第39話 布袋尊の燭陰Ⅱ

文字数 3,300文字

 観戦会場が騒然としはじめた。正面の大型電子画面を見ると、対戦会場に二人の選手が入場していた。布袋尊は黒い袴を履いて、胸には槌と鎌の徽章を着けていた。陽子は白に金の菊模様が描かれた着物姿で微笑んでいた。
 布袋尊に向かい合うと、陽子の着物の色が変わった。
 白い着物が深紅に染まり、金の菊模様が淡く輝きだした。菊を模った金のかんざしは大きく虹色に変化した。陽子は静かに椅子に座るとデッキを取りだした。
「それでは、これから布袋尊と二条陽子選手による第二十二回ACG全国高校生春大会トーナメント模範試合をはじめたいと思います」
 審判がルールの説明をはじめた。決勝戦と同じように四勝勝ち抜き、サイドデッキもランク線よりも十枚多い三〇枚だった。二人の選手は椅子に座った。陽子は女性としては長身だが、布袋尊の身長は男性としても高かった。美しい男女が向かいあい、ほとんど同時に自分のデッキを対戦テーブルの左右に置いた。
「どちらが勝つと思う?」と玲治がその場にいた友人たちに訊いた。
「四勝零敗で布袋尊ね」とリーファが肩をすくめて眉を寄せながら答えた。「彼は私たちが開発したカードゲーム専用人工知能をことごとく突破したのよ。相手が人間では、まったく勝負にならないと思うわ」
「俺は陽子だ」と勇也が言った。
「同じ意見」爽平が口をはさんだ。「勝つのは陽子さんだよ」
 爽平が三人の会話に混じってくるのがめずらしかったので、玲治とリーファは驚いて顔を見あわせてしまった。同時に、リーファは二人のユースランカーが陽子を神のように崇拝しているのを感じて、その無邪気さに微笑んでしまった。
 Y・Fは指を組んで祈るように大型電子画面を見ていた。キリスト教徒が十字架に磔にされたイエス・キリストを見ているようで、その強い瞳は切実という言葉では表現できないほどの真剣さがあった。狐の仮面を頭に乗せて、黒い着物に描かれた金色の鳳凰がゆらゆらと揺らめき生きているようだった。
 とうとう、布袋尊と陽子の対戦がはじまった。
 コイントスが行われて、陽子が先攻になった。陽子は相手の手札誘発を回避しながら布陣を整えた。カードの流れにぶれはなく、彼女らしい安定した動きだった。墓地で発動する重要なカードをきちんと墓地に落として、理想的な状態でターンを終了した。
 布袋尊のターンがはじまった。
 布袋尊の切り札は燭陰(しよくいん)、九尾の狐と同じ中国に起源を持つ妖怪だった。実際は神々の一柱であり、千里にも及ぶ巨大な人面の龍で、彼が目を開ければ昼となり目を閉じれば夜となり、息を吹けば冬となり呼べば夏となるという自然のすべてを支配する神獣である。天照大神と同じように彼の正体は中国神話の三皇、伏羲、女媧、炎帝神農のうち炎帝神農の息子である太陽神、祝融という説もあった。
 カードとしての燭陰は攻撃力一五〇の上級妖怪であり、五つの効果があった。一つ目は墓地のカードの枚数かける五だけ攻撃力を上げる自己攻撃力上昇効果。二つ目は自分開始フェイズ終了時にこのカードが破壊されて墓地にあるときに、墓地のカードを十五枚デッキに戻すことで特殊召喚できるという蘇生効果。三つ目はこのカードはこのカード以外のカードの効果を受けないという完全耐性。四つ目は相手のカードを破壊したときに相手のライフカードを破壊するという貫通効果だった。
 しかし、五つ目はデメリット効果だった。
 燭陰はターン終了時に自分場の妖怪を一枚墓地に送ることができなければ破壊される。条件付きの自壊効果である。
 燭陰は墓地に二十枚以上のカードがあれば攻撃力が二五〇を超えて、しかも効果による破壊はできないという最強の妖怪である。破壊しても甦り、貫通効果まであるのでこの妖怪からライフカードを守ることも難しい。
 しかし、それだけ召喚条件も厳しかった。燭陰の召喚条件は場の青龍、朱雀、白虎、玄武の四枚を含む妖怪六体を墓地に送ることである。特定の上級妖怪四枚を含む場の妖怪六体なので召喚は容易ではなく、また孤立させると自壊してしまう。
 そのため、相手が燭陰を切り札としているときはまずは召喚させないこと、そして召喚させたときは他の妖怪を攻撃して自壊させることが定石だった。
 布袋尊の戦闘前フェイズがはじまった。手札誘発が足りなかったのか、陽子は布袋尊に燭陰の召喚を許した。他の妖怪が全滅することを恐れて、布袋尊は後衛だけでなく前衛にも打点の高い妖怪を召喚した。
 三ターン目、陽子は九尾の狐・二代目を召喚する。
 自身のカード効果だけではなく、祭りの狐火の効果で攻撃力を二八〇まで上げて攻撃力がまだ十分に上がっていなかった燭陰を戦闘破壊した。そして、布袋尊の陣営を全滅させてライフカードを全損させた。
 一戦目は陽子の勝ちだった。
「まあ、はじめはこんなものだろう」と勇也はほっとしているようだった。
「これからよ」とリーファは余裕に満ちた笑みを浮かべていた。「布袋尊は同じ失敗を何度も繰りかえさない。確かに全勝はなくなったけど、もう布袋尊は負けないわよ」
 陽子が勝ったにもかかわらず、ツララも爽平も、そして舞子も不安な顔をしていた。Y・Fは静かに大型電子画面を見ていた。ギリシャの彫刻のように動かず、ただひたすら布袋尊と陽子の対戦を見守っていた。
 二戦目がはじまった。
 布袋尊は燭陰を召喚しようとしたが陽子が弾いた。二戦目は陽子の勝ちだった。三戦目は激戦となった。布袋尊は燭陰を召喚したが、すぐに孤立させられて燭陰は自壊した。何度も妖怪がぶつかり合い、しかし打ち勝ったのは九尾の狐だった。狐の嫁入りにより燭陰は墓地に送られて、破壊されていないので蘇生もできなかった。最終的に、布袋尊の布陣が突破されてライフカードが全損した。
 これで三連勝だった。ざわついていた観戦会場は静まりかえっていた。次の一勝で陽子は対戦に勝利する。
「気持ちが悪くなってきた」と爽平が言った。
 ツララも舞子も、そして加奈すら顔を白くして震えていた。Y・Fも大きく目を見開いて口を開けていた。
「信じられない」と勇也がつぶやいた。「負けるのか? 本当に? あの布袋尊が一勝もできないままY・Fに」
 リーファは愕然としていた。滅多に興奮することがない玲治も、身体を乗りだして二人の対戦を見ていた。陽子を応援していた人たちも含めて、全員が時が止まったかのように凍りつき動きを止めていた。
 しかし、陽子の連勝はここまでだった。
 四戦目は布袋尊が勝利した。燭陰を召喚してからの、力ずくの勝利だった。それから五戦目も布袋尊が、そして六戦目も布袋尊が勝利した。狐の嫁入りをうまく回避しながら淡々と勝利を重ねていった。陽子は燭陰を排除することもできず、また孤立させようとしても他の妖怪たちを倒しきることができなかった。
 そして、七戦目がはじまった。
 流れは五戦目や六戦目とほとんど同じだった。燭陰の召喚を許してしまい。破壊することも墓地に送ることもできずに燭陰の攻撃力が上がっていく。布袋尊は守りを固めていた。時間をかけて少しずつ自分が有利な盤面に近づけていった。九ターン目がはじまった。燭陰の攻撃力は三二〇まで上がっていた。
「もう、戦闘破壊は無理だな」と勇也が言った。「狐の嫁入りもすべて墓地か」
「後衛に妖怪が二体」と爽平が片手で髪をくしゃくしゃにしながら言った。「これを破壊できれば可能性はあるけど」
「破壊できればな。しかし、それでも勝てるかどうか」
 陽子が九尾の狐を蘇生させると、布袋尊は前衛に自在の修験者を特殊召喚した。これで布袋尊の場は燭陰を含めて四体になった。即座に九尾の狐の効果で破壊して、陽子は戦闘フェイズの開始を宣言した。
 伏せていたカードを反転させて、挑発の狐火の効果を発動させた。これで九尾の狐は後衛に攻撃できる。
 陽子は九尾の狐で、後衛にいる攻撃力一三〇の青い青龍へ攻撃した。
「無理だよ、陽子さん」と爽平が苦しげにつぶやいた。
 布袋尊は手札の雪女の女王を墓地に捨てた。雪女の女王の効果を発動、九尾の狐の攻撃力はゼロになった。
 九尾の狐は破壊された。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【二条陽子】淑景館の令嬢。勉強も運動も完璧で、中学時代は学園の女王として恐れられていた。高校一年生の時に謎の人工知能に軟禁されて、それが理由でアマテラスカードをはじめる。七福神の全員と出会うように星月紅から言われているが、彼女には何か秘密があるようだ。切り札は玉藻前。

【北原加奈】陽子の親友。幼い頃に淑景館に出入りしていたことで陽子と運命の出会いを果たす。陽子と同じ高校に進学してからも友情は続き、彼女から絶大な信頼を得ている。切り札はぬらりひょん。

【伊藤爽平】仮想世界アマテラスワールドで陽子が出会った少年。アマテラスカードに詳しくない陽子にいろいろなことを教えてくれる。天狗や火車、さまざまな妖怪を使いこなすが真の切り札は別にあるらしい。陽子のことが好き。

【大鳥勇也】財閥の御曹司で、陽子の幼馴染み。ユースランキング一位の実力者で、彼を慕う多くの取り巻きと行動している。伊藤爽平の好敵手だが、今のところ常に勇也が勝っているようだ。切り札は酒顚童子。

【ツララ】陽子の案内役の雪女。アマテラスワールドで生まれた原住民と呼ばれる人工知能で、陽子がアマテラスワールドで迷わないように助けてくれる。最高管理者である七福神に良い印象を持っていないようだが。

【Y・F】内裏にいる狐の面を着けた少女の人工知能。伊藤爽平と仲良しで、よく彼から遊んでもらっている。切り札は天照大神。

【伊藤舞子】爽平の妹。陽子に憧れてアマテラスカードをはじめたが、向いていないようだ。

【星月紅】八惑星連邦の指導者の一人で、太陽系の支配者。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み