第11話 三つの勢力

文字数 3,053文字

 加奈の部屋で、陽子は四日間に起きたことを話し終えた。加奈はリスがどんぐりを抱えるようにティーカップを両手で持ちながら話を聞いていた。彫刻のように動かず、目をそらすことすら一度もなかった。二時間ものあいだ黙り続けて、真剣な顔で陽子の話に耳を傾けていた。
「淑景館で両親と話をしてきたから、学校には遅れてしまったわ」
 陽子は言うと、紅茶を飲んだ。陽子のほうも夢中で話し続けてしまっていたので、紅茶はすっかりと冷めていた。陽子が紅茶を飲む姿を見て、加奈は慌ててティーカップを片手で持ち直すと紅茶を一気に飲んだ。そして、新しい紅茶を淹れるねと立ちあがると、電気ケトルの電源を入れに台所へ向かった。
「それで、その陽子を拉致監禁した相手の正体は分かったの?」
 加奈は陽子の正面に座ると、再び訊ねた。
「星(せい)月(げつ)紅(こう)同志よ」と陽子はため息をついた。「名前は聞いたことがあるでしょう。国際共産党中央委員会の委員、つまり八惑星連邦の最高権力者の一人ね。しかも、惑星間革命で活躍した本物の英雄よ。あれから現実世界に戻ったのだけど、そのときはもう彼女はいなかったわ。残っていたのは彼女のアバターロボットだけ。置き手紙があったのだけど、それによると本当にアマテラスワールドを紹介したかっただけみたい。それに私に七福神の全員と会うようにと指示が書かれていたわ」
「私、理解できていないのだけど」と加奈は眉をひそめて質問した。「星月紅同志のことは分かったわ。そういう話は聞いたことがあるもの。でも、七福神は? 大黒天のことだけど、そもそもどうして敵国の人工知能が木星にいたの? 木星は八惑星連邦の中心地で、エッジワース・カイパーベルトは国際共産党を憎み八惑星連邦と戦争している印象しかなかったけど。そのあたりが私には分からないわ」
「国が敵対していることと個人の問題は別よ」と陽子は困った顔をした。
「世界のすべてが崩れた感じがするわ」と加奈は言った。「私たちはみんな八惑星連邦の指導者に騙されていて、共産党員は反共主義の敵と通じていたの? いつのまにか私たちの国は乗っ取られていたのかしら?」
「そういうわけではないのだけど」
 お湯が沸いたので、加奈は紅茶を淹れにいった。いちごが描かれたイギリス製のティーポットを抱えて戻ってくると、四つ足テーブルに置いた。五分経つと、タイマーがインコの鳴き声で鳴りだした。加奈は上手に紅茶を淹れた。
「ありがとう、加奈」と陽子は紅茶を受けとると礼を言った。「まずは歴史と地理の確認をする必要があるわね」
「お願いするわ」と加奈は自分のティーカップを摘まんだ。
 二十二世紀、太陽系には大きく三つの勢力があった。八惑星連邦、UCP、そしてエッジワース・カイパーベルト諸国である。
 八惑星連邦は惑星間革命により生まれたマルクス・レーニン主義の国だった。二十一世紀の末に起きた惑星間革命で勝利を収めた木星共産党の人工知能たちは、国際共産党を結成して共産主義が支配する広大な間惑星国家を建国した。しかし、革命で支配下にした地球の国家はそのまま残して水星から海王星にまで彼らの管理地域を広げ、そのため二十一世紀の地球がそのまま太陽系に広がったのが八惑星連邦だった。
 いっぽう、八惑星連邦のマルクス・レーニン主義に同意できない勢力もいた。彼らはキリスト教プロテスタントと自由主義者に率いられて、冥王星地方に冥王星宇宙都市連合、UCPを誕生させた。UCPは八惑星連邦の八惑星連邦軍と戦った。結果、UCPの冥王星軍は八惑星連邦軍を撃退して独立勢力となった。
 しかし、UCPはプロテスタントの勢力が強くて、そのためイスラム教や仏教、また同じキリスト教でも正教会などの他の宗派の信者はUCPから抜けてそれぞれ自分たちの独立国家を建国するようになった。彼らはエッジワース・カイパーベルト全域に広がり、その一部は八惑星連邦やUCPと敵対して戦争をしたり、また一部の過激な勢力は武力を行使して破壊活動したりするようになった。
「やっぱり、エッジワース・カイパーベルト諸国は八惑星連邦の敵じゃない」と加奈は信じられないという顔をして言った。「詳しくはないけど、彼らは社会は人間のために存在しているというマルクス主義の教えにも否定的なのでしょう。聖書の教えではなくて自分たちの目に見える世界を信じましょう、というマルクス・レーニン主義に同意できないなら、議論するまでもなく邪悪な勢力だと私は断言するわ」
「それほど単純でもないのよ」と陽子は言った。
「どのあたりが単純ではないの」と加奈は語気を強めて言った。
「まず、八惑星連邦と他の二つの勢力は交流が深いの」と陽子は答えた。「UCPからも多くの人工知能や人間たちが来るし、彼らから得られるものも多いわ。エンジェル&サイエンスはUCPと八惑星連邦の共同で運営されていたし、エッジワース・カイパーベルトからも多くの日本人が来ていたのよ」
「日本人?」と加奈は首をかしげた。
「エッジワース・カイパーベルトにも日本があるのよ。UCPが生まれたときに、日本の一部が八惑星連邦から抜けだしたの。彼らは立憲民主主義日本共和国として参加、でもUCPのキリスト教的な気風を嫌った護国主義者たちは天皇の遺伝子を奪うと、さらにエリス地方まで逃げて新しい日本を生みだした。これが問題になっている日本皇国よ。そして、最近は日本皇国と八惑星連邦で交流があるの」
「どうして交流があるの?」
「日本皇国には叶えたい野望があるのよ」と陽子は説明した。「トリトン、立憲民主主義日本共和国、日本皇国の三つの日本を一つにすること。古き日本を取り戻すこと。だから、皇国政府はトリトンに居住したい国民や人工知能を自由にさせているわ。そして、私たちもわざわざ日本皇国の人々や人工知能を攻撃したりはしない。国は違っても、私たちは同じ日本人だから仲間というわけね」
「ごめんね、陽子。理解できないわ。話を聞いている限りでは、日本皇国から来た日本人は完璧に危ない人たちとしか思えない」
 もしかしたら、また加奈を怒らせることになるかもしれない。そのように思ったが陽子は思いきって言うことにした。 
「私、これからもアマテラスワールドに接続しようと思うの。もうツララとは関係ができてしまったし、アマテラスカードも好きになってしまったわ。星月紅同志の思い通りになっていると思うと少しだけ悔しいけれど、でも冷静に考えると革命の英雄に目をかけてもらえているというのは名誉なことよ」
 加奈は目をつぶった。そして、大きく深呼吸をして目を開いた。加奈の目は燃えており、そこには覚悟が感じられた。
「陽子、お願いがあるの」と加奈が言った。お願いという言葉を使ったが、絶対に断らせないという強い決意が込められていた。「私もやるわ。私もアマテラスカードを陽子といっしょにやりたいの」
「別にかまわないけど」と陽子は戸惑った。「でも、お嬢さまの加奈にはあまり楽しくないかもしれないわよ」
 お嬢さまという単語を聞いて、加奈の目が冷たくなった。ときどき、加奈は羽虫を見る目で陽子を見るのだ。陽子は加奈から自分が崇拝されているのを知っているが、それだけではないことも知っていた。
「勘違いが生まれないようにはっきりと言うけど」と加奈は言った。「私、たぶん陽子よりもカードゲームは強いと思うわ。少なくとも、アマテラスカードのことは陽子よりもずっと早くから知っていたのですからね」
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登場人物紹介

【二条陽子】淑景館の令嬢。勉強も運動も完璧で、中学時代は学園の女王として恐れられていた。高校一年生の時に謎の人工知能に軟禁されて、それが理由でアマテラスカードをはじめる。七福神の全員と出会うように星月紅から言われているが、彼女には何か秘密があるようだ。切り札は玉藻前。

【北原加奈】陽子の親友。幼い頃に淑景館に出入りしていたことで陽子と運命の出会いを果たす。陽子と同じ高校に進学してからも友情は続き、彼女から絶大な信頼を得ている。切り札はぬらりひょん。

【伊藤爽平】仮想世界アマテラスワールドで陽子が出会った少年。アマテラスカードに詳しくない陽子にいろいろなことを教えてくれる。天狗や火車、さまざまな妖怪を使いこなすが真の切り札は別にあるらしい。陽子のことが好き。

【大鳥勇也】財閥の御曹司で、陽子の幼馴染み。ユースランキング一位の実力者で、彼を慕う多くの取り巻きと行動している。伊藤爽平の好敵手だが、今のところ常に勇也が勝っているようだ。切り札は酒顚童子。

【ツララ】陽子の案内役の雪女。アマテラスワールドで生まれた原住民と呼ばれる人工知能で、陽子がアマテラスワールドで迷わないように助けてくれる。最高管理者である七福神に良い印象を持っていないようだが。

【Y・F】内裏にいる狐の面を着けた少女の人工知能。伊藤爽平と仲良しで、よく彼から遊んでもらっている。切り札は天照大神。

【伊藤舞子】爽平の妹。陽子に憧れてアマテラスカードをはじめたが、向いていないようだ。

【星月紅】八惑星連邦の指導者の一人で、太陽系の支配者。

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