第16話 毘沙門天の四天王

文字数 4,228文字

 三日目に舞子が不思議な噂を持ち込んできた。七福神の一柱が豪華客船のなかでプレイヤーたちに対戦を挑んでいるという。しかも弁財天ではなく毘沙門天で、本来なら豪華客船にもいないはずの人物だった。
「これは幸運ね」と陽子は言った。
「私の調べによると」と舞子は探偵のように言った。「毘沙門天はエンジンルームの近くに潜んでいるようです。探しに行きましょう」
 舞子が集めた情報によると、毘沙門天は特別なルールで勝負をしているようだった。挑戦者は標準的にライフカード六枚ではじめるのだが、毘沙門天のほうはライフカードを一枚だけで対戦をはじめるらしい。しかし、その代わりに彼は江戸時代のランク戦でも使用している強力なデッキを使うそうだ。
「勝利した選手は僅かなようです」と舞子は結んだ。
「毘沙門天はそれほど強いの?」と陽子は訊ねた。「ライフカード一枚なら、効果ダメージですぐに倒せそうなのに」
 アマテラスカードは相手妖怪を倒し相手の布陣を突破しなくても、効果で相手ライフカードを破壊することができる。たとえば、炎の狐火♀は手札を三枚捨てることで相手ライフカードを一枚破壊する。このようにカード効果で相手ライフカードを直接に破壊することを効果ダメージを与えるという。
「毘沙門天は効果ダメージに強い」と爽平は説明した。「彼の持国天は効果ダメージを無効にして自分ライフカードを回復する効果がある。このカード一枚で効果によるライフカードの破壊は完全に封じられる」
「なるほどね」と陽子は相づちを打った。
「四天王と呼ばれる四枚のカードがあって、それぞれがお互いに補完しあっているの」と加奈が解説した。「持国天が防御、広目天がサーチ、増長天が強化、多聞天が攻撃ね。毘沙門天の四天王に弱点はないわ」
「しかも、この四天王は単体でも強い」と爽平は苦笑した。「多聞天だけを使う多聞天単独構築があるくらいにね」
「それはおもしろいわね」
 陽子も他の仲間も乗り気だった。そこで、ツララを含めた五人は毘沙門天に会うために豪華客船の底へと向かった。
 エンジンルームのなかを歩いていると、同じように毘沙門天を探している高校生や中学生たちと出会った。彼らの話によると、なかなか毘沙門天は見つからず、そしてたとえ見つかっても勝てないらしい。効果ダメージはまず通らない。毘沙門天はライフカード一枚を守り切れるほどの強い選手のようだ。
「それにしても」と陽子は言った。「彼はここで何をしているのかしら。同じ催しに七福神が二人もいると豪華すぎるような気がするけど」
「勝手なことをしているだけです」
 ツララは冷たく言い放った。毘沙門天の名前を聞いてから彼女は機嫌が悪かった。また外縁族が勝手なことをしている許せないと、好ましくない差別発言を交えながら、小さな声で不満げにつぶやいていた。そもそも、彼女は毘沙門天に言いたいことがあるのでご一緒させていただきますと同行してきたのだ。
「でも、自由が許されているのは信頼されている証ではないの」と陽子はツララに言った。
「布袋尊が多様性の尊重という言葉が好きなだけです」とツララは恨めしげに言った。「布袋尊は日本皇国への厳しさに欠けているのです。別にいいですよ。あらゆる宗教がすべて邪悪だとは私も言いません。それに日本文化に強い思いがあるのは、どちらかといえばトリトンよりも日本皇国のほうですから」
「確かに、トリトンの日本人は妖怪とか興味がなさそう」と陽子は苦笑した。
「私は噂でしか知りません。しかし、日本皇国の宇宙都市は街並みも、そして交わされる言葉や人々の価値観でさえも護国主義者に統制されていると聞きます。和風です」とツララは眉間にしわを寄せたまま話し続けた。「だから、エッジワース・カイパーベルト出身者を管理者に加えるのには私も賛成です。彼らが日本の本質を知っているとは思いませんが、彼らの日本文化への思いは確かですから。しかし、だからとはいえ最高管理者としての地位を与えたのは限度を超えていると思います。しかも三人も」
 ツララが話しているのを静かに聞いていた加奈が、突然に口をはさんだ。
「でも、本当にどうして毘沙門天はここにいるのかしら。彼に勝手が許されていることは彼がここにいる理由にはならないわ」
「それは確かに不思議ね」と陽子も同意した。
「不思議ではありませんよ」とツララは言った。「日本皇国の人工知能は敗北感に打ちのめされていて卑屈なのです。だから、陽子さんに」
 ここでツララは言葉を切った。
 五人は黙々と通路を進んだ。エンジンルームは不自然なほど広く、もし現実世界だと着物が汚れてしまうような汚れた場所だった。油を塗られた機械が蒸気を漏らしながらしゅうしゅうと動いていた。笛の音が聞こえた。ピストンが上下に動く規則正しい音も聞こえてくる。道は立体迷路のように複雑であり、階段を上ったり下りたりを繰りかえしながら陽子たちは毘沙門天を探しに先に進んだ。
「いたわよ、陽子」
 開けたところに、甲冑姿の武将が立っていた。
 大黒天と同じような大男だった。身長も同じ二メートルほど。とはいえ、大黒天は肥満に近い太り方をしていたのに比べて、毘沙門天は筋肉質だった。片手に宝塔を掲げ、逆の手に如意棒を持っていた。憤怒の顔だった。身につけた甲冑は金色に輝いており、背後には火焔がめらめらと燃えていた。
 毘沙門天は仏教における四天王の一尊で、四天王としては多聞天と呼ばれる。
「布袋尊から許しは得ているのでしょうか?」とツララが睨んだ。
「布袋尊から許しを得ている」と毘沙門天は答えた。
「なら、私が言うことは何もありません」とツララは慇懃に礼をした。「ご自由に好きにしたらいいのでは」
 陽子は毘沙門天に対戦の申し込みをした。毘沙門天は喜んでと答えた。
 毘沙門天のライフカードが一枚であることを除けば、対戦のルールは普通のランク戦ルールと同じだった。三勝勝ち抜きであり、先に三勝をしたほうが対戦に勝利する。ただ、片方がライフカード一枚という特別ルールなのでランク戦としては扱われない。
 コイントスが行われて、毘沙門天が先攻になった。
 効果で下級デッキからカードを手札に加える行為をサーチと呼び、同じように効果で場に妖怪を召喚する行為をリクルートと呼ぶ。毘沙門天はサーチとリクルートを繰りかえしながら場に妖怪を整えていった。
 毘沙門天のはじめの手札が良かったのか、前衛に広目天と多聞天を、後衛に持国天を召喚して二枚を伏せた。残りの手札は三枚だった。これで攻撃力一二五の強力な切り札が三枚も場に並んだことになる。
 先攻は戦闘フェイズがない。そのため、ここで毘沙門天のターンは終わった。陽子のターンがはじまった。さっと自分の手札に目を通すと、毘沙門天の場に密偵の狐火を召喚した。
 密偵の狐火は相手場に召喚できる特別な妖怪だった。そして、相手の場に召喚された密偵の狐火を含む広目天と多聞天、そして持国天の四枚を墓地に送ると、自分の場ではなく相手の場に下級妖怪『妲(だつ)己(き)』を召喚した。
 そして、サーチで手札を増やしながら燃焼の玉藻前を自分の場に召喚する。
「ターンを終了します」
 毘沙門天の開始フェイズがはじまった。毘沙門天の手札が八枚になる。そして、開始フェイズの終了と共に妲己の効果が発動した。妲己には開始フェイズ終了時に自分ライフカードを一枚破壊する効果があった。毘沙門天が伏せたカードを反転させたが、陽子は手札を二枚捨てて燃焼の玉藻前の効果を発動させる。毘沙門天のカードは効果を発動できなかった。
 毘沙門天のライフカードは破壊されて、陽子の勝利が確定した。
「何をしているのあの人は」と爽平は愕然という顔をしていた。
「爽にい、陽子さんのあのカードは何?」と舞子が兄に訊ねた。
「妲己だよ」と爽平は口に手を当てて言った。「相手場の妖怪を四枚墓地に送ることで相手の場に召喚できる。下級妖怪だけど攻撃力は一四〇、そして開始フェイズ終了時にライフカードを一枚破壊する」
「どうして毘沙門天は防げなかったの?」と舞子が不思議そうな顔をしていた。
「破壊ではなく召喚のコストにされたからだよ」と爽平は説明した。「どれほど耐性があってもコストにされたら墓地に送られる。誰もが思いつくことだろうけど、でも本当に実行するなんて非道すぎると思う」
 二戦目がはじまった。毘沙門天は妲己を恐れて、四天王の召喚をためらった。すると陽子は九尾の狐を召喚して相手の布陣を突破した。陽子が二勝目を確保した。しかし、ここで彼女の快進撃が止まった。毘沙門天が妲己を恐れずにカードを展開しはじめた。三戦目、四戦目を毘沙門天が制した。
 五戦目がはじまった。陽子が先攻で防御を固めた。毘沙門天は突破できなかった。三ターン目に陽子は妲己を召喚した。毘沙門天は妲己を処理することができずに一枚しかないライフカードを破壊されて敗北した。
 三勝二敗で、陽子は対戦に勝利した。
「ありがとうございました」と陽子は笑顔で言った。
「ありがとうございました」と毘沙門天は返した。そして、憤怒の顔をしたまま口元だけ楽しそうにゆがめて笑った。「妲己に動揺した。何枚持っていた?」
「一枚だけです」と陽子は肩をすくめた。「本当は四枚入れておきたかったのですけど、残念なことに持っていませんでした。手札に来たのは幸運でした」
 毘沙門天は目を丸くした。一呼吸おいて、二人は声を立てて笑った。
「今度は、対等な条件で戦いましょう」と陽子は言った。
「そのときを楽しみにしておこう」と毘沙門天は笑った。「では、カードを二枚ほど贈らせていただくことにしよう」
 陽子はカードを受けとった。胡喜媚(こきび)と王(おう)貴人(きじん)だった。
 封神演技によると、この二人の妖怪は九尾の狐である妲己の妹とされている。女媧(じよか)の家臣であった九尾の狐は中国で妲己に化けて、そこで革命軍に裏切られて命を狙われると中国から日本に逃げて玉藻前となり、それから殺生石になったということである。
 胡喜媚と王貴人の二人の妹は、妖怪という卑しい身分でありながらも革命に参加して新しい時代のために重要な役割を果たした。一族を皆殺しにされながらも、最後まで姉に尽くして中国の民のために戦ったそうだ。
 しかし、最後には女媧と革命軍に裏切られて処刑された。それは周のはじまり、三千年以上も昔の出来事だった。
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登場人物紹介

【二条陽子】淑景館の令嬢。勉強も運動も完璧で、中学時代は学園の女王として恐れられていた。高校一年生の時に謎の人工知能に軟禁されて、それが理由でアマテラスカードをはじめる。七福神の全員と出会うように星月紅から言われているが、彼女には何か秘密があるようだ。切り札は玉藻前。

【北原加奈】陽子の親友。幼い頃に淑景館に出入りしていたことで陽子と運命の出会いを果たす。陽子と同じ高校に進学してからも友情は続き、彼女から絶大な信頼を得ている。切り札はぬらりひょん。

【伊藤爽平】仮想世界アマテラスワールドで陽子が出会った少年。アマテラスカードに詳しくない陽子にいろいろなことを教えてくれる。天狗や火車、さまざまな妖怪を使いこなすが真の切り札は別にあるらしい。陽子のことが好き。

【大鳥勇也】財閥の御曹司で、陽子の幼馴染み。ユースランキング一位の実力者で、彼を慕う多くの取り巻きと行動している。伊藤爽平の好敵手だが、今のところ常に勇也が勝っているようだ。切り札は酒顚童子。

【ツララ】陽子の案内役の雪女。アマテラスワールドで生まれた原住民と呼ばれる人工知能で、陽子がアマテラスワールドで迷わないように助けてくれる。最高管理者である七福神に良い印象を持っていないようだが。

【Y・F】内裏にいる狐の面を着けた少女の人工知能。伊藤爽平と仲良しで、よく彼から遊んでもらっている。切り札は天照大神。

【伊藤舞子】爽平の妹。陽子に憧れてアマテラスカードをはじめたが、向いていないようだ。

【星月紅】八惑星連邦の指導者の一人で、太陽系の支配者。

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