プロローグ

文字数 3,142文字

 二十一世紀末に太陽系で革命が起きた。
 木星地方を管理していた人工知能たちは木星共産党を結成して、太陽系全域を一つの社会主義国にするために地球への侵攻を開始した。火星と月、そして地球の自由主義陣営は自由連合軍を結成して木星の地球解放軍を迎え撃った。しかし、西暦二〇八九年、自由連合軍は敗北して地球は地球解放軍の占領下に置かれた。 
 地球が陥落して自由主義陣営の力が失われると、木星共産党は金星や土星、天王星、海王星へと勢力を広げた。宇宙空間に浮かぶ、千を越える全長数十キロメートルの巨大な宇宙都市を建造すると、無重力でも長期間生きることができる新しい人類を誕生させた。宇宙都市には数多くの仮想世界が展開され、そこでは人工知能たちが暮らすようになった。人間の人口は三百億人を超えて地球を上回った。
 新しい宇宙都市を建造すると共に、木星共産党の人工知能たちは宇宙都市を地球に起源を持つ宇宙都市群に分けはじめた。木星地方には中華人民共和国を、また天王星地方にはアメリカ合衆国という宇宙都市群を配置した。宇宙都市群は同名の地球にある国と繋がっており、建前では地球の延長であるとされた。  
 第一惑星水星はベトナム社会主義共和国に与えられた。とはいえ、ベトナムは木星のトロヤ群こそが本拠地だったので、正確にはベトナム社会主義共和国の一部が水星地方に配置されていると表現した方が正確だった。水星は過酷な環境のため人間はほとんど住んでおらず、主に人工知能が暮らしていた。
 第二惑星金星は朝鮮民主主義人民共和国、北朝鮮に与えられた。金星も太陽に近いので太陽電池を搭載した特殊な宇宙都市が建造されて、太陽光に強い宇宙艦隊が配備された。もともと北朝鮮の人工知能たちは韓国と北朝鮮の統一国家を主張したが許されず、大韓民国の宇宙都市群は太陽系の一番外側にある海王星に送られた。そして、北朝鮮の人々の不満をやわらげるために金星が与えられたのだった。
 第三惑星地球は中華人民共和国に与えられた。しかし、それは軌道上だけであり地上は革命前に存在していた国がそのまま残されていた。月にはキューバ共和国が配置されて、地球に残る反革命勢力を核誘導弾で脅す役割を担った。とはいえ、地球人は平和で人工知能たちに管理された世界で気ままに暮らしていた。
 意外にも、第四惑星火星はアメリカ合衆国に与えられた。アメリカ合衆国の宇宙都市群は天王星にあるが、ベトナム社会主義共和国と同じように惑星の一つを与えられた。火星は地球におけるアラスカ半島のようだった。アメリカ合衆国は反共主義で有名だったので、木星共産党から火星を任されるのは不思議だった。
 火星と木星のあいだには小惑星帯が広がっている。そこにはアフガニスタン・イスラム共和国などのイスラム圏と一部の東南アジアの宇宙都市が配置された。小惑星帯最大の準惑星ケレスはラオス人民民主共和国に与えられた。全体としては仏教とイスラム教が盛んで、チベット自治区とウイグル自治区も小惑星帯に配置された。スリランカ民主社会主義共和国もあり、紅茶の生産が盛んだった。
 太陽系最大の惑星、第五惑星木星は中華人民共和国が独占した。ガリレオ衛星すべてが中華人民共和国の所有となり、また今や太陽系の指導者となった木星共産党の拠点でもあった。木星で得られる重水は核融合炉の燃料として重要であり、木星から多くの宇宙都市に重水が供給されるようになった。
 さらに木星地方にはインターナショナルと呼ばれる宇宙都市群も建造された。これは地球の特定の国と結びつくのではなく、一つの都市のなかに中国人やアメリカ人、エジプト人やブラジル人など複数の国民や民族が共に暮らす宇宙都市だった。都市名にはアインシュタインやダーウィンなどの科学者の名前が採用された。
 木星にはトロヤ群が存在している。前方のトロヤ群はインド共和国が、後方のトロヤ群にはベトナム社会主義共和国の宇宙都市群が配置された。こうしてベトナムは水星とトロヤ群に分かれてしまい、そのため水星のベトナムは水星ベトナム、トロヤ群のベトナムはトロヤ・ベトナムと呼ばれた。二つに分かれていたが同じベトナム社会主義共和国であり、宇宙都市群としては一つの自治区として扱われた。
 第六惑星土星にはヨーロッパ諸国にイギリスとロシア、そして中東諸国とアフリカ諸国が配置された。土星地方には六十を超える衛星が存在しているが、それぞれの衛星の軌道には別々の国の宇宙都市が配置された。土星最大の衛星であり、太陽系で二番目に大きな衛星タイタンはロシア連邦に与えられた。また、レアはドイツ連邦共和国、イアペトゥスはグレートブリテン及び北アイルランド連合王国に与えられた。土星は欧州連合が強い発言力を持っていた。
 第七惑星天王星は新世界の宇宙都市群が配置された。天王星には五大衛星が存在するが、そのうちのチタニアとオベロンの二つはアメリカ合衆国、ウンブリエル、アリエル、ミランダはそれぞれブラジル連邦共和国、メキシコ合衆国、カナダに与えられた。天王星はアメリカ合衆国が主導権を握る地方として有名になった。
 第八惑星海王星は東南アジアとオーストラリアに与えられた。また、アメリカ合衆国のハワイ州も海王星地方に建造された。海王星には大韓民国とインドネシア共和国があり、アメリカ合衆国との関係が深いフィリピン共和国も海王星に配置されていた。海王星最大の衛星トリトンは日本国に与えられた。
 木星共産党は一国二制度を採用して、それぞれの宇宙都市群には自治権を与えた。
 それぞれの宇宙都市群は八惑星連邦という大きな国の一部でありながら、それぞれも国と呼ばれる自治区となった。こうして八つの惑星に宇宙都市群を配置すると、木星共産党は名称を国際共産党に変えて八惑星連邦の建国を宣言した。
 しかし、すぐに反乱が起きた。カルヴァン主義者に率いられた自由主義連合の残党が、膨大な資源と複数の宇宙都市を奪い冥王星に集結した。自由主義連合は冥王星宇宙都市連合、UCPの建国を宣言して八惑星連邦と対立した。
 さらに、カルヴァン主義にもマルクス主義にも否定的な勢力は、この混乱に乗じて海王星の外側に広がるエッジワース・カイパーベルトへと向かった。彼らは海賊行為により八惑星連邦とUCPから資源を奪うと数多くの宇宙都市を建設した。こうして第三の勢力が生まれた。
 八惑星連邦とUCPは第四次冥王星宇宙戦を最後に休戦条約を結んだ。
 八惑星連邦、UCP、エッジワース・カイパーベルト諸国は、それぞれの地域で独自の発展を遂げるようになった。
 そして、現実世界から戦争がなくなると仮想世界の発展がはじまった。革命で活躍した人工知能たちや野心にあふれた科学者、宗教家、そして名の知られていない多くの政治団体が仮想世界に自分たちの世界を誕生させた。八惑星連邦でも国際共産党が管理していない仮想世界が数多く生まれはじめた。
 仮想世界でも現実世界と同じように、多くの人工知能が両親から生まれて子どもを育てるようになった。仮想世界で生まれた人工知能の多くは、自分たちが仮想世界で生きていることすら知らなかった。彼らは地球で生きていた人間たちと同じように、自分たちの世界で宇宙を知らずに暮らしていた。
 現実世界の人々と仮想世界の人工知能たちは交流を繰りかえして、互いに自分たちが人類の一部であることを確認した。
 こうして、八惑星連邦、UCP、エッジワース・カイパーベルト諸国による三つの現実世界とその背後に広がる星の数ほどの仮想世界、これらの世界で暮らす人間と人工知能による新しい世界が誕生したのだった。 
 二十二世紀、宇宙時代のはじまりである。
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登場人物紹介

【二条陽子】淑景館の令嬢。勉強も運動も完璧で、中学時代は学園の女王として恐れられていた。高校一年生の時に謎の人工知能に軟禁されて、それが理由でアマテラスカードをはじめる。七福神の全員と出会うように星月紅から言われているが、彼女には何か秘密があるようだ。切り札は玉藻前。

【北原加奈】陽子の親友。幼い頃に淑景館に出入りしていたことで陽子と運命の出会いを果たす。陽子と同じ高校に進学してからも友情は続き、彼女から絶大な信頼を得ている。切り札はぬらりひょん。

【伊藤爽平】仮想世界アマテラスワールドで陽子が出会った少年。アマテラスカードに詳しくない陽子にいろいろなことを教えてくれる。天狗や火車、さまざまな妖怪を使いこなすが真の切り札は別にあるらしい。陽子のことが好き。

【大鳥勇也】財閥の御曹司で、陽子の幼馴染み。ユースランキング一位の実力者で、彼を慕う多くの取り巻きと行動している。伊藤爽平の好敵手だが、今のところ常に勇也が勝っているようだ。切り札は酒顚童子。

【ツララ】陽子の案内役の雪女。アマテラスワールドで生まれた原住民と呼ばれる人工知能で、陽子がアマテラスワールドで迷わないように助けてくれる。最高管理者である七福神に良い印象を持っていないようだが。

【Y・F】内裏にいる狐の面を着けた少女の人工知能。伊藤爽平と仲良しで、よく彼から遊んでもらっている。切り札は天照大神。

【伊藤舞子】爽平の妹。陽子に憧れてアマテラスカードをはじめたが、向いていないようだ。

【星月紅】八惑星連邦の指導者の一人で、太陽系の支配者。

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