第24話 黒い影

文字数 3,458文字

 夏が終わり法子は冥王星に帰ってしまったものの、陽子の二人の兄は友人の仕事を手伝うためと海王星に留まった。淑景館で気に入った部屋を自分たちのものにして、今では日本文化に目覚めたと琴に夢中になっていた。
 そして、正月が来た。屋敷の一部が改装されて、多くの地位のある人々が訪ねてきた。兄たちが事件を起こすのではないかと陽子ははらはらしていたが、問題はなかった。別人のように言葉に威厳があり和服を完璧に着こなして、大臣や議員を相手にするときも二条家として相応しい振る舞いをしていた。
 兄たちと共に迎える、はじめての正月だった。隆一とは十三歳、翔次とも十二歳も歳が離れていたので、この二人は兄というよりも陽子には叔父に思えた。二人の兄と父親が都市開発の話をしてそれを母親が頷きながら聞いているのを見て、陽子はまるで自分が他人の家庭にいるような寂しさを感じた。
 時間を見つけると、約束を守るため陽子は村長の屋敷に接続した。
 淑景館と同じように、そこでもユートンが村の有力者たちの相手をしていた。シェンメイの居場所を聞くと、離れ屋敷でカードで遊んでいるという。正月くらい別の遊びをすればいいのにとユートンはため息をついた。
 離れ屋敷へ行くと、確かにシェンメイはY・Fと対戦していた。ツララとY・F、そしてシェンメイの三人しかいないので寂しい感じだった。九尾の狐が破壊されて、シェンメイがカードを九枚めくっていた。
「勝てない」
 どうやら、シェンメイはY・Fに連敗しているようである。話を聞くと、天照大神の展開力に対応できないようだった。攻撃力の高い九尾の狐を壁にして天照大神からの攻撃を防ごうとしていたようだが、すぐに効果で排除されて、後は連続攻撃で布陣が崩壊するという流れを繰りかえしていという。
「あら、この九尾の狐は私が持っているカードとは違うわ」
 シェンメイが召喚した九尾の狐は黒かった。カード名として「九尾の狐・二代目」と表記されている。効果も陽子が持っているカードとは異なっており、効果破壊はできないが一ターンに一戦だけ攻撃力を一〇〇上げることができた。元々の攻撃力は一五〇で、破壊されたときの効果も普通の九尾の狐と同じである。
 このカードは「九尾の狐」として扱う、という効果外ルールまで記載されていた。
「攻撃力二五〇かあ」と陽子はつぶやいた。「攻撃が当たれば、ほぼ確実に相手妖怪を戦闘破壊できるわね」
「その通りよ、陽子」とシェンメイは自慢げに言った。「初代で効果破壊、二代目で戦闘破壊と玉藻前デッキは万能なのです」
「天照大神に連敗していますけどね」
 ツララはシェンメイにあきれているようだった。今度は陽子がY・Fに代わり、シェンメイと対戦することになった。試しに殺生石で攻撃力を一〇〇下げて、続けて九尾の狐の効果で自身の攻撃力一五〇を一六〇にして攻撃すると、九尾の狐・二代目は打点が届かなくなり、あっさりと戦闘破壊できてしまった。
「あなたが負けるのは実力ね」と陽子が笑った。
「その九尾の狐、陽子さんのためにいただけませんか」とツララがシェンメイに頼んだ。
「かまわないけど」とシェンメイはふてくされ気味だった。「鮭の件もあるから、不公平ということにはならないと思うわ」
 シェンメイは九尾の狐・二代目を複製した。九尾の狐は一枚制限があり、デッキに一枚までしか入れることができない。そのため、九尾の狐・二代目が手に入れば二枚目の九尾の狐として使うことができる。
「現実世界にもカードを送ってくださいね」とツララは頼んだ。
「もちろん」とシェンメイは答えた。「私も決まりくらいは知っているわ」
「そういえば、ツララに聞きたいことがあったの」と陽子は言った。
「何ですか?」とツララは陽子のほうを向いた。
「ツララは、どこで現実世界の知識を得ているの?」と陽子は訊ねた。「ツララもシェンメイも仮想世界出身だけど、宇宙都市についても詳しいわ。疑問なのだけど、そういうことはどこで学ぶのかしら」
「現実世界の人たちからですけど」とツララはあっさりと答えた。「陽子さんのような」
「なるほど。まあ、あたりまえかあ」
 カードゲームを中断して、四人は鮭鍋の残りで調理した雑炊を食べはじめた。
 シェンメイが大きな鍋からお玉杓子でよそってくれた。この離れ屋敷はシェンメイのために建てられた避難所というわけだった。部屋の中央に囲炉裏があり、天井から鍋を提げるための針金が伸びていた。
「私もY・Fも現実世界に行ったことがあります」とツララは言った。
「そうなの?」と陽子は驚いた。
「布袋尊が現実世界でも力があるので、特別なのです」とツララは笑った。「運営に雇われた人工知能は希望すれば現実世界への旅行が許可されます。もっとも、がちがちに管理されてひっそりとですが」
「現実世界はどうだった?」と陽子は興味が湧いて訊ねた。
「とても広い場所だと思いました」とツララはふうふうと雑炊に息を吹きかけた。「私、自分たちは人工知能だからどこへでも移動できると思っていたのです。仮想世界と同じように世界の端から端まで光の速さで」
「そういう感覚なのね」と陽子は笑った。 
「でも、太陽系はとても広いことが分かりました。海王星地方内にあるインドネシアやオーストラリアに行くのも時間がかかることを知りました。ハワイですら遠いです。同じ八惑星連邦なのに木星や火星に行くのは不可能でした」
「エッジワース・カイパーベルト諸国はもっと遠いわよ」と陽子は笑った。「その外側にはオールトの雲、そして他の太陽系や銀河があるの。現実世界の私たちが暮らしているのは宇宙全体から見れば砂粒ほどの場所」
「そんなに広いなら、どこまでも仏教徒から逃げていけるわね」とシェンメイが手を叩いて目を輝かせながら言った。
「資源がないから無理よ」と陽子は肩をすくめた。「今でも、人類はエッジワース・カイパーベルトくらいまででしか暮らしていないわ」
「私、現実世界で生まれたかったわ」
「現実世界は現実世界で大変よ」と陽子は言った。「それにシェンメイの嫌いな仏教徒がたくさんいますからね。エッジワース・カイパーベルトのエリス地方には神道の国があって、彼らは仏教徒より過激よ」
「私も陽子さんに訊ねたいことがあります」
 ツララは日本皇国について陽子に質問した。より正確には、トリトン、陽子たちが暮らしている海王星暮らしの日本人は、日本皇国についてどのように考えているのかについて彼女は興味があるようだった。
「私は木星地方の出身だから」と陽子は前置きをした。「だから、私も海王星のことは詳しくは分からなかったの。でも、最近は少しだけ分かるようになってきたかなあ。きっと、いろいろな立場の人がいるのよ。それだけだと思う。日本皇国のような偏った宗教国家など滅ぼしてしまえという人もいれば、信仰の自由から存在していても許されると思っている人もいる。どことなく憧れを抱いている人もいれば、まったく興味がない人もいる」
「陽子さんは、どのように思っていますか?」とツララは訊ねた。
「分からないわ」と陽子は答えた。「存在を否定することはできないけど、それでも怖いところもあるでしょう。トリトンを併合しようと企む敵国なわけだしね。私、この世界に来るとき日本皇国の工作員に拉致されると思ったのよ」
 そのときだった。離れ屋敷の外で大きな音がした。
 争う声がして、何度か激しい爆発音が聞こえた。ツララが雪をまとい、シェンメイが顔を青くして震えだした。Y・Fが、シェンメイを安心させようとして彼女の手を握った。
 すぐに静かになった。陽子が何が起きたのか確かめようと立ち上がると、誰かが強く離れ屋敷の扉を叩いた。
 ツララが開けると、二人の大きな男が立っていた。大黒天と毘沙門天だった。毘沙門天は片腕がなくなっていた。金の甲冑も砕けており、ちろちろと火の跡が輝いていた。大黒天もすすで黒く汚れていた。
「全員、無事だな」と大黒天が言った。
「何があったのですか?」と陽子が訊ねた。
「侵入者がいたようだ。外の世界からだ」と大黒天は答えた。「心配はいらない。布袋尊が追跡している。この世界には寿老人と福禄寿もいる」
 Y・Fが母屋にユートンを呼びに行った。大黒天と毘沙門天に話を訊くと、犯人の目星はついているということだった。ユートンが救急箱を持って来たときには、もう毘沙門天の腕は回復して甲冑も元に戻っていた。
 この日、二人の七福神は念のために屋敷に泊まったようだった。
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登場人物紹介

【二条陽子】淑景館の令嬢。勉強も運動も完璧で、中学時代は学園の女王として恐れられていた。高校一年生の時に謎の人工知能に軟禁されて、それが理由でアマテラスカードをはじめる。七福神の全員と出会うように星月紅から言われているが、彼女には何か秘密があるようだ。切り札は玉藻前。

【北原加奈】陽子の親友。幼い頃に淑景館に出入りしていたことで陽子と運命の出会いを果たす。陽子と同じ高校に進学してからも友情は続き、彼女から絶大な信頼を得ている。切り札はぬらりひょん。

【伊藤爽平】仮想世界アマテラスワールドで陽子が出会った少年。アマテラスカードに詳しくない陽子にいろいろなことを教えてくれる。天狗や火車、さまざまな妖怪を使いこなすが真の切り札は別にあるらしい。陽子のことが好き。

【大鳥勇也】財閥の御曹司で、陽子の幼馴染み。ユースランキング一位の実力者で、彼を慕う多くの取り巻きと行動している。伊藤爽平の好敵手だが、今のところ常に勇也が勝っているようだ。切り札は酒顚童子。

【ツララ】陽子の案内役の雪女。アマテラスワールドで生まれた原住民と呼ばれる人工知能で、陽子がアマテラスワールドで迷わないように助けてくれる。最高管理者である七福神に良い印象を持っていないようだが。

【Y・F】内裏にいる狐の面を着けた少女の人工知能。伊藤爽平と仲良しで、よく彼から遊んでもらっている。切り札は天照大神。

【伊藤舞子】爽平の妹。陽子に憧れてアマテラスカードをはじめたが、向いていないようだ。

【星月紅】八惑星連邦の指導者の一人で、太陽系の支配者。

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