませて、また陽子たちがいる客間に戻ってきた。
「貴方の名前を伺ってもよろしいかしら?」と陽子は訊ねた。
「ユートン(雨桐)です」と孫娘が答えた。「陽子さんたち宇宙都市の住人は、過去に戻ることができるのですね。玉藻前様とは会ったことがありますか?」
「ええ」と陽子は言った。「でも、玉藻前のことなら私よりも爽平君のほうが詳しいはずよ」
「爽平さんは友人です。つきあいは長いです」
「そうなの?」と陽子は爽平とユートンを交互に見た。「でも、冷静に考えたら初対面のほうが不思議ね」
 五人は暖炉の前で談笑した。
 爽平は玉藻前の人物や陽子が九尾の狐を切り札に使うことを話した。もちろん、ユートンも陽子と同じ九尾の狐の使い手だった。この村でもアマテラスカードは重要な娯楽で、民族愛のために玉藻前と狐火が人気のようだ。
 村は貧しいものの、毎年、管理者が来ては村人にカードを配るそうである。
 爽平がユースランカーになったときの話をはじめたときだった。ひとりの少女が勝手口から慌ただしく入ってきた。
 この少女は他の人間に化けている狐火と同じように狐の耳と尾があったが、尾の数が他の狐火とは異なり九本も存在していた。灰色の着物を着ていた。赤で龍が描かれていたが、それでも貧しげな着物だった。
 陽子を見ると、少女は驚きの声を上げて駆けよってきた。
「はしたないわよ」とユートンがあきれて言った。
「私、あなたに会ったがことがあるわ。千年前くらい前だけど」
 少女の姿に化けた九尾の狐はシェンメイ(神美)と名乗った。陽子の手をひしと握ると、部屋の端に置いてあった椅子を抱えてきて彼女のとなりに座った。そして、仮面を外しているY・Fを見て目を丸くした。
「もしかして、あなたは九尾の子狐?」と陽子は訊ねた。
「違うわ。今は私が九尾の狐よ」とシェンメイは誇らしげに言った。「私、母が殺生石にされてからずっと逃げまわっていたわけ。とうとう悪い仏教徒に捕まったのだけど、今の村長さんが助けてくれたのだわ」
「たいへんだったわね」と陽子は同情した。
「たいへんだったわよ」とシェンメイは肩をすくめた。「死ぬかと思ったわ。布袋尊が仲立ちしてくれて何とか村を再興。できているのかしら? まあ、いいわ。とにかく、私たちはこうして生きているわけ」
「不遇ね」と陽子は明るい少女に気圧されてしまった。
「そう、不遇なの」とシェンメイは文句を言った。「玉藻前は人気があるのに狐火は扱いがひどいと思うわ。もっと優遇されてもいいはずなのに、優遇されているのは狸に魂を売った狐火だけだというわけね。革命が必要よ」
「革命は駄目よ」と陽子は慌てて言った。
「どうして?」とシェンメイは首をかしげた。「現実世界では革命は善いことで、積極的に狙うことではないの?」
「それは」
「陽子はマルクス主義者ではないの?」
 また、明日も来てくれる?
 シェンメイは陽子がとても気に入っているようだった。陽子と爽平は屋敷を接続地点に設定してから次の日も狐火の村に来る約束をした。そして、実際に次の日に接続するとシェンメイが客間で待っていた。
 薪が足りない、七福神のいじわるとぶつぶつ言いながら暖炉をかき混ぜていた。
「宇宙都市のことを私に話して」とシェンメイはねだった。「宇宙都市には重力がないからみんなぷかぷか浮かんでいるというのは本当なの?」
「ぷかぷか浮かんではいないわ」と陽子は答えた。
「でも、重力はないのでしょう。重さもないのでしょう」
「重力はなくても質量はあるわ」と陽子は説明した。「地面には落ちないけど、それでも重いものは動かしにくいの」
「聞いたことがあるわ。重力質量と慣性質量ね」
「残念だけど完璧に間違っているわ」と陽子は困った顔をした。「重力質量も重力がなくても消えたりしないのよ」
 陽子は数式を書いて、これが重力質量でこれが慣性質量なのだと説明した。シェンメイは目を輝かせながら数式を見ていた。しかし、彼女は神秘的で魔術的な記号に感動しているだけで数式を理解できる知性はなく、重力質量と慣性質量、そしてものが落ちる仕組みを理解している気配はなかった。
 実際、最後に陽子は宇宙都市では磁石であらゆるものが固定されているので、ものはぷかぷか浮かんでいないのだと説明したら彼女は首をかしげた。
「私、夢があるの」とシェンメイが言った。
「それは何?」と陽子は訊ねた。
「革命を起こして、陰陽道と仏教を日本から駆除するの」とシェンメイが目をぎらぎらと輝かせながら言った。「ねえ、太陽系にある日本では革命が起きて仏教は駆除されていると聞いたけど本当かしら」
「嘘よ」と陽子は即答した。
「そうなの?」とシェンメイは残念そうに言った。「私、宗教のない世界に行きたいわ。そこでは人々はどのような生活をしているのかしら。私、太陽系で信仰されている科学というのにとても興味があるの。太陽系では共産主義が勝利して宗教がなくなったから差別も貧困も戦争もないのでしょう」
「科学も宗教のようなものよ」
「なら、正しい宗教なのね」
 そばで聞いていたユートンはあきれているようだった。ごめんなさい馬鹿で、と陽子に申し訳なさそうに謝るとシェンメイに温めた牛乳を与えた。
 それまで陽子は気がつかなかったが、普通の原住民たちもウインドウ・パネルを自由に使うことができるようだった。話を聞くと、制限はされているものの、そこから家具や食糧を買うことすらできるようである。
「ねえ、陽子、正月も来てくれたら私は嬉しいわ」とシェンメイは頼みこんだ。
「少しくらいならいいわよ」と陽子は言った。「何か食べたいものはある? 差し入れしてあげるわよ」
「本当に?」とシェンメイは嬉しそうに手を叩いた。「なら、鮭が欲しいわ。私、鮭鍋がとても好きなの」
「分かったわ」
 次の日、陽子は大きな鮭を三匹ほど持っていった。村人たちの分もあれば嬉しいのだけど、とシェンメイはねだる目的で上目遣いで陽子を見た。ユートンはシェンメイを叱った。陽子さんも無限の富を持っているわけではないのですからね、あなたは図々しすぎるのですよと困り顔で腰に手を当てて注意した。
 とはいえ、ちょうど仮想世界では管理者として無限の富を持っているY・Fがいたので、村人の全員に四匹の鮭が配られることになった。彼女が布袋尊に手紙を書くと、何とか許可されたということである。
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登場人物紹介

【二条陽子】淑景館の令嬢。勉強も運動も完璧で、中学時代は学園の女王として恐れられていた。高校一年生の時に謎の人工知能に軟禁されて、それが理由でアマテラスカードをはじめる。七福神の全員と出会うように星月紅から言われているが、彼女には何か秘密があるようだ。切り札は玉藻前。

【北原加奈】陽子の親友。幼い頃に淑景館に出入りしていたことで陽子と運命の出会いを果たす。陽子と同じ高校に進学してからも友情は続き、彼女から絶大な信頼を得ている。切り札はぬらりひょん。

【伊藤爽平】仮想世界アマテラスワールドで陽子が出会った少年。アマテラスカードに詳しくない陽子にいろいろなことを教えてくれる。天狗や火車、さまざまな妖怪を使いこなすが真の切り札は別にあるらしい。陽子のことが好き。

【大鳥勇也】財閥の御曹司で、陽子の幼馴染み。ユースランキング一位の実力者で、彼を慕う多くの取り巻きと行動している。伊藤爽平の好敵手だが、今のところ常に勇也が勝っているようだ。切り札は酒顚童子。

【ツララ】陽子の案内役の雪女。アマテラスワールドで生まれた原住民と呼ばれる人工知能で、陽子がアマテラスワールドで迷わないように助けてくれる。最高管理者である七福神に良い印象を持っていないようだが。

【Y・F】内裏にいる狐の面を着けた少女の人工知能。伊藤爽平と仲良しで、よく彼から遊んでもらっている。切り札は天照大神。

【伊藤舞子】爽平の妹。陽子に憧れてアマテラスカードをはじめたが、向いていないようだ。

【星月紅】八惑星連邦の指導者の一人で、太陽系の支配者。

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