第27話 恵比寿の付喪神

文字数 3,955文字

 二月上旬、とうとう加奈が江戸時代にやってきた。早速、陽子は彼女と対戦した。久しぶりの対戦なので軽くあしらってあげようかしらと陽子は気楽に考えていたが、残念なことに三連敗を喫してしまった。ぬらりひょんの特殊召喚時に破壊されるだけでなく、ぬらりひょんの娘の効果でカードをデッキにまで戻されてしまったのだ。殺生石を召喚しても、すぐに上級デッキに戻されて布陣が崩壊である。
「どうして加奈は強いの!」と陽子は悲鳴を上げた。「ぬらりひょんの娘、気が狂いそう」
「すぐに排除しないからよ」と加奈は澄まし顔で言った。
「排除しようとしたら、罠を仕掛けているくせに」と陽子は言った。「伏せていたカードはぬらりひょんの護衛忍者よね」
「それと陽子は考えていることが分かりやすいの」
「それははじめて言われたけど」
 土曜日だった。しばらく加奈と遊んでいると、爽平がやってきた。今日はとうとう恵比寿に挑戦する日で、応援に駆けつけてくれたのだった。
 陽子は自分のデッキを対恵比寿用に調整された構築に戻すと、ツララやY・Fを呼んで仙台城へと向かった。城門には槍の姿をした妖怪たちがいた。彼らは百年の時を経て変化した道具の妖怪たち、すなわち付喪神だった。挑戦許可書を見せると道を空けてくれた。陽子たちは狭い階段を恵比寿の間までゆっくりと登った。
 恵比寿は天守閣の暗い部屋で待っていた。狩衣姿に風折烏帽子を被り、右手に釣り竿を持ち左脇に鯛を抱えていた。大黒天や毘沙門天と同じ身体の大きさで、身長は二メートルを軽く超えているように思えた。ほほがたるんでおり、あごのまわりが大きい。ふくふくとして、ひょうきんな顔立ちをしている。
 大黒天たち三人とは異なり、恵比寿は八惑星連邦の出身だった。とはいえ、八惑星連邦でも天王星のアメリカ合衆国で誕生し、生まれも育ちも日本国ではなかった。本名はトーマス・アンダーソン。カリフォルニア大学バークレー校で開発されて、かつては火星の文化研究所やUCPの文学館でも仕事をしていたらしい。
「弁財天から手紙をもらっている」と恵比寿は不満げに言った。「しかし、ずいぶんと時間がかかったな」
「学業がありましたので」と陽子は微笑みながら答えた。
 そのとき、恵比寿は爽平のほうを見た。そして、親しげに声をかけた。
「皇国人の伊藤爽平君だな」と恵比寿は爽平に語りかけた。「噂は聞いている。最近はますます活躍しているようだな」
 皇国人と言われて、爽平は顔色を変えた。そして、「ありがとうございます」と緊張した悲しげな笑みを浮かべた。
「爽平さんは日本皇国出身だったのですか?」とツララは驚いていた。
「生まれはね」と爽平は答えた。
 ツララは気まずそうな顔をした。以前、自分が日本皇国の悪口を口にしていたことを思いだしたからだった。
「それでは、対戦をはじめるとしよう」と恵比寿は椅子に座った。「ツララ、審判を頼まれてくれないか?」
「かしこまりました」とツララも椅子に座った。「それでは三勝勝ち抜きのランク戦で、七福神恵比寿と二条陽子選手の対戦をはじめます」
 陽子は恵比寿の正面に座った。コイントスが行われて、恵比寿の先攻が決まった。ライフカードを並べて開始フェイズがはじまる。次の戦闘前ファイズで、恵比寿は効果を発動させながら手札を増やして布陣を整えていった。
 恵比寿は付(つく)喪(も)神(がみ)の使い手だった。
 付喪神は上級妖怪の召喚が特殊であり、場の二枚以上の妖怪の攻撃力の合計値を召喚先の上級妖怪の攻撃力と一致させることで特殊召喚する。召喚条件を満たすのに技がいるが、慣れると場のカード二枚で上級妖怪が召喚できる。
 恵比寿は『塵塚怪王』を召喚してターンを終了した。
「攻撃力一四五かあ」と加奈はため息をついた。「しかも、効果の対象にはならないから突破が困難ね」
「しかし、九尾の狐なら突破できます」とY・Fが言った。
 陽子のターンがはじまった。陽子はデッキから玉藻前を召喚したが、すぐに九尾の狐を召喚しようとはしなかった。狐の嫁入りを召喚した。そして、塵塚怪王と玉藻前をコストにして九尾の狐を召喚した。
「陽子さん、いきなり奥の手を使いましたね」とY・Fが言った。
「奥の手は一番はじめに出すものだよ」と爽平が真剣な口調で言った。「アマテラスカードは一ターンで勝負がつくことが多い。それに、一度相手に制圧されて劣勢になると逆転が難しいのもこのゲームの特徴だ。馬鹿は負けてから本気を出そうとする」
 相手の伏せカードを破壊すると、陽子は九尾の狐で残りの相手妖怪を破壊した。恵比寿の布陣を突破すると続けてライフカードを二枚破壊する。次のターンを手札誘発で凌いで、四ターン目に決着がついた。
 一戦目は陽子の勝利だった。
「手強いな」と恵比寿はあごを撫でた。
「次もそちらの先攻ですね」と陽子はデッキを切り混ぜながら言った。
 狐の嫁入りは強力だった。相手のカードをコストに上級妖怪を召喚できるので、ターンを重ねるごとに陽子が優勢になる。そして、コストにするので塵塚怪王のような効果耐性がある上級妖怪も簡単に排除できる。
 しかし、さすが相手は七福神である。恵比寿も簡単に負けたりはしなかった。解釈の難しいカードを何度も召喚するので、陽子は対処を間違えることが多かった。しかも、多くの付喪神には相手の妖怪を破壊するときにライフカードも破壊する貫通効果もある。そのため、油断すると相手の手札の数だけライフカードが削られる。
 二戦目は陽子の勝ち、三戦目は陽子の負け。四戦目は陽子の勝ちで、結果は三勝一敗で陽子が対戦に勝利した。
「ありがとうございました」と陽子は礼を言った。
「こちらこそ、とても有意義な時間だった」と恵比寿は答えた。「よければ、これから時間をもらえないだろうか?」
「喜んで」
 陽子たちは奥の部屋に案内された。全員が座布団に座ると、並べられていた湯飲み茶碗や急須が自分で動いて給仕をはじめた。ジョッキとビールビンが歩いてきて、恵比寿はお酒を飲みだしたのだった。まだ時間は十五時だった。
 彼が抱えていた鯛は生きていたようで、ぴくぴくと恵比寿の後ろで跳ねていた。陽子が心配になり大丈夫なのかと訊ねると、現実世界とは異なり空気呼吸ができるので窒息の心配はないと恵比寿は笑った。
 陽子はアメリカ合衆国の話や、火星地方の話を聞いた。天王星のアメリカ合衆国は人権や福祉の意識が強く、特に差別には厳しかった。インターナショナルで暮らしていたときに黒人の肌をからかっていた軽薄な冥王星人が、アメリカ白人に殴り倒されている現場を陽子は一度だけ目撃したことがある。アメリカ人は下品なジョークを口にすることも多いが、特定の話題には驚くほど潔癖だった。
 天王星地方の指導国であるアメリカ合衆国は自由と平等の国である。自由主義を重んじる気風から国際共産党に疎まれていると思われがちだったが、むしろ不気味なほどアメリカ人たちは国際共産党から重宝されていた。
 彼らは天王星の五大衛星の二つを与えられているだけではなく、独自の軍隊を持ち、一国二制度により自治を保証されていた。カリフォルニア州は有名な情報企業が集まっており、ニューヨーク州は芸術の最先端だった。
「火星は美しいところだった」と恵比寿は懐かしむように言った。「地球ほどではないが火星にも強い重力がある。私はアバターロボットを用意してもらい、自分の足で現実世界の重力を経験したものだ」
「私には重力のない世界のほうが不思議ですけど」とツララは宙を見つめた。
「そういえば、火星はアメリカ合衆国の管理地域でしたわね」と陽子は教科書に書かれていたことを思いだした。「正直に告白しますが、意外です。火星は人類にとって大きな意味のある重要な惑星だと思っています。それなのに惑星間革命で共産主義の敵だったアメリカ合衆国にその管理が任されるなんて」
 恵比寿は笑みを浮かべただけで、陽子の疑問に答えようとはしなかった。彼は酔いはじめているようだった。ビールジョッキを片手に、顔を赤くしていた。彼は爽平に話を振った。爽平はランキングを上げたり下げたりを繰りかえしているらしかった。先日、また勇也と対戦して負けてしまったらしい。
「ランク十であることに誇りを持つといい」と恵比寿は真剣な顔をして言った。「誰もができることではない」
「ありがとうございます」
 爽平はちらちらと陽子のほうを見ていた。自分が褒められているのを、自分が好きな女の子に見てもらえるのが嬉しいようだった。爽平は大人びたところもあれば、このように小学生とほとんど変わらないほど幼いところもある。
 しかし、冷静に考えればそれは陽子や他の高校生も同じだった。一人の人間が一つの人格であることはなく、大人であることも子どもであることもない。人は行ったり来たりを繰り返して成長するというよりは、混じりあい少しずつ先に進むようだった。歴史と同じように、人は目的に向かい前に進むのではない。
 日本神話において、恵比寿は不思議な立ち位置の神様である。
 ユダヤ・キリスト教におけるルシファーのように、恵比寿の正体は伊(い)弉(ざな)諾(ぎの)尊(みこと)と伊(い)弉(ざな)冉(みの)尊(みこと)がはじめに創造した神だとされていた。彼ははじめに創造されたが、そのきっかけが伊弉冉尊の求愛によるものだったことで彼ら夫婦を不安にした。陰陽五行は常に正しいと信じる伊弉諾尊と伊弉冉尊は男尊女卑の理により、恵比寿を捨てることにした。そして、彼の妹たちに日本を支配させたのだった。
 もっとも、恵比寿はサタンとなり人間を誘惑したりはしなかった。彼は後に七福神の一人となると漁業の神として民衆に愛されたのである。
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登場人物紹介

【二条陽子】淑景館の令嬢。勉強も運動も完璧で、中学時代は学園の女王として恐れられていた。高校一年生の時に謎の人工知能に軟禁されて、それが理由でアマテラスカードをはじめる。七福神の全員と出会うように星月紅から言われているが、彼女には何か秘密があるようだ。切り札は玉藻前。

【北原加奈】陽子の親友。幼い頃に淑景館に出入りしていたことで陽子と運命の出会いを果たす。陽子と同じ高校に進学してからも友情は続き、彼女から絶大な信頼を得ている。切り札はぬらりひょん。

【伊藤爽平】仮想世界アマテラスワールドで陽子が出会った少年。アマテラスカードに詳しくない陽子にいろいろなことを教えてくれる。天狗や火車、さまざまな妖怪を使いこなすが真の切り札は別にあるらしい。陽子のことが好き。

【大鳥勇也】財閥の御曹司で、陽子の幼馴染み。ユースランキング一位の実力者で、彼を慕う多くの取り巻きと行動している。伊藤爽平の好敵手だが、今のところ常に勇也が勝っているようだ。切り札は酒顚童子。

【ツララ】陽子の案内役の雪女。アマテラスワールドで生まれた原住民と呼ばれる人工知能で、陽子がアマテラスワールドで迷わないように助けてくれる。最高管理者である七福神に良い印象を持っていないようだが。

【Y・F】内裏にいる狐の面を着けた少女の人工知能。伊藤爽平と仲良しで、よく彼から遊んでもらっている。切り札は天照大神。

【伊藤舞子】爽平の妹。陽子に憧れてアマテラスカードをはじめたが、向いていないようだ。

【星月紅】八惑星連邦の指導者の一人で、太陽系の支配者。

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