第32話 大鳥勇也
文字数 3,280文字
対戦会場に入り椅子に座ると、見慣れた勇也の姿があった。しかし、淑景館などで顔を合わせる勇也とは別人のように感じた。
審判である着物姿の鬼が現れた。そして、陽子と勇也にルールの確認を行った。
「スタンダードルールでライフカードは六枚、上級デッキは十枚、下級デッキは五十枚で試合を行います。先に三勝したほうが対戦に勝利します。遅延行為、および対戦者を不快にする言動を禁止します」
分かりました、と陽子と勇也は言った。
硬貨が投げられて、対戦がはじまった。先攻は陽子だった。布陣を整えようとしたが手札誘発で妨害が入り、思ったように制圧できなかった。勇也のターンがはじまり、定石通りに酒顚童子を展開してきた。攻撃力を二〇〇まで上げて攻撃宣言。防御を突破されて陽子はライフカードを三枚破壊された。
しかし、まだ破壊されたのは三枚だけだった。勇也はターンを終了して、先攻である陽子のターンが回ってきた。
酒顚童子は攻撃力一五〇の上級妖怪で、三つの効果があった。一つ目は場にこのカード以外の酒顚童子が存在しているときに攻撃力を五〇上げる。二つ目は自分場の攻撃力四〇以下の妖怪が効果では破壊されなくなる。そして、三つ目は相手ターンに手札と自身以外の自分場のカードをすべて墓地に送ることで、ターン終了時まで攻撃力を三〇〇にして相手妖怪の効果を受けなくなる誘発効果だった。
陽子が九尾の狐を召喚して攻撃宣言を行うと、勇也は酒顚童子の三つ目の効果を発動した。この効果は有意差を大きく失うことがあるので使われるのは珍しい。しかし、攻撃力三〇〇で効果を受けない壁を作ることができるので、この三つ目の効果を発動させると自分にターンが回ってくる可能性は高くなる。
この対戦を加奈たちは自分たちの屋敷で観戦していた。加奈とツララにY・F、そして舞子の四人がその場にはいた。
「玉藻前は打点の低いテーマではありません」とツララが言った。「九尾の狐は攻撃力一六〇のカードとして扱えます。しかも、九尾の狐・二代目なら瞬間的に二五〇まで打点を上げることが可能です」
「でも、三〇〇までは届かないわね」と加奈は肩をすくめた。
「攻撃力三〇〇とかはじめて見るけど」と舞子が目を丸くしていた。「私、相手の打点が一五〇で心が折れるのに」
Y・Fが舞子に微笑んだ。そして、すぐに真剣な顔になると対戦が映されている大型電子画面に視線を注いだ。
「普通なら、ターンを終了してやりすごすところです」とY・Fは解説した。「ターンを終了すれば酒顚童子の攻撃力は一五〇まで下がります。そして、酒顚童子の三つ目の効果は一ゲームに一度しか使えません」
「でも、相手にターンを渡したくないのよねえ」と加奈がため息をついた。「勇也なら次の自分ターンで決めてきそう」
戦闘フェイズ、陽子は九尾の狐で攻撃宣言を行った。
そして、戦闘中に後衛に配置していた爆弾持ちの狐火の効果を発動した。勇也と陽子はライフカードを一枚ずつ破壊される。
さらに効果ダメージを受けたことで陽子は伏せていたカードを反転させて効果発動、狐火の悲鳴の効果で場に玉藻前が下級デッキから特殊召喚される。さらに、入れ換え狐火を手札から捨てて九尾の狐を九尾の狐・二代目と入れ換えた。
妖怪が入れ替わることで戦闘が中止される。次に九尾の狐・二代目で攻撃宣言、このとき墓地のカードを三枚デッキに戻すことで攻撃力を二五〇まで上げる。さらに、墓地に落ちた入れ換え狐火の二つ目の効果を発動して、戦闘を九尾の狐・二代目から玉藻前に入れ換える。玉藻前の効果発動、場の九尾の狐・二代目を墓地に送り、九尾の狐・二代目が持つ攻撃力二五〇を自身の攻撃力一二五に加える。
「攻撃力三七五。すごすぎる」と舞子はあぜんとしていた。
勇也は手札にある威嚇の中鬼を捨てて攻撃を無効にしようとするが、陽子は墓地にある激励の狐火の効果で攻撃無効を無効にする。
互いに発動可能なカードがなくなったので、戦闘処理が行われる。攻撃力三七五の玉藻前で攻撃力三〇〇の酒顚童子を戦闘破壊。破壊された酒顚童子は墓地に送られ、玉藻前の攻撃力は一二五に戻る。
「突破しましたね」とY・Fが言った。
「九尾の狐で戦闘に入ったのは誘いね」と加奈が解説した。「伏せたカードが怖かったから三つ目の効果を使わせたのよ」
陽子は大砲持ちの狐火を墓地に捨てて直接攻撃を行った。大砲持ちの狐火は攻撃のコストに使われたときに破壊できるライフカードを四枚にする。この効果で勇也のライフカードが四枚破壊される。陽子の手札はまだ残っていた。さらに連続攻撃でライフカードを全損させて、一戦目は陽子の勝ちだった。
このまま二戦目、三戦目も陽子は勝利した。試合は三勝零敗で陽子が制した。陽子の決勝戦進出が決まった。
放送が終わり、対戦会場から人工知能たちがいなくなった。勇也は椅子に座ったまま力なく姿勢を崩していた。顔が青白く、とても彼を慕っているクラスメイトたちに見せることができる姿ではなかった。
陽子はおもしろくて、勇也のぼんやりした顔をずっと見ていた。
「どうかしたの?」
陽子の視線に気がついて、勇也が身体を起こした。陽子は「何でもないわ」と言い、彼に微笑みかけた。
「一勝くらいはできると思った」と勇也は苦笑した。「WCGを憶えている? 俺はいつも君に負けていたけど」
「チーム戦ではいっしょになったこともあったわね」と陽子は言った。
「俺が負けて、陽子さんが挽回する。ちょっと情けなかったなあ」と勇也は当時を懐かしむように言った。「でも、それなりに楽しかったよ。当時、陽子さんは機械よりも機械みたいで怖かったけど」
「今はどうかしら?」
「精密機械だね。未来予知のできる」
陽子と勇也は昔話で盛りあがった。三種の神器が規制されたときの話や、素戔嗚尊が活躍したときの話をした。ロシア人が強くて、彼らのカードに不正がないか夜通し議論が続いた記憶は懐かしかった。
五歳の頃からつきあいが続いていながら、陽子は自分が勇也と二人だけで話をした経験がないことに気がついた。こうして、二人だけで会うのもはじめてだった。
「そういえば、勇也君はどうしてカードゲームを続けているの?」と陽子は訊ねた。
「三つのことを必至でやるよりも、一つのことをのんびりと続けるほうが好きなんだよ」と勇也は苦笑した。「正直、俺は玲治やリーファのようにいろいろなことに手を出している連中が理解できないな」
「視野が広いのは好ましいことではなくて」と陽子は笑った。
「たくさんの分野を知り体験しているよりも、たくさんの人を知っているほうが視野が広がるというのが俺の考え。社会人やクラスメイトを相手にカードを切っていると、おもしろい話もたくさん聞ける」
将来、勇也は自分で仮想世界を設計したいのだという。
今の日本国や太陽系にある仮想世界に不満があるというのではなく、ただ彼は自分の手で世界を創造することに興味を抱いているようだった。もっとも彼の想像力は今でも止まることなく膨らみ続けていて、最近はただ仮想世界を設計するだけではなく、それを展開する宇宙都市まで建造したいと思っているようだ。
「まだ、仮想世界の可能性は組み尽くされていないと思う」
彼の話を聞いているうちに、きっと大鳥勇也という男の子は自分で新しい国を創りたいのだろうなあという気が陽子はしてきた。非現実的な夢、というわけではなかった。彼には指導力もあれば家柄もあった。
もしかしたら、それほど遠くない未来に四つ目の日本が生まれるかもしれない。
分裂を続ける日本。日本皇国が望んでいるような、すべてを統一する一つの日本が生まれるのとは逆の未来もある。
そのようなことを考えながら、陽子は勇也の話を聞いていた。