第20話 弁財天の三雷獣

文字数 4,384文字

 Y・Fが本気を出したらしい。そのような噂が豪華客船で流れはじめた。
 日本神話大会がはじまって三日目のことだった。赤い振り袖姿で白い頭巾を被り、いかにも変装しているふうを装っていたが、狐の面を被った、明らかにY・Fと思われる少女が船内に現れては対戦を申し込んでいるようである。驚くほど強く、あの三原もなすすべもなく打ち倒されてしまったそうだ。
 四日目以降から、その少女は一戦も負けずに勝ち続けていると噂である。間違いなくY・Fだろうと言われながらも、Y・Fにしては強すぎると評判だった。
 そして、表舞台のY・Fの強さも日々高まっていた。
 三原戦以降は勝ち続け、次第にライフカードを一枚も失わなくなってきた。怖い、と選手たちから恐れられるようになった。彼女のカード回しに凄みが生まれて、観戦者も騒ぐことなく静かに対戦を見守るようになった。いつのまにか、Y・Fへの挑戦権を得たトーナメント優勝者が生け贄と呼ばれはじめた。
 そして、事件が起きた。トーナメント優勝者を危なげなく完封すると、Y・Fは観客席にいた弁財天に宣戦布告したのだ。
「あなたが好戦的であるのはめずらしいわね」と弁財天は楽しげに微笑んだ。「私はかまわないわよ。他ならない、あなたの頼みですもの」
「それでは、もう一つだけ我が儘を許して下さらないでしょうか」
「何かしら?」
「あなたの三雷獣と、私の天照大神で対戦していただけませんか? 最終日に、お互いに全力を尽くして戦いたいのです」
 弁財天の顔から笑みが消えた。
「あなた、本当にY・Fなのかしら?」
「私はY・Fです」と狐の仮面を着けた少女は言った。
「分かったわ」と言うと、弁財天は立ちあがった。「私とあなたが全力で戦えば、確かに最高の見世物になるでしょう。しかし、忘れないように。昔のカードと今のカードでは強さが根本的に異なるわ。多少は強化されているとはいえ、天照大神では三雷獣に勝てないと思いなさい」 
「ありがとうございます」
 それを見ていた高校生たちは、これはおもしろいと騒ぎだした。そして、情報は嵐のように広がったのだった。
 もともと、Y・Fは強い人工知能とは思われていなかった。ただ古いカードを担当するために制作された人工知能なのだと思われていた。しかし、本気を出すと強いのだという噂は絶えなかったのである。それが本来の強さを発揮したと評判になっており、そこで二人の対戦が決まったので興味を惹いたのだ。
 そのため、七月三十一日のY・Fと弁財天の対戦は、豪華客船の乗客だけではなくてアマテラスワールド全体に公開されることになった。
 当日、加奈たちは観戦のためにラウンジに集まっていた。
 その場に陽子はいなかった。彼女は用事があるということで来なかったのだ。加奈は陽子からすべてを聞いており、用事の真相についても知っていたが、それは爽平や舞子など他の人たちには秘密だった。
 舞子は不満げな顔をしていた。せっかく憧れの陽子と知り合い、Y・Fという無二の親友もできたのに、数日前から二人が何かをはじめて仲間はずれにされていたからである。
 ラウンジに集まったのは、加奈、爽平、舞子、ツララの四人だった。しかし、試合の時間が近づくと勇也たちの一団が加奈たちの近くにやってきた。そして、四人のとなりに陣取りはじめたのだった。
「他にも場所はあると思うけど」と爽平が無愛想に言った。
「いっしょに観戦しよう」と勇也はため息をついた。「同じユースランカーなのだから、もっと仲良くしたいね」
 とうとう、対戦がはじまった。
 二人は対戦会場の階段を上がり、椅子に座るとデッキを置いた。
 そのとき、誰もが予想しなかったことが起きた。Y・Fは狐の仮面を外すと、脇にある机にことんと置いたのだ。
 黒い瞳の美しい少女が現れた。容姿は陽子に似ており、凜とした品があった。
 ラウンジにどよめきが広がった。
 これまで誰もY・Fの素顔を見たことがなく、もしかしたら彼女のアバターには素顔はないのではないかと思われていた。
 勇也が苦笑して肩をすくめた。爽平ははじめてY・Fの素顔を見て驚いていたが、彼女と陽子が似ていることには気がつかなかった。
 コイントスが行われて、弁財天が先攻になった。
 弁財天は素早く布陣を整えると、Y・Fに何もさせないまま一戦目を制した。三ターン目が来たときには、すでにY・Fの負けが確定していた。
「弁財天、強い」と舞子が悔しそうに言った。
「あれが三雷獣だよ」と爽平が解説した。「鵺(ぬえ)、以津真天(いつまで)、陰摩羅(おんもら)鬼(き)を先攻で展開して相手を制圧する。しかも、三枚とも打点が一四〇もあるから攻撃力一二五ラインで戦う天照大神デッキだと簡単に打点が届かない。一ターン目に鵺と陰摩羅鬼が二体とも召喚されたのも苦しいな」
「それに手札もよくなかったわ」
 大型電子画面には対戦者の手札も表示されていた。Y・Fの手札には三種の神器も三種の神器を特殊召喚するためのカードもなかった。そのため、彼女が得意とする展開ができずに完全に制圧されたのである。
 しかし、二戦目から流れが変わった。
 Y・Fの先攻だった。先攻なので、相手の場にはカードがなかった。そのため、Y・Fは自由にカードを回して自分の布陣を整えることができた。今回は、はじめから手札に草薙剣と八尺瓊勾玉が揃っていた。様子を見るために少しだけカードを回してから、後衛左と後衛右に三種の神器が設置された。
「はじまる」
 爽平のつぶやきと共に、カードの大量展開がはじまった。次々にデッキからカードが召喚されて強固な布陣が構築される。
「正気か?」
 ある妖怪が召喚されたときに勇也がつぶやいた。加奈が見ると、勇也らしくない残虐な笑みが浮かんでいた。
「爽にい、あのカードは何?」と舞子が後衛中央に召喚された上級妖怪について訊ねた。
「見たことはある気がするけど」と爽平は眉をひそめた。「詳しくは知らない」
「天(あめの)岩屋(いわや)だよ」と勇也がとなりから口を出した。
「効果を読む限り、それほど強そうには思えないが」と爽平が言った。
「五ターン目が来れば分かる」と勇也が馬鹿にしたような笑みを浮かべた。「五ターン目が来ればの話だが」
 二ターン目、Y・Fは弁財天の動きを妨害しながら彼女の攻撃に耐えた。そして、三ターン目がはじまった。Y・Fは効果を発動させながら、カードを回した。互いに効果を発動したり打ち消したりした。
 勝利の女神はY・Fに微笑んだようだった。弁財天の切り札である鵺が効果により破壊されてしまった。Y・Fの場に天岩屋に重ねて『天照大神の君臨』が召喚された。それから前衛に強力な妖怪が召喚されて、弁財天の布陣が突破された。
 天照大神・草薙剣が相手の場を壊滅させると、そのまま殲滅の天照大神で弁財天のライフカードを削り切った。これで一勝一敗になった。
 三戦目がはじまった。
 前のゲームに負けた弁財天の先攻だった。彼女は以津真天を召喚すると、守りのカードを並べてから後衛に『骨女』を召喚した。着物を着た骸骨の妖怪だった。この妖怪には上級妖怪の召喚を封じる効果があった。
 骨女が場にある限り、Y・Fは上級デッキから妖怪を召喚できない。
「終わったわね」と加奈が言った。
「これが弁財天の強さだよ」と爽平が口元で指を組んだ。「はじめに上級妖怪を召喚しておいてから骨女を召喚する。こうして相手の上級妖怪の召喚を封じて、自分だけが上級妖怪で戦えるようにする」
「俺にはプレイングミスに見える」と勇也が肩をすくめて言った。「Y・Fのデッキは下級妖怪も十分に強い。上級デッキを封じても、それほど戦闘力は落ちない」
 勇也の言う通りだった。Y・Fは巧みに素戔嗚尊を召喚すると、攻撃力一五〇で弁財天の布陣を突破した。三ターン目に骨女が復活したが、四ターン目には効果で攻撃力を上げた天照大神で再び戦闘破壊。
 ライフカードを削り切るのに時間はかかったが、三戦目もY・Fの勝ちだった。
「天照大神、強くない?」と舞子がつぶやいた。
「天照大神は強いよ。弱いとでも思っていたの?」と勇也が言った。
 四戦目、再び弁財天が先攻になった。骨女は召喚せずに、上級妖怪である鵺と以津真天を召喚してY・Fを迎え撃った。
「持久戦になりそうね」と加奈は言った。
 天照大神は超高速デッキとして有名な短期決戦型であるのにたいして、三雷獣は相手との優位差を少しずつ広げて勝つ持久戦型だった。双方とも守りに強い制圧型なのだが、その戦略には大きな違いがある。
 しかし、四ターン目に弁財天のほうが損失を恐れずに果敢に攻撃した。天岩屋の上に重ねられた天照大神の君臨を何としてでも排除したいようだった。しかし、Y・Fは手札をすべて使い切り守り抜いた。弁財天は他にできることがなくなり、自分の場に三雷獣を二体残したままターンを終了した。
「終わったな」と勇也はつぶやいた。
 六ターン目がはじまった。Y・Fは天智天皇を召喚すると、鏡持ちの巫女を召喚してその効果により天照大神の君臨の上に持統天皇を重ねて召喚した。弁財天は効果で持統天皇を破壊しようとしたが、Y・Fは天智天皇の効果で破壊から守った。
 Y・Fは墓地で眠っていた天照大神、月読尊、素戔嗚尊の三枚をデッキに戻すことにより持統天皇の上に『神(かん)皇(み)産(むす)霊(ひの)尊(みこと)』を重ねた。
 Y・Fの場に神皇産霊尊が召喚された。
「ちょっと待て」と爽平は思わず立ちあがった。「どうして、まだ六ターン目なのに神皇産霊尊が召喚できる」
「天智天皇がいるからだろう」と勇也が冷たく言った。「天智天皇には召喚条件を無視して神皇産霊尊を「天皇」カードに重ねて召喚できる効果がある。もっとも、墓地から三貴子をデッキに戻す条件があるが」
「攻撃力二二〇」と加奈は愕然としていた。「手札を一枚捨てることで、相手妖怪の効果の発動を無効にして破壊する。もう、勝負は終わっているわよね。効果が封じられて、もう弁財天にできることは何もないわ」
 加奈の予想通りにゲームは進んだ。弁財天が効果を発動するたびに、Y・Fはそれを無効にして破壊した。弁財天はカードを回すことができなくなり、そのまま何も起きずに静かに対戦は終了した。
「悪魔みたい」と舞子は自分の身体を抱いた。
「勇也君、あなた今のY・Fに勝つことができて?」と加奈は訊ねた。
「こちらも天照大神を使わない限りは無理だな」と勇也は答えた。「WCGで天智天皇は禁止カードだった。神皇産霊尊までの流れが速すぎて、とても対応できない」
 弁財天は動揺していた。顔色が悪く、起きたことが信じられないようだった。ひたいに指を当てて考え事をしていたが、それから首を振り深いため息をついた。そして、静かに立ちあがったのだった。
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登場人物紹介

【二条陽子】淑景館の令嬢。勉強も運動も完璧で、中学時代は学園の女王として恐れられていた。高校一年生の時に謎の人工知能に軟禁されて、それが理由でアマテラスカードをはじめる。七福神の全員と出会うように星月紅から言われているが、彼女には何か秘密があるようだ。切り札は玉藻前。

【北原加奈】陽子の親友。幼い頃に淑景館に出入りしていたことで陽子と運命の出会いを果たす。陽子と同じ高校に進学してからも友情は続き、彼女から絶大な信頼を得ている。切り札はぬらりひょん。

【伊藤爽平】仮想世界アマテラスワールドで陽子が出会った少年。アマテラスカードに詳しくない陽子にいろいろなことを教えてくれる。天狗や火車、さまざまな妖怪を使いこなすが真の切り札は別にあるらしい。陽子のことが好き。

【大鳥勇也】財閥の御曹司で、陽子の幼馴染み。ユースランキング一位の実力者で、彼を慕う多くの取り巻きと行動している。伊藤爽平の好敵手だが、今のところ常に勇也が勝っているようだ。切り札は酒顚童子。

【ツララ】陽子の案内役の雪女。アマテラスワールドで生まれた原住民と呼ばれる人工知能で、陽子がアマテラスワールドで迷わないように助けてくれる。最高管理者である七福神に良い印象を持っていないようだが。

【Y・F】内裏にいる狐の面を着けた少女の人工知能。伊藤爽平と仲良しで、よく彼から遊んでもらっている。切り札は天照大神。

【伊藤舞子】爽平の妹。陽子に憧れてアマテラスカードをはじめたが、向いていないようだ。

【星月紅】八惑星連邦の指導者の一人で、太陽系の支配者。

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